65話 神という存在②
「罪を許されし子、アルマ。それは叶えられません」
「神様でもできないのですか」
「我はすでに死したもの。死の間際、自らに定めた役割しか為せない存在」
ややあって、光は言葉を発した。
「……じゃあ、その、『罪を許されし子』って、なんなんですか」
アルマは、代わりの望みとして、質問し、神に対して答えを求めた。
「この世に生きる人間たち、その全ては罰を受けた子たち。しかし、その罪から許されたものがいる。それがお前です、アルマ」
「……どうして?」
「我は神なり。しかし、万能には非ず。我の力が及ばぬ存在、それがお前たち。お前たちは、我に近しい存在として生まれたもの。神に至ることのできるもの。お前たちに罰は与えられることは出来ませんでした」
「……は?」
人が、神に?
何を言っているのだと、アルマは眉根を寄せて光を見る。
「罪を逃れたものたちは、我と出会うまで至れました。しかし、彼らは罪を償った罪人たち。彼らを、神とするわけにはいきません。だが、お前は罰を受けた子の子孫、その中でも一等強い力を持つもの、お前ならば、神に至ったとしてもよいでしょう」
光は、アルマには構わず、ただただ淡々と語る。
「力を使うたびに、お前は我に近いものになっていたはずです。とうに、その髪が白髪に至っていてもおかしくないはずなのに」
「……はくはつ?」
アルマはきょとんと、おうむ返しした。
はくはつ。白髪。まさか、と思う。
予知夢を見るたびに、現れた白い髪。力を使って疲弊したせいでできているのだと思っていたが、もしかして。
「お前のその髪が全て白く変わった時、お前は神へと至るはずでした。もっと早く、お前はここに来れていたはずでした」
「……全部、抜いちゃってました……」
「……」
「シラガだと思ってたんですけど、何なんですか?」
光の反応が、また遅れていた。予想外のことを言われると、返答が遅くなる傾向があるのかもしれない。
「解放されし、力そのもの。神なるものの証となるはずでした」
「……生えたままにしていたら、私はもっと……強い力を持っていたと?」
「その通りです」
「大地の愛し子は、みなそうなのですか?」
「いいえ。罪から赦されたもの、全てがそうではありません。可能性は持ち合わせているでしょう。しかし、今を生きる子であれば、たとえば、朽ちた地に生きる子、カインなどはそうではない」
神の口から、カイン、とアルマが良く知る名が出される。アルマのことも、聖女曰く存じ上げていたようだから、当然か。全知全能ではないと語るが、しかし、これは神であるのだから。
「夢見の力を持つもの、すなわち次元を越える力を持つもの。我のこの領域に入ることができるもの。そのものだけが、神に至れる」
「……予知夢? ですか?」
「お前たちはそう認識しているようですね」
なぜ、予知夢を見れるものだけが魔王の素質があるとされるのか、疑問だった。
『予知夢』そのものに意味があるのではなかった。予知夢が見れる力を持っていれば、この神のいる場所に、行くことができる。そして、神と会い、神の権能を与えられることで、『魔王』としての力を得るのだと、そういうことだ。
「……ジェイドも、ここに……」
「魔王ジェイド。封印から生き長らえた魔族の王。彼も、当然、我と出会いました」
「……」
「『契約機』を扱うことができるようになる。それが、私が罪人の子たちに与えた力です」
そして、ジェイドは『魔王』となった。
魔族を統べ、魔力の意図により彼らを縛り、神の遣いたる、『聖女』にその身を封印せんと狙われるようになった。
「今まで、世界の全ての魔族を統べた王はいませんでした。いままでの『魔王』は、封印をされればいつしか朽ちていった。あの子は自身の膨大な魔力と、世界中の魔族の生命をもって、現世を生き延びた。あの子が、罪人の子でなければ、彼こそが神に至れたものを」
光の発する言葉には、どこか、残念げな気配があった。
「……神になったら、どうなるんですか?」
「──神となれば、世界が滅ばずに済む、などと考えましたか?」
