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余話 魔王と北国の王

※ジェイド視点です

 ──時は少し遡り、ジェイドたちが『聖女』を封じることに成功して三日と経たない頃。


「いやあ、僕の国がですね、なんと、雪が止んだんですよ。それどころか積もった雪が溶けてるんです。おかしい。ですので、異常気象の理由を探るためにここに伺ったというわけですね」


 いつぞやかに出会った北国の王子──いや、もう、王子ではないが──カインがひょっこりとジェイドの屋敷を訪れたのだった。


 屋敷の前に広がる畑で作業していたジェイドに、カインは聞いてもいないのにペラペラとどうして僕がこんなところに来たのかと話し出した。相変わらず、よく喋る男だ。


「お前、死んだんじゃなかったのか?」

「誤解しないでください。それは僕の意思ではありませんよ。僕としても、遺憾の意なのです」


 カインが生きていたことは知っていたが、あえてそれをジェイドが問えば、カインは過剰なまでに肩をがっくり落とし、首を振った。


「僕もあの国に生まれた人間です。ならばこそ、約束は達成されねば気がすみませんでした。なので、ええ。代わりに『滅びの子』の予言は達成してまいりましたよ」


 そして、俯かせた顔を上げると、ニコリと満面の笑みを浮かべているのだった。

 自分の妹も似た気質をもっているのでそれを殊更どうとも思わないが、まともに取り合っていると疲れる相手だなとジェイドは思った。


 と、そこで屋敷の扉がギイと開く。何やら外が騒がしいことに気がついたアルマが屋敷の中から出てきたのだ。


「カイン王子! どうしてここに!?」


 アルマは真面目なので、この男の出現にちゃんと驚いている。


「ええ。ちょっと、我が国の雪がやみましたので。何かあったのかなと」

「は、はい。色々とありましたけど……でも、お早いですね。どうやって来られたんですか?」


 アルマのそれは愚問だ。カインは見た目こそ、ただの優男だが、異常な身体機能を有している。

 常人ならば歩けないような険しい山道だろうが、不眠不休で歩き続けていられる男なのである。人の形をしているが、人の枠ではない男だ。


「もちろんそれは歩いてですよ。雪が止んでいるのはよかったんですけど、雪が溶けかかっているのがやっかいで大変でした。いやー、帰りはブリックさんが送ってくれるといいんですけど」

「あ、呼んでおきましょうか?」

「でもそれはちょっと悪いかなあ。どうしようかなあ」


 なんだかんだと言っているが、おそらくきっと、ブリックは呼ばれる流れになるはずだ。そして嫌そうな顔はするが、アルマに頼まれたらアイツは断れないのだ。ブリックはカインは嫌だが、アルマに頼まれごとをされるのは嬉しいから差し引きでいえば、少しプラス、くらいにはなるだろう。


 歳が近いことがあってか、不思議と親近感があるのか、アルマとカインはニコニコと仲良さげに話をしていた。

 アルマは、今回の件について経緯を丁寧に話して聞かしているようだった。

 ジェイドはなんとなく耳で二人の会話を聞きながら、畑作業を再開した。


「……なるほど、アルマ殿とジェイドさんの二人が魔王になったこと、魔王となると体内の魔力と大地の魔力が影響し合うようになるということ、そしてそのお二人が『聖女』の魔力をもらったことで、今この世界の大地が以前よりも魔力で満たされている状態になっている、と……」

「まあ、『聖女』の魔力はもらったというか、奪ったというか。でも、そんな感じです」

「それはそれは、結構なことですね」


 うんうん、とカインは神妙な声で相槌を打つ。


「……これは風の噂で聞いたのですが、アルマ殿は女神様になられたとか?」

「それは……エレナが勝手に言ってるだけというか……。私は関知しませんので……」

「おや。でも、なかなか的を得ているではないですか? 元いた神は死んでいて、今滅びゆく大地を支えるのはお二人の魔力なのでしょう? ならば、お二人が神といっても過言ではないのでは?」

「うーん……。でも、その神いわく、いくら神の力を分けられたといっても神そのものになるわけじゃないから、世界の滅びはどうしようもないみたいですし……支えているってほどじゃなくて、こう、オマケ程度な感じですよ」

「いいじゃないですか。十分ですよ」


 カインの声は明るかった。元々軽快に喋る男だが、ますます晴れやかな声である。


「僕の国の春が今までより、少しでも長くなるのなら、十分喜ばしい」

「……ありがとうございます」

「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。僕の国でもアルマ殿を信仰させようかな? なんだか、エレナがそういう宗教作るんですよね?」

