47話 寝た子を起こす
※昨日の更新では、誤って完結済みで投稿してしまい申し訳ありませんでした。
完結済み一覧からお読みいただいた方にはとんだ完結詐欺で本当に申し訳ないです……。大変失礼致しました。
夜のしじまに、木の扉が開く音がキィと響く。
アルマはそっとジェイドが眠る寝台に近づいたり
ジェイドは寝ていた。静かだ。
もしかしたら、彼はこのまま眠り続けるのかもしれないと錯覚してしまう。
(……魔力補給、かあ)
もしも、アルマがジェイドのことが好きだったのなら、自分は進んで彼に口付けて、魔力を流し込んで、彼を起こしていただろうか。
そんなことを考える。
窓から差し込む月明かりで仄暗く照らされた彼の口元を、アルマは見つめた。
ジェイドはキス程度のことは、気にしないだろう。そう思うのは、カイン対策のためにイチャイチャ作戦を練っている時に「アルマがそうしたいなら構わない」といったことを口にしていたからだ。特に、気にも留めていない様子だった。
アルマは好意の有無に関わらず、キスは恥ずかしいと思う。できれば、避けたい。
本来これは、やはり、想い合う二人がするべきことだとアルマは考えていた。
いや、人工呼吸のようなものなのだろう。たまたま、魔力のやりとりに適した行為がキスであるだけ。そうとは思う。
もしも今、目の前のジェイドが苦しみもがき、今にも死にそうになっていたのなら、アルマは迷わず彼に口付ける。だが、ジェイドはただただ静かに寝ているのだ。
カインにも、ブリックにも、先日来てくれたエスメラルダにも内緒にしてしまったが、実は、アルマは毎夜毎夜ジェイドの顔を見つめて、悩んでいた。
静かに寝ているように見えるが、本当はきっと苦しいだろう。
早く楽にしてやれる手段があるのなら、そうだったら、自分が早く魔力を与えて起こすべきだ。
カインも、もうすぐ国に帰ってしまう。生まれながらに約束された己の死を果たすために。カインが死ぬ日を迎えるまでに、一度北国にも行きたい。魔王であったジェイドなら、彼の望みを叶えるいい手段を知っているかもしれない。
アルマが口付けをしない合理性よりも、さっさと口付けてしまう合理性の方が、よほどある。そのほうがいい。彼にとっても、自分にとっても。
(ジェイド様の声が聞けないのは、さびしい)
そんなことを思うくらいなら、さっさと起こしてしまえばいいのだ。エスメラルダの言うように。
しかし、アルマにはどうしてもそれができなくて、毎夜毎夜ひたすらジェイドの枕元に通うばかりだった。
むしろ、なんで自分は彼にキスをしたくないのだろうか、と考える。
そうすると、胸が痛んできて、目頭にはグッと熱がこもった。
魔力補給。人工呼吸。
それ以上の意味などはない。なら、いいじゃないか。そうした方がいい。そうするべきだ。
いや、そんなことはない。シグナルと対峙していたジェイドは「自分を殺せ」と言っていた。シグナルのような、己に怒りを覚えている魔族に殺されるそのために、生きながらえていたのだと。
ならば、このまま眠らせておく方がいいのかもしれない。目を覚ましたジェイドがまた自ら死のうとしたら、アルマは悲しい。
アルマはジェイドに死んで欲しくない。生きていて欲しい。
そして、アルマはカインにも、死んでほしくはなかった。カインは短い一生を受け入れながら、しかし愛した土地のためにもがいている。
ジェイドには怒られるかもしれない。アルマはすっかりカインに絆されているのだろう。ジェイドはアルマを守るために、あんなに関わるなと言ってくれていたのに。カインがこのまま死んでしまうのは、とても残念だとアルマは思っていた。
ああ、ただのわがままだ。アルマがジェイドに口付けしたくない理由など、ただの初心な小娘のわがままだ。
それをしたところで、何がどうなるというのだろう。変わらない、何も変わらない。
アルマは自分に、そう言い聞かせる。
(私の『想い』なんて、そんなだいそれたものじゃない)
アルマは、意を決してジェイドの寝台に手をついた。ギ、と軋む音が響く。
当然、そんな音でジェイドが目を覚ますわけもなく。
アルマはしばらく、ジェイドに覆い被さる体制のままじっとジェイドを見つめていた。
起きて欲しい。どうか、目を覚ましてほしい。
アルマはそう願って、ジェイドに口付けた。
◆ ◆ ◆
案外と、それはあっさりと終わってしまった。
これだけのことか、と思う。これだけのことで、どれだけ悩んでいたのかとも。
触れていた感触も、もうすでに残っていない。
アルマが身を離した後も、ジェイドは静かに横たわっているままで、何か、自分は失敗したのだろうか、それとも、自分の魔力ではダメだったのだろうかとアルマが肩を落とした、その時。
