番外編 イチャイチャの裏側で
※2章32話イチャイチャ大作戦時のお話です
「アルマ、お前は演技が下手だ」
「……はい」
今日も今日とて、必死のイチャイチャ大作戦によりカイン王子を追い返すことはできたものの、ジェイドと対面したアルマはしゅんと身を小さくしていた。
カイン王子の対応は、ジェイドが担ってくれている。アルマはとにかく何も言わず、カインの相手をすることなく、ひたすらにジェイドに肩を抱かれて身を寄せているだけなのだが。
──何もしていないくせに、ただ隣にいるだけという演技が下手すぎた。
「や、やっぱりもっと、堂々としていた方がいいんでしょうか……?」
「いや、初々しい様子は俺は好ましいと思うが」
「……はあ」
「そうではなくてだな」
ジェイドは居住まいを正し、アルマを正面から真摯に見つめた。
「……こういった演技をすることにはしたが、アルマ、本当はお前は俺に近づかれるのは嫌なんじゃないだろうか」
「えっ」
てっきり、演技が下手なことを責められるのかと思っていた。
アルマはきょとんとしてジェイドを見る。
ジェイドはいつもの真面目な表情をしているが、心なしか、少し、眉が下がって見える。気がした。
「い、いやとかでは、ないです。本当に」
ただただ、『恥ずかしい』という感情に自分の身体が追いついてこないだけだ。ジェイドの大きな手のひらとか、意外と温い体温だとか、とにかく整った顔立ちが至近距離にあるとか、低くて落ち着いた声が耳元に響くとか、そういったことが、落ち着かないだけで、不快感や嫌悪感はなかった。
嫌がられていると感じて、不安にさせてしまったのだろうか、とアルマは思い至った。
ジェイドがやさしいから、つい甘えてしまっていたが、少し肩に触れられたり、手を繋ぐくらいでガチガチになってしまうのを何度も繰り返したら、確かにそれは嫌になるだろう。
しかも、ジェイドがそれをしているのはアルマのためである。カインがアルマに接触できないように、エレナがついた嘘である『相思相愛駆け落ちカップル』の演技をしているだけだ。
「……それなら、いいのだが」
ジェイドは片眉を顰めて、いまいち訝しげだが、アルマを真剣に見つめていた眼差しを逸らした。
「お前の負担になっているのなら、違うアプローチも考えてみるべきだと思った。……具体案は、思いつかなかったが」
ジェイドははあ、とため息をつく。
「大丈夫です、ジェイド様。本当に」
アルマは似たような言葉を繰り返す。
一度乗った船からは降りられないというか、一度始めた『駆け落ちラブラブカップル』演技から、次にカインが来た時にどういう転身を遂げるのが望ましいか、そんなのはアルマだって、思いつかない。一度『駆け落ちラブラブカップル』として見せつけると決めた以上、もうここから退くことはできない。
「……変えるとするなら……というか、変わるべきなのは、私、ですよね……」
もっと、恋人として、伴侶として、自然体に振る舞わなければいけない。アルマは眉根に力が入った。
ジェイドに手を握ってもらってばかりではいけない。アルマ自身も、指を絡め、熱烈に手を繋ぎ返すべきだ。
肩に手を置かれただけでビクリとするのではなくて、そのままそっと体をジェイドに預けたりとか、するべきなのだ。
「……お前が嫌がっていないのなら、特に何も、変えなくていい」
ジェイドがふるふると頭を横に振る。
「でも、やっぱり、もう少し自然な感じで……」
「いや、お前がどぎまぎとしている様子は、かわいらしいと思う。だから、大丈夫だと思う」
「……すみません、何がどう大丈夫なのかわからないんですが……」
「どれだけ愛し合っていても、いつまでもそういう人も、いるだろう?」
「こ、恋人に、触られたら、ずっとドキドキしっぱなしの人……ですか?」
口にすると恥ずかしかったが、同時にアルマは「あれ」とも思った。
「……言葉にしてみると、なんだか、いそうな気が……しますね」
いつまでも、好きな相手がそばにいると、胸をときめかせてしまう。
そんな人も、きっといる。確かに、それはそうだった。
「俺が心配していたのは、お前がビクビクしていたり、あまりにもソワソワしているから、本当は俺との接触が嫌なのを我慢していたんじゃないか、ということだけだ」
「じゃ、じゃあ、私は、このままでもいいと……?」
ジェイドは頷いた。
「お前が嫌がっていることをするのは本意じゃない。お前さえ嫌でないのなら、構わない」
「よかった……」
アルマはホッとする。
──いや、このままイチャイチャ大作戦が続く限り、ジェイドが触れてくるたびにドキドキし続けてるのだから、そうそうホッともしてられないのだけれど。
「すみません、あの、そういうふうに思わせてしまう態度で……も、もう少し頑張ります」
そのままでもいい、とは言われたら、協力してくれているジェイドに失礼な態度は取り続けていたくはない。もう少し、自然に受け入れる努力をしようと、アルマは思った。
「いや、いい。嫌と思っていないというのが本当のことならば、今のままでいい」
「でも、やっぱり失礼じゃないかと……」
「俺は好ましいと、言っただろう」
言っただろうか。いや、そういえば、確かに言っていた。あまりにサラリと言っていたから、正直聞き流してしまっていたが。
「そ、そうなんですね」
聞き流したままでいた方が良かったかもしれない。アルマは気恥ずかしくてしょうがなかった。
横目でチラリとジェイドを伺い見れば、彼は涼しい顔で澄ましていた。
ジェイドにとっては、「好ましい」とは、そんなに深い意味の言葉ではないのだとアルマは判断し、ほてってしまった頬を冷まそうと、無意味ながら頭をぶるぶると振った。
両手を頬に当てると、当然のことだが、まだまだ熱かった。アルマはため息をつく。
ジェイドにそのままでいいと言われたからではないけれど、やはりアルマは、自分には演技の改善は無理だなと悟った。




