50話 沈む星
「魔王様! ジェイド様──!」
シグナルが慟哭する。
立ち去ろうとするジェイドに襲い掛かろうとして、身体を跳ねさせた。彼の跳躍力は異常で、一瞬でジェイドに詰め寄り、そして。
「──ガッ……!?」
ジェイドには触れられないまま、地に這いつくばった。
ジェイドは振り返らず、指の一本も動かしていない。
だが、しかし、これはジェイドの力によるものだろう。離れた場所にいるアルマですら、ビリビリとその力の余波を受けていた。
ここが寒い地域で、厚着をしていたから、よかったかもしれない。肌を露出している部分がひどく粟立った。
「……生ける亡者よ、さらばだ」
ジェイドと入れ替わるように、地に伏したシグナルの元にカインがゆっくりと歩いて近づいていく。
「あ、危ないので、皆さんはお帰りください。色々とご迷惑をおかけいたしました」
カインはアルマたちを振り向いて、丁寧にお辞儀をし、そして手を振った。
ブリックはハッと吐き捨てるかのように笑い、アルマの腕を引いた。
「アルマ、いくぞ」
「え、あの」
展開について行けていないアルマがポカンとしているのを見て、ブリックは眉を寄せた。
「シグナルが爆発する。お前でもこの距離じゃ死ぬぞ」
建物の外に待機させていたグリフォンに跨り、三人はこの地を後にした。
◆ ◆ ◆
「やあシグナル。お前も振られたね」
カインは目を細め、瞼袋を膨らませた。
「シグナル。お前はもう限界に近いんだろう」
「……カイン」
「それ、動けないの?」
二人きりになった屋内。カインはシグナルの傍らまで歩いていく。シグナルはジェイドがこの場から去ってもなお、床に張り付いていた。
「……アルマ殿の魔力の量は想定外だったか? エレナが来なくても、アルマ殿を攫ってジェイドさんを乗せようとするお前の企みは破綻していただろうね」
「フン……」
「交代で見張りとかさ。僕が協力してやれたらよかったけど、僕もアルマ殿は監禁していたくないしね。すまないね、僕がアルマ殿を口説けなかったばかりに」
はあ、とカインはため息をつく。寒いこの国では、真っ白な吐息となった。
「僕の計画も、お前の計画もダメだった」
カインは目を伏せる。しかし、すぐにまた瞳を開く。
「シグナル。今すぐに、僕の魔力を吸ってくれ。お前の命を無駄にしないよ」
「貴様、私に死ねと言うのか」
「お前は、命令されるのが好きだろう?」
カインは地に伏すシグナルを見下ろして言うと、シグナルは唇を歪めた。
「僕がお前に、死に場所を与えてやる。お前に使命をくれてやる。お前がすべきこと、それは僕の愛するこの大地に、蓄えた魔力をばら撒いて死ぬことだ」
シグナルからの返事はなかった。カインには、どちらでもよかった。シグナルから喜ばれようとも、罵られようとも。なので、シグナルが黙っていることに、カインにとっての不都合はなかった。
カインが地べたのシグナルに、跪いて視線を合わせることはけしてなかった。
「……僕はお前を善い友人と思っていた」
ぽつりと、カインは独り言を呟いた。
「結局、お前が言う通りになったね。確かに、シグナル。お前が蓄えた魔力をここにぶち撒けてしまうのが一番手っ取り早かった」
ボン、と破裂音がして、続いて建物が倒壊する。地響き、雪崩、木の燃える音、動物の鳴き声。
静かに立ち尽くしている生き物はカインだけだった。
「僕は友人には長く生きて欲しいと思っていたんだけどね」
頬を拭えば、手のひらに煤の汚れがうつる。体を見下ろすと、服は破けたけれど怪我は一つもなかった。唯一、カインの身体に変化をきたしたことといえば、目がチカチカとすることくらいだった。
目を閉じると、不思議な波紋のようなものが残像として残っている。だが、これもすぐに治るだろう。
雪景色が自慢のこの国だが、今、カインの視界に映る範囲には雪というものはなく、黒い地面が広がっていた。ここに花の一つでも咲けばよいな、とカインは思った。




