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番外編 ジェイドとアルマと飴ちゃん

※2章47話と48話の間のお話です。48話までのネタバレ含

ジェイド視点

 ジェイドは懐に飴を忍ばせている。


 飴はかさばらないし、口に入れてからが長いから良い。いわば、砂糖の塊であるが、砂糖そのものを舐めるよりも大分良い。携帯性にも優れているし、満足度も高い。良い。


 封印から明けた時のことは一生忘れることはないだろう。腹が減っている。動かない身体。周囲には、何もない。封印されるまで味わったことがない、無力感。絶望。


 たかが腹が減っただけでと笑われるかもしれない。魔族であるなら、魔力さえあれば、食物がなくとも生き続けることができる。無限の魔力を有する存在であれば、食物というものは不要であった。


 そのはず、だったのだが。


 ジェイドは封印されている間に、ほとんどの魔力を失ってしまった。魔力の糸で支配していた他の魔族の気配も、わからなくなってしまった。封印されている間のことを、ジェイドは覚えていない。

 自分の魔力を他の魔族に、糸を通じて分けてやっていたのだろうか。それとも逆に、自分は他の魔族の魔力を奪って、封印から目覚めるまで生きながらえてしまったのだろうか。

 わからない。覚えていない。実感がない。


 ともかく、魔力を失ったジェイドには、空腹というのは耐え難い苦痛であり、そして、生命の危機であった。

 腹が減っていれば、代わりに魔力が生体エネルギーとして消費されていく。早く腹に何かを入れなければ、死んでしまう。それはわかっていても、身体が動かない。


 永遠にジェイドは、ひたすら同じことばかりを考えていた。


 腹が減った。どうしてこうなった。このまま死ぬのか。死ぬなら早く死にたい。身体が動かない。腹が減った。身体が動かないと死ねない。早く楽になりたい。


 この思考の繰り返しで、どのくらいの時間を過ごしたのか。ジェイドは覚えていない。




 ジェイドは飴を口に放る。うまい。甘いものは好きだった。

 携帯性、味、口内に入れてからの『持ち』それら全てが飴はよかったが、もう一つ、飴にはいいところがある。


 舐めていると無心になれる。


 飴玉を舌で転がす感覚は良い。心を落ち着かせたいときには最適だった。


 ブリックに飴をやったことがある。その時は、彼がしんじられなかった。ブリックは飴玉を口の中に入れるとすぐに噛み砕いてしまった。飴玉というものを知らないのか、ビスケットか何かと勘違いしているのか。苦言を呈すと、面倒くさそうな顔をされた。


 ブリックはあまり飴は好きではないらしい。

 人の好みは、まあ、どうでもいい。ただジェイドはブリックにはもう飴はやらなかった。




 ある日、アルマという少女が自分の元を訪れた。


 妹のエレナのせいで、己の居場所を奪われた哀れな少女だ。ジェイドは彼女を受け入れた。エレナのせいであるが、ひいては自分のせいであるかもしれないと、ジェイドは思っていた。


 『聖女』と呼ばれていたらしいが、アルマ自身は素朴な人物だった。


 畑仕事も、家畜の世話も嫌がらないでしてくれるのはありがたかった。何か仕事をしている方が気が楽そうに見えた。真面目なのだろう。

 エレナから話を聞いていた印象よりも、だいぶ控えめでおとなしい少女だった。ジェイドに遠慮もしているのだろう。こともあろうか、『様』付きで呼ばれるのだから、ジェイドは少し驚いた。


 自分が『魔王』でなかったら、『様』とは呼ばれなかっただろうかと少し考えた。アルマはブリックのことは『さん』付けで呼ぶ。


 アルマが謙った態度の方が楽そうな様子だったし、『様』と呼ばれることが特別嫌なことでもなかったので、ジェイドは受け入れた。ただ、アルマは幼い時から王宮で過ごさざるを得なかったことを考えると、そういう態度の方が楽だということを、彼女自身無意識に刷り込まれているような気がして、それはいい気がしなかった。


 ふとした時に、おそらく彼女の『素』なのであろう笑顔を浮かべるときがある。いつもよりも、幼く見える無防備な笑顔を見ると、ジェイドは「かわいらしいな」と思った。

 ブリックに「お前しか毎日会う相手がいないんだから、お前がかわいいって言わないとダメだろ」と言われたこともあり、ジェイドはなるべくアルマに「かわいい」と伝えようと思っているのだが、肝心のそういう瞬間の時は、なぜかその一言を言えなかった。


 いや、タイミングよく言えたことはあったが、その時にアルマが表情をかたくしてしまったので、思えば、それからあまり言わなくなったのかもしれない。

 言ってしまうと、あの顔が見れなくなるから言わなくなったのかもしれない。


 それはそうとして、アルマにも飴玉を何度かやった。


 彼女も甘いものは好きらしい。こんなところで生活をさせて、あまり甘いものを食べさせてはやれなかったので、その代わりといってはなんだが、ジェイドは自分が飴を舐めるときにアルマもそばにいれば、分け与えるようにしていた。