神の指摘のとおり、アルマは「もしかして」と考えていた。神がいない世界が滅びていくならば。魔力の枯れた世界を満たすほどの力を振るえる存在となれるのならば、もしかして、と。
神はアルマの考えを制止するかのごとく、先回りしてそれを否定した。
「我と同等の神になるわけではありません。お前に、わかりやすく言うならば、そうですね。『聖女』のように、人の身を借りて顕現するのではなく、その身そのまま、この世に在れる。まさしく、神の遣いとなるのみです」
「……ええと、私が、神になるのなら、私が……あの、神の遣いとして……。『聖女』の……代わり? になると?」
「そうなります。我としては、その方が望ましい」
わずかに期待をしたアルマは落胆する。そんなの、なんの意味もないではないか。神とは名ばかりの、このすでに死んだ神の便利な手足になるだけなど。
別に、アルマはこの世界を救いたいとは思っていない。自分の命が永遠とは思っていないし、人の命が限りあるものなら、世界の終わりだって、当然あるだろう。
ただ、枯れていく土地を想う人がいると知っているから、この神が、枯れていく世界をどうか救う術を知っているのなら、知りたいとは思ったのだ。
「惜しいものです、お前が白髪に至っていたのであれば、お前の意思に関わりなく、お前を神の代行者として扱えたものを。罪から許されし子、お前は人のまま。我が子なれど、我は人である子を操れぬ。その身に『聖女』の意思を宿すことも叶わぬ」
神の声は、変わらずひたすら淡々としているのみだったが、アルマにはその言葉が不気味に感じられて、何もない空間において、無意味かもしれないが、無意識に一歩後ずさっていた。
「……さあ、お前の望みは、この問いのみでよかったのですか。我が権能は望まぬまま、帰りますか」
「……」
アルマは唇を軽く噛みながら、思考を巡らせていた。
世界がどうにもならなくても、せめて、ジェイドのことはどうにかならないだろうか。
「……魔族はほとんど、すでに滅んでいます。もう、改めて魔王を封印しなくてもよいのでは?」
「それはなりません。我は、アレを封じなくてはいけない。滅ぼさなくてはいけない。我は、あの子らのせいで死に、死した後も、あの子らに騙されて、利用され、罰を与えることすら叶わなかった。我は死に、ここに存在し続ける以上、アレらを滅さなければなりません。そういう誓約を持って、死した神たる我は存在しているのです」
「どうにもならないんですか?」
「人の子よ、神とは、特に死んだ神とは、そういうものなのです。定めた誓約のみによって在るもの。お前に理解できぬのは、仕方がないこと。お前がいくら、魔王を想ったところで、その願いは叶わないでしょう」
「……」
アルマは、考える。
他に、神に聞くべきことはなかったか。
なんとなく、だが、そろそろ時間切れだ、という感覚があった。
アルマは瞳を伏せて、すうと深呼吸をした。そして、口を開き、白い光を見下ろした。
「あなたの力、もらって帰ります」
「……そうですか」
「私が、『契約機』を使ったとしても、私は『魔王』にはならないんですよね?」
「『魔王』と我がみなすのは、罪を償わなかった子たちのみ。罪から許されたお前を『魔王』とすることはありません」
「……」
アルマはまだ、考えていた。
契約機、神の権能、魔王、神の遣い、世界の滅びを願う神、封印される魔王。
頭の中をぐるぐるといろんな言葉が巡るが、瞬きをするごとに、視界が薄らんできた。
早く、はやく、この神に、何を聞くべきかを定めなくてはと焦る。だが、心臓の早鐘に急かされるばかりで、頭は何もまとまらない。
「目覚めの時が、近いようですね」
神が言った。
アルマは慌てて口を開いたが、その問いは間に合わなかった。
いくら、長い瞬きを繰り返したところで、目の映るのはもう現実の風景しかなかった。
ああ、こんなことなら、やはり、ヴィスコの質問メモをもらってくれば。いや、やっぱりいざと言うときには、役には立たないか。そもそも、夢の中にメモは持ち込めないだろう。
見慣れた自室の壁を見つめながら、アルマは大きく息を吐いた。