おもむろに、ジェイドの翡翠の瞳が開いた。
「……アル、マ?」
「──ジェイド様」
瞼を重たそうにしながら、ジェイドが瞬きを繰り返す。焦点のあっていなかった目が次第にハッキリとしてくると、ジェイドはハッとその目を丸くした。
「……俺は、気を失っていたのか……?」
「はい。今まで、寝てました」
「……そうか、すまん。迷惑をかけた」
アルマはふるふると首を振る。ジェイドはまだ意識と気を失う直前の記憶が混濁としているのか、額に手を当てて、しかめ面で俯いていた。
「俺は……。シグナルは、俺を殺さなかったのか……?」
「シグナルは、ジェイド様と交渉しようとしていました」
「……そうか、あいつは諦めていないんだな」
ジェイドが起きた。本当に、起きてしまった。アルマは嬉しい気持ちと、驚く気持ちと、やってしまったという気持ちが同時にあった。
「アルマ、お前は……無事だったのか?」
「私は……色々は、ありましたけど、でも、無事です」
「……そうか」
ジェイドはしばらく、瞳を閉じて、頭を抑えていた。
しかし、やがて、口を開く。とびきり、顔を歪めて。人はこんなに切ない顔をするのかというほど。
「腹が……減った……」
「ジェイド様!」
アルマは待ってましたとばかりに、用意していた蒸しパンをジェイドに差し出した。果物もある。起き抜けには食べづらいかもしれないが、ビスケットも。
ぼんやりとしていたジェイドは自分が食べ物に囲まれて寝ていたことには気づいていなかったようで、アルマに促されて初めて周囲を見回し、目を丸くして驚いていた。
「これも、食べていいのか!?」
「はい、全部、ジェイド様のものです!」
アルマは安堵する。ジェイドは嬉しそうだった。自分がしていたことは余計なお世話ではなかった。
「……ありがとう、アルマ。こんなにたくさん、食べ物を用意していてくれたのか」
「ジェイド様がお腹を空かせていたら、嫌なので」
ジェイドは早速蒸しパンを口にし、ほんの3口程度で全て飲み込んでしまった。大きな口だなあと思いながら、アルマは嬉しくなった。
「温かいものも、今、作って……」
ずっと寝ていたのだから、お腹に優しいものを食べた方がいいだろう。そう思って、椅子から立ち上がろうとしたアルマはふらついた。ぐわん、と一気に世界が揺れる。この感覚には既視感があった。それも、つい最近にだ。
(魔力、もしかして、注ぎすぎた……?)
揺らめく視界の中で、思考だけは妙に冷静にアルマはめまいの原因を考察する。
「アルマ!」
ジェイドが倒れ込むアルマの身体を支えてくれた。細身な印象なのに、意外なほどジェイドの肩は硬く、たくましい。背中に回った腕と、手のひらが温かいことに、アルマは安堵した。ジェイドはちゃんと回復した。よかった。背中に触れている手のひらが大きくて、少し驚きもした。片手だけで、鷲掴みできそうだ。
「大丈夫か? いい、無理に動くな、このまま……」
「すみ、ません」
身体からすっぽりと何かが抜けた感覚。だがしかし、シグナルの隠れ家で魔力切れを起こした時の絶望感とは全く違った。ジェイドが抱き留めてくれた安心感と、心地よさがあった。
何か、胸に穴の空いた感じはするし、動悸もするけれど、嫌なものではなかった。
このまま布団の中に入って目を閉じたら、きっとよい気持ちになるだろう。
「……アルマ、お前、もしかして」
「……」
ジェイドが掠れた声を出す。
「……」
静かだ。ジェイドが次の言葉を紡ぐことはない。ただ、肩に顔をうずめるアルマのつむじをじっと見ていることだけはよくわかった。
「お、怒りますか」
「アルマ?」
耐えきれず、アルマは口を開いた。
「……私が、余計なことした……って」
「……アルマ」
アルマがジェイドに、魔力を分けたことは気付かれているだろう。ジェイドは鈍いわけじゃない。
自分が自然に回復に至ったわけではないことも、察しただろう。またしばらく沈黙が場を支配した。アルマはジェイドの腕の中から抜け出せなかった。このまま、ジェイドに顔を見られないまま、消えてしまいたい。ジェイドが引き離そうとはしないのもいいことに、アルマはじっと動かなかった。
「ありがとう」
「……!」
ぐっと、ジェイドの両腕がアルマを包み込むように抱き寄せた。
怒られなかったのに、アルマはやはりジェイドの顔は見られなくて、ジェイドの腕の中俯いて、手持ち無沙汰な手でベッドのシーツを握りしめた。
間違えて完結済みにしてしまったので結構凹んでいたのですが、逆に早く本当に完結させよう〜!という気持ちにもなったので頑張ります!\\\\٩( 'ω' )و ////
恋愛進行度はとんで50%までいきました。




