58話 とんでもない夢を見てしまった
アルマは夢を見ていた。
(……夢?)
誰かに、見られている。
間違いなく、自分はジェイド邸の自室のベッドに入って就寝した。寝間着にだってちゃんと着替えた。
でも、今自分がいるのは何もない空間、着ている服は普段日中着るような、動きやすい服。
こんなの、夢に決まっている。
だが、アルマは猛烈な違和感と悪寒に同時に襲われていた。
誰かが、アルマの姿をジィッと見ていた。
自分の見る夢は、ただの夢以外にも、予知夢を見ることがある。
このふわふわとした何もない空間にいる感じは、いつもの予知夢を見ている感覚に近かったが、しかし、居心地の悪さが、妙に生々しい。
「……はあ、またハズレかあ」
「……だれ?」
アルマを見ていた、誰かがため息をついた。
視線でしか存在していなかったその誰かが、急に輪郭を持ってアルマの目の前に現れていた。
白銀の長い髪に、赤い眼をした女──いや、少女だった。
真っ白な絹のワンピースを纏い、この世のものとは思えぬほど、端正な容貌をしていた。
「うわ、しかも、見つかるとか。あーあ」
少女は驚いたような顔をしたが、すぐにサッと微笑みの表情を浮かべた。
「……ああ。あなたが、アルマさん?」
「なに? ……誰なの?」
夢の中の人物とは思えないほど、彼女の視線はねっとりと感じられた。値踏みするかのように、上から下まで丹念に見られ、アルマは身を固くして、彼女に対峙した。
「私は『聖女』と呼ばれるもの。魔王を探しています」
造りもののように美しく整っているが、冷たい印象の顔をみじんも変えずに、少女は答えた。
「聖女……」
聖女が、自分の夢の中に現れた。
アルマはバッと飛びのいて、彼女から距離を取ろうとする。
少女はそれを不思議そうに眺め、やがてくすくすと笑い出した。
「いやだなあ、そんな、警戒しないでくださいよ」
聖女。魔王を探している。アルマのことを『ハズレ』と言った。
突然のことだが、アルマは瞬時に迫る危機を理解した。これは、夢というよりも、現実に起きていることと言っても差し支えないだろう。
──理屈はわからないけれど、聖女と名乗る彼女は、アルマの夢の中に干渉して現れたのだと、アルマは理解した。
「……しかし、あなた……。『大地の愛し子』ということだそうですが……うぅん、なるほど、まだ至ってはいないようですが……。どーりで、座標が引き寄せられたわけですね」
「……座標?」
「あなたがいるせいで魔王の夢に入り込めなかったんだなあ、と?」
ブツブツと呟く女の言っていることは、訳がわからなかった。しかし、彼女はにこ、とアルマに微笑んでみせる。
「まあ、あなたの夢に入り込んでしまったのは、あながちハズレでもないみたいですね」
「……」
「神様がおっしゃってましたからね。あなたとジェイドさんが今一緒に住んでいるのは知っているんです。うんうん、なるほど、ここですね」
外見に似合わない軽薄な喋り口で『聖女』はペラペラと話す。
「困りますよね。全知全能とはいかないんですよー、ビビッとなんでもお見通しできたら楽なんですけどねー」
アルマは、聖女の様子を伺う。それしかできなかった。
自分の夢の中ではあるが、夢の中に現れたらしい人物、しかも聖女を、どうしたら撃退できるのか、分からなかった。
ただ、彼女はすでに目的を完遂したらしい。
魔王ジェイドが今どこにいるのかを、探っていたのだろう。アルマの夢の中に入り込むことに成功したことから、その居場所は彼女に知れてしまった。
「あなたは、ココにしかいれないの?」
「……え? あははは、いや、違いますよ。さすがに人の夢の中では何もできませんよ。ちゃんと本当の世界で対面しないと。だから、そんな警戒しないでくださいって」
アハハハ、と彼女は軽い笑い声を上げた。
「わたし、実はですね。今、使っている身体が結構ワケアリでして……色々やらかしている人だったみたいで、謹慎中で外に出られないんですよね」
「……はあ?」
「あ、なんかすごーい胡散臭そう。なんか、男好きで遊びまくってお家や嫁入り先のお金使い込んで婚約者からは婚約破棄されて、修道院に送られるとか……」
そんな話は、どうでもいい。
アルマに睨まれて、聖女はニヤ、と口角を上げた。
「まあ、そんなわけですから、その時が来るまで、どうか健やかにお過ごしください。うーん、ホント、困ってるんですよねえ。わたし、自由になれる日が来るのかなあ?」
(今は、身動きがとれない……と)
その言葉を、信じていいかどうかは、わからない。
彼女が、本当に『聖女』だとしたら。
「……『その時』が来たら、あなたは魔王を封印するのね?」
「はい、必ず。それが、わたしの使命ですから」
女は口角を上げて、笑った。
「あなたの夢も、じきに冷めるでしょう。良い目覚めを迎えますことを。良い一日となることを、祈りましょう」
アルマは、エレナもジェイドに対して似たような言葉で忠告していたことを思い出していた。
女は消え、アルマが目を覚ますと、朝を迎えていた。窓から差し込む朝の日差しは暖かで、柔らかに、しかし眩しいものであったが、アルマの身を包むシーツは汗でぐっしょりと濡れ、気持ちが悪かった。