 アルマは飴を噛み砕かなかった。

 真面目にちゃんと舐めていた。


「……? どうかしましたか?」


 アルマが飴を舐める様子をまじまじと見つめてしまっていたようで、アルマから怪訝な目で見られた。やましい気持ちがあったわけではないが、年頃の娘が飴を舐める姿を熱心に見ているというのは、はたから見て、望ましいものではない。


 素直に謝ると、アルマはおかしそうにクスリと笑った。


 それが例の無防備な笑い方で、可愛らしかった。


 ジェイドは自分と同じで、ちゃんと飴を舐めて食べるアルマのことが、なんだか嬉しかったのだ。




 アルマも、飴を舐めているときはわりかしボーッとしているようだった。それを横目で確認して、ジェイドも無心に飴を舐めて惚ける。

 会話があるわけでもなく、二人で飴を舐めている時間は居心地が良く、ジェイドは心が落ち着いた。


 飴にはさまざまなフレーバーがある。が、ジェイドは特段フレーバーにこだわりはなかった。だが、アルマが飴を舐めるようになってからはちょこちょこと変わり種の味も買うようになった。


 飴を口に入れたときのアルマの顔を見ているのは面白い。凝視することは、もうしないが、それでもジェイドは横目でアルマの表情を確かめてしまう。


 こういう味が好きなのか、とか、これはあまり美味しくないのか、とか、表情の変化を見て、考えるのはわりと楽しかった。



 ◆ ◆ ◆


 

「……アルマは、寝てしまったか……」


 封印から明け、10年ほど。ジェイドはまた眠りについていたらしい。シグナルという魔族に魔力を吸われて、意識を失っていた。短くはないが、長い眠りではなかった、だろうと思う。


 起きると、アルマがいた。


 アルマが自分を起こしてくれたのだということは、すぐわかった。

 そのことについて、ジェイドは何も思わないわけではない。わけではないが、それでアルマを責めるつもりは、なかった。


 アルマは自分が目覚めるのを待っていてくれて、今度はお腹を空かせて困らないようにと、食べ物をたくさん用意してくれていた。


 嬉しかった。


 ジェイドは、自分の体にもたれかかったまま眠りについてしまった少女の肩を、わずかに強く抱いた。温かくて、柔らかい温もりに目を細める。俯いた彼女の顔は見えなかったが、きっと、あの笑顔のように、いつもの印象よりも幼なげな顔を浮かべて寝ているのだろう。穏やかな寝息を聞いていると、そう思った。


 このまま一緒に寝てしまうのは、よくないと思ったが、ずっと寝たきりだった自分の身体はまだ重く、彼女を抱き抱えることは叶わなかった。それどころか、そもそも、自分にぴったり身を寄せてきているアルマを引き剥がすことすらできなかった。服の裾を掴む、彼女の手すら引き離せない。

 無理矢理力任せに引き剥がして起こしたり、無理に抱き上げて、うっかり落として怪我をさせるくらいなら、このままの方がよいかと考える。


 魔力切れを起こしたジェイドに、アルマは魔力を分けてくれた。なのだが、どうも、アルマは自分が持っている魔力のほとんどをジェイドにくれてしまったらしい。

 そのため、アルマは倒れ込み、そのまま眠りについてしまった。アルマは人間だから、魔力と生命力は直結していない。ジェイドのような昏睡状態にはならないだろうが、しかし、衰弱はしている。


 このまま過ごしていれば、少しは貰いすぎた魔力を返してやれる。


 だから、とジェイドは思って、このままの体勢で、目を閉じた。




 が、しばらくして、ジェイドは目を開ける。


(……腹が減った)


 アルマが用意してくれていた食べ物を、少しは食べたが、足りなかった。もう少し、何かが食べたい。


 アルマが用意してくれていた食べ物はまだまだあるが、サイドボードの上に置いてあり、少し距離が遠い。アルマが身体の上に乗っかっていて、動けない。手を伸ばしても、届きそうで届かない。


 あまりジタバタとしてアルマを起こしてしまうのも忍びない。大分、眠りは深そうではあるが。


(……ん?)


 諦めよう。そう思ったところで、ジェイドがサイドボードの上、ベッドに近い位置に置かれている小箱に気が付いた。

 この距離なら手が届く。ジェイドが開いた物ではないから、アルマが置いてくれたものだろう。


 ジェイドは片手だけで、箱の蓋を開けた。


 そして、中身を見て、ふと顔を綻ばせる。

 コロンとしたそれを一粒掴んで、口の中に入れる。


 ジェイドは飴が好きだった。


 小さくても、口の中に入れてからしばらくもつのが良い。味が長く続くのが良い。飢餓感が紛れるのが良い。舐めていると、安心するのが良い。


 だが、ジェイドが笑ったのは、飴のおかげではなくて、アルマがジェイドが飴を好むと知っていて、用意してくれていたのが、嬉しかったからだった。


 飴を舐めながら、ジェイドは己の胸の上で寝ているアルマの髪をそっと撫でていたが、そのことには自分でも気が付いていなかった。


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他連載のご紹介

他連載/完結済み中編作品、本作の没設定からサルベージして書いたものになります
『追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜』

他連載/完結済み中編作品です。

ツンツンしていた彼が私の大好きな婚約者になるまで

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