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69話 偽聖女VS本物聖女①

 マルルウェイデンのとある一角。リリサ・ローエンハイムが住まう屋敷であり、また、彼女が謹慎しているその場所である。


 異例のことであった。

 罪を犯し、謹慎している令嬢の元を、現女王が訪れるなどということは。


 リリサは裁きを受けてから、まさしく人が変わったかのように清らかで優しい乙女となった。そのため、彼女の罪はもう少し軽くすべきなのではないかという声が出ている。

 だからこそ、彼女の真実の姿を見抜くために、女王陛下がわざわざ足を運んだのではないか?


 ローエンハイム家の従者たちはそんな噂でもちきりだった。



 ◆ ◆ ◆



「初めまして。リリサ・ローエンハイム嬢。わたくし、この国の女王、エレナと申しますわ」

「これはこれは……。私のような者が、女王陛下にお会いできるだなんて……。私が謹慎中の身分ゆえ、女王陛下にお越しいただく形となり、申し訳ございません。光栄ですわ」


 ニコリ。エレナとリリサは微笑み合う。

 エレナは言わずもがなだが、リリサという令嬢もまた、美しく整った容姿の持ち主だった。腰ほどまでに伸ばした金色の髪は透き通るほど美しく、青い瞳を持って生まれた彼女は、まるで天使のようだった。


 美貌の二人が微笑むと、思わず周囲はそれに見惚れてしまう。

 二人のその内心など知らず。


「……本当に、まさか私のようなものが、あなたとお会いできるだなんて思っておりませんでしたわ。一体どうされたのでしょうか?」

「驚かせてしまってすみませんね。どうしても、あなたの犯したという罪について、お話をしてみたくて……」

「そんな……私のしてきたことを、女王陛下にお聞かせするだなんて、お耳汚しにもほどがありますわ……」


 リリサはしなを作る。

 エレナは白々しいやりとりは好きだったが、リリサの心の声を想像すると、滑稽な仕草にしか見えなかった。


(『聖女』は魔王は封印するということだけど、わたしみたいなヒラ魔族はどうだっていいのかしら? そのあたりどうなの?)


 リリサは、神が遣わした『聖女』だ。アルマの話を聞くに、神はこちらの存在はしっかりと把握しているらしい。エレナが魔族ということは当然気付いているだろう。

 エレナが訪れたことを、向こうはチャンスだと思っているだろうか。また、エレナがリリサの身体を支配している『聖女』に気がついていることを、彼女はわかっているのだろうか。


(こういう女とは堂々と口汚く罵り合った方が本当は楽しいのだけれど……)


 人目もあるのでエレナは我慢した。エレナは今はマルルウェイデンの若く美しく優しき女王陛下であらねばならない。


「度重なる不幸でたまたま女王となってしまっただけのつまらぬ女なのですが、女王である前に、わたしは『聖女』なのですよ。あなたのような方のお話に耳を傾けるのも、わたしの大切な仕事の一つだと思っていますわ」

「へえ」


 ──魔族が?


 リリサの口がそう動くのを、エレナはしっかりと見ていた。


「それは大変ですねぇ、よろしければ、私が『聖女』の仕事を代わってあげましょうかあ?」

「あら! それはいいわね! 二足の草鞋は大変なのよ」


「リリサ・ローエンハイム! その口の聞き方、不敬であるぞ!」

「いいのよ」


 エレナの伴った近衛兵がリリサを威圧する。エレナはそれを制し、リリサを慈愛に満ちた目で見つめた。


「……本当に驚きですわ。まさか、魔族が聖女扱いされて、しかものうのうと女王の座になんてついているなんて……」

「あら? どうかなされたの?」


 リリサの青い瞳がエレナを冷たく睨むのを、エレナは小首を傾げてきょとんと返した。


「──実はわたし、あの日教会で神の声を聞いたのです」

「お嬢様、またそんなことを……」


 リリサの従者が眉をあげる。オロオロとリリサの顔とエレナを交互に見て、ため息をついた。


「女王陛下。申し訳ございません。リリサお嬢様はあの日を境に、人が良い方にかわられたのですが、どうも……その……」

「私、あの時『聖女』の力をいただいたの」

「……このようなことをおっしゃるようになりまして……」

「まあ!」


 エレナはぱちんと手のひらを合わせ、瞳を輝かせる。


「すごいわ、どんなことができるの? 『聖女』のお役目は楽ではないわ。私が即位してからは、幸いなことに魔族の襲撃は目に見えて減ってきているけれど、恐ろしい魔族と戦わないといけなかったり、国のお祭りや催しにも国を守護するものの象徴として振る舞わなければならないのよ」

「ふふ、そうですねえ。私は……光の球を発したり、邪なるものを消し去ることができますよ」

「まあまあそれはすごいわ!」


 リリサが人差し指を立てて振ると小さな光の球が宙を舞った。従者は困った顔をしていたが、しかし、どこか期待に満ちた瞳をエレナに向けていた。


 リリサが『聖女』の力を神から授かった。本来ならば、妄言甚だしいこの言葉を、この従者は「信じたい」と思ってしまっているのだろう。


(まあ、実際、神から『聖女』にさせられた……というのは事実だものねえ)


 エレナはすごいすごい、と言いながら目を細めた。エレナが連れてきた王宮に勤める兵たちも、動揺を見せていた。彼女の力は、奇跡というほかなかったからだ。エレナが何もない空間から水を出したり、鋭い刃として風を操るように、光の球を指先から生み出す彼女を「まさか」という目で見ていた。


「それとぉ、人の偽りを見抜くことができますよ」

「まあ、それは本当にすごいわ」

「……女王陛下、あなたって、『人間』じゃないですよねえ?」


 リリサの言葉に、周囲が一斉にざわつく。


「リリサ・ローエンハイム! 貴様!!! 何を言っておるのだ!」

「世迷いごとを……やはり、あの日、狂ったか!」

「あらやだ、みなさん、そんな厳しいお言葉おっしゃらないで?」


 エレナの近衛兵たちがいきりたち、そのうちの一人がリリサを羽交い締めにし、残ったものたちでぐるりと彼女を囲い込んだ。

 エレナがそれを止めるように指示したが、彼らは困惑しすぐには動かなかった。


「……なっ!?」


 が、しかし、リリサを羽交い締めにしていた兵の体が急に、空中に投げ出された。不恰好な形で空に舞った兵はそのまま落下する──かと思われたが、そのまま空中を浮いていた。しかし、自らの意思で体を動かせないようで、ひっくり返って動かなくなった虫のような格好でただ顔だけが驚愕の色を浮かべていた。


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他連載のご紹介

他連載/完結済み中編作品、本作の没設定からサルベージして書いたものになります
『追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜』

他連載/完結済み中編作品です。

ツンツンしていた彼が私の大好きな婚約者になるまで

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