66話 雰囲気変わった
とんでもない夢を見たわけだが、さて、収穫はあったのか。そう問われたら、アルマは首を捻る。
(……とりあえず、もらえるものはもらっておいたけど……)
神の権能。『契約機』を扱う力。
この力をもらったからといって、どうしたらいいんだ、という解は見えなかったが、もらわず後悔するより、宝の持ち腐れとなってももらっておこうと判断した。わざわざ、『聖女』なんてものを使って、権能を授かった魔王を封印するくらいだし、そのせいで神に何かよくない形で利用されてしまう、ということはおそらくないだろう。
(私が『契約機』を使っても、魔王にはならない……)
せっかく神様というものに会えたのに、大した収穫は、得られなかった。
「キキっ!」
「あ、ごめんね。キリー、起こしちゃった?」
空はまだ暗く、太陽は登っていなかった。だが、とてもじゃないが二度寝する気にはならない。
キリーは顔をブンブンと横に振って、アルマを心配そうに覗き込む。
「大丈夫。変な夢を見ただけ」
「……なんか、アルマさまー」
ボフンと魔力を発動させ、キリーが蝙蝠の姿から人の形を取る。
細い眉を上げて、少年が首を傾げる。
「フンイキ、変わりました? ……てか、なんか、こう、魔力の感じがー」
「え?」
「魔王様っぽくなってる感じが……」
「……そうなの?」
「んー、なんか、こう、元々ボクはアルマ様の使い魔ですけどー、ジェイド様に命令されたら、ジェイド様の方が逆らえない感じだったけど、今はアルマ様のが強いなー、って感じですー」
今度はアルマが怪訝な顔を浮かべる番だった。
理屈としては、なんとなくわかる。魔王ジェイドの支配力の方が、魔物の彼にとっては強かった。しかし、アルマもジェイドと同じく神の権能を与えられたことで、ジェイドの支配力に近くなった、ということだろう。
そこで、ひとつ、神と対峙していた時のアルマの頭にはなかった疑問に行き着いた。
(人間と魔族は元々同じ種族だったけど……じゃあ、『魔物』って、何?)
人間と魔族の歴史については、理解ができた。しかし、魔族と同じように、魔力を持ち、動物とはまた違った生態の彼らは、なんなのだろうか。
ジェイドの話では、魔物と動物の交配も可能だと言う。それならば、人間と魔族のように、元々は同じ種族同士であったのか。
「ねえ、キリー。あなたたちって、『魔王』には逆らえないの?」
「んーと、そうですねー。ボク達、魔物は魔族より弱い存在ですからねー。特に、『魔王』様には、本能的に絶対服従ですね!」
「……魔物と動物の違いって、キリー、わかる?」
「え〜? 考えたこともないですよー」
「そうよね……」
キリーは金色の目をパチクリとさせながら即答で首を横に振った。
キリーは賢い魔物だが、賢さと知識は別だ。知らなくても無理もない、むしろ当然であることを聞いてしまった。
(これこそ、神様に聞けばよかった……)
アルマが、知りたかったことはとにかく、ジェイドが封印されずに済む方法と、滅びていくらしい世界をどうにかする術だった。
魔物という存在の来歴を知ったところで、意味はなかったかもしれない。けれど、一度疑問に思えば、気になってしまう。
「魔物はみんな、魔王の言うことを聞くの?」
「魔物の性格にもよりますけどね! でもー、命令されたら逆らえないです! なんにもなくても、魔王様が今いるのか、いないのかはわかりますよ!」
「いるのか、いないのか?」
「魔王様がいない時代もありますからね! ジェイド様だって、封印されてましたし! その時は、あー今は魔王様いないんだ〜ってわかりますよ!」
「……うーん……」
『契約機』では、魔力の糸で他の魔族を縛るという話だった。魔物についても、同様なのだろうか。
「とりあえず、早起きしちゃったし、朝ごはん作ろうか。キリー」
「はいっ、お手伝いしますっ!」
ギシリと寝台を揺らしながら、アルマは立ち上がった。
◆ ◆ ◆
いつもより早く起きたが、特に代わり映えのない日常を過ごす。
ジェイドと共に朝食を食べ、畑の手入れをし、家畜の世話を。
するのだが。
「わあっ!?」
家畜小屋の扉を開けるや否や、アルマは家畜に襲われた。
ひっくり返されて、べろべろと顔を舐められる。
「なんだ、うまいものでも食べたのか?」
「じ、ジェイドと同じものしか食べてないですっ!」
「それもそうか」
薄く笑いながら、仰向けになって家畜に囲まれているアルマに、ジェイドは手を差し伸べた。
アルマが立ち上がると、すぐにまた牛型の魔物がすり寄ってきてよろめいてしまうが、ジェイドが肩を掴んで支えてくれたので事なきを得る。
「なんだか、大歓迎だな」
(……まさか、これも、『神の権能』効果……?)
しかし、家畜達はジェイドには特別擦り寄る様子はなかった。いままでだってそうだ。なぜ、アルマだけこうなのだろうか。
「ジェイド、あの、私って、何か変わった感じしますか?」
「……お前が?」
ジェイドの目が細められる。突拍子もなく問われたためか、片眉を寄せていた。長い間共に過ごしているおかげで、冷たさは感じない切長の瞳を、ひさしぶりに鋭いと感じた、
「変わったというのなら、変わったな」
「どこら辺がどうとかありますか?」
神に力を与えられたことで、恐らく魔力の質が変わったのだと思う。家畜達はキリーと同じように喋らないけれど、このいつにない擦り寄らせ方を見るに、そうなのだろう。
ジェイドならば、もっとはっきりとアルマの魔力の変化を指摘してくれるだろうかと、期待しての問いであった。
「よそよそしくなったな」
「……え?」
アルマはきょとんと目を見開く。
想定していたものとは、違う方向性の指摘を受けてしまった。
「……それは」
「もう何日前からか。……あの研究者の男を尋ねる前ごろか?」
アルマが、『聖女』の復活を夢で知ってからのことだ。
咄嗟に、アルマは口ごもる。鶏の姿の魔物に足を突かれながら、ぼうっと突っ立って、ジェイドを見つめた。
「責めてるわけでも、拗ねてるわけでもない。お前に、変わったところはないかと聞かれたから答えたまでだ」
「は、はい」
そう言ったジェイドの声も、表情も、柔らかく、優しいものだった。
だが、アルマはなんとも気まずくて、視線を彷徨わせてしまった。
「アルマ」
自分の名を呼ぶジェイドの声が、なんだか困っているように聞こえた。
「……抱きしめたのは、嫌だったか。悪かった」
「え?」
またも、アルマは目を大きく見開くこととなった。
抱きしめた、というのは、あの日のことだ。『契約機』の話をしたあの日。
ジェイドにみっともなく縋って、困らせたあの日。
アルマのあっけに取られた顔を見つめ、わずかに眉を寄せながらジェイドは瞳を伏した。
タイミングとしては、たしかに、被っている。
もしかして、もしかするとだが。
アルマはてっきり、ジェイドに隠し事をしていることがバレているのかと思ったのだが。
(そ、そっちを、気にしてたんですか……!)