「……アレは、最終的には信仰対象は死後女神になったエレナになる予定なので……」

「おや、そうなんですね。しかし、まあ、本元とは枝分かれしていく宗派というのもよいでしょう。僕はアルマ殿を信仰しようかな」

「……好きにしてください……」


 アルマは情けない声をあげた。カインはクスクスと笑い、「冗談ですよ」と言うが、あまり冗談のようには聞こえなかった。



 ことの経緯を話し終えて、二人はとりとめのない話をし始めているようだった。

 アルマが途中でお茶と菓子を持ってきて、ジェイドも作業を切り上げて一緒に食べた。


 菓子を食べ、茶も飲み、そろそろというところで、ジェイドは切り出した。


「アルマ、少しこの男と二人で話をさせてくれないか」



 ◆



「どうしたんです? 僕、あなたと二人きりでお話しするようなフラグとかそういうのありましたっけ」

「そういうの、とはなんだ」

「ううーん、野暮ですね。わりとおとぼけさんのくせに、あなた冗談通じないですよね」


 アルマはティーセットを片付けがてら一人で屋敷に戻っていった。畑のそばに置いたベンチに二人、少し離れて座る。

 カインはよくわからないことを言っているが、そのペースに呑まれてやる義理もない。ジェイドは、早々に本題を切り上げた。


「……聞いての通り、俺は結局魔王となった。シグナルの願いを退けたくせに、だ」


 カインは少しだけ目を大きくし、すぐにいつもの飄々とした顔つきでゆるく微笑んだ。


「シグナルのことを、気にかけてくださっているのですね」

「封印から目覚めたアイツと共に過ごしていたお前に、伝えてほしい。すまなかった、と」

「ええ、それはもう。その通りにいたしましょう。あそこは僕の国で今いちばん暖かな日差しが差す場所です」


 このカインという男は、妙な男だが、察しはよく賢い。ジェイドの意図をすぐに察すると、彼は少し演技がかった仕草で胸に手をやり、片方の手を空に伸ばして、瞳を伏せながら唄うように応えた。あそこ、とは言うまでもなく、シグナルが散り魔力をばら撒いた地のことだ。


 そして、居住まいを正してジェイドに向き直ると、カインは真面目な顔を作ってジェイドを見据えてきた。


「でも、シグナルがあなたを襲わなければ、あなたもアルマ殿の魔力を分け与えられることもなかった。そのままなら、あなたは衰弱した魔王として、神に見過ごされて静かに死を迎えることができていたでしょう」


 もしも、の話をカインはし始める。


 つまるところ、シグナルの行動が今の結果が生み出したのだ、と。

 だからお前がそんなに気にするなと言われているようで、ジェイドは少し眉間に力が入った。


「死人の、しかも友人の言葉を代弁するなど烏滸がましいですが……」


 コホン、とカインは咳払いをする。


「シグナルの願いは、魔族の復興でしたが……。封印される前のことで、それと同じくらいの心残りがあったんですよ。そして、それは達成することができたのですから。そこまでいちいち悔いることはありませんよ」

「……北の大地の魔力補充、か」

「彼が封印される直前……パンク寸前で命じられた使命。彼にとってはそれが果たせなかったことは最大の後悔です。それを成せたのですから、彼はアレで幸せですよ」


 カインにとってはシグナルという人物の死は、友人の死だったろうに。あの時もそうだったが、彼はなぜだか今もせいせいした顔をしている。

 カインは屋敷の周りの木々が拓けているところから、北の空を眺めていた。口角をあげ、穏やかな笑みを浮かべているのは、表情の乏しいジェイドの見間違いではないだろう。


「お前は、アイツといい関係を築けていたのではないか?」

「僕は良い友人と思っていましたが、特殊な環境でそうであれと育てられてきた人物が、一年やそこら他人と多少仲良くなったからといって、変わりませんよ。僕はそう思っていますけどね」


 問えば、達観した返事が返ってきた。

 ジェイドはこの男がどう生きてきたのかは知らないが、この男もまた、『そうであれ』と特殊な環境で生きてきたのだろう、それくらいはわかる。


 ジェイドはこの男の言うことはよくわかった。自分も、同じように育てられた。ただ、『魔王』であれ、と。


 それに疑問を抱くこともなければ、自分は何のために『魔王』であることを望まれたのか、『魔王』として何をすればよかったのかもわからなかった。


 初めて、自分が『魔王』として自分の意思で何かをしようとした時は、人間と聖女に騙された、その時のことだったろう。


 ただ、自分の場合はその時に少し、変われたのだ。──騙されていたけれど。

 しかし、カインが言うことも、ジェイドはよくわかった。


「もし、あなたが、これ以上罪の意識を感じるなら、そうですね。まあ、せいぜい長生きすることですね。あなたがいるかぎりは、この世界が滅びることはないんでしょう?」


 カインはまだ幼さの残る顔つきで、ニッコリとその二重の眼を細めてジェイドを見つめて微笑んだ。

 ジェイドが「ああ」と短く答えるのを聞くと、カインはその眼を今度は大きく開き、何か思いついた、とばかりに手を叩く。


「あっ、そうだ。僕が生きている間はそうならないと思いますけど、いつか僕の北の大地がどうしようもならなくなったらそこで生きる民をこの国で受け入れてくれませんか? よろしくおねがいしますね!」


 北国の王カインは、そう言って帰っていった。

 どうも、歩いて帰るらしい。ジェイドの予想に反して、ブリックは呼ばれなかった。

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他連載のご紹介

他連載/完結済み中編作品、本作の没設定からサルベージして書いたものになります
『追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜』

他連載/完結済み中編作品です。

ツンツンしていた彼が私の大好きな婚約者になるまで

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