42話 カインとブリック
初めて出くわすコイツは誰だと二人が睨み合うように見つめ合うこと、数秒。
「……あっ!? コイツが例の求婚王子か!?」
「大柄なタイプの威勢のいいイケメン……ジェイドさんはクールな美男子キャラだったけど、なるほど、『幅』がありますね……」
察しのいいブリックはすぐにカインの素性に気づいたらしい。カインはブツブツとまたよくわからないことを呟いている。
「なんか、まあ、厄介そうな奴だな……うん」
ブリックは露骨に片眉を上げて、カインに向けて嫌な顔をした。
「おい、よくまあノコノコとやってこれたじゃねえか? アルマはてめえの知り合いに攫われたんだってな?」
「ブリックさん!」
アルマはブリックに肩を抱かれて、強引に引き寄せられた。カインから身を隠すように抱きしめられる。
「うーん、ジェイドさん不在でもこうなりますか……。どうも僕たち、正面切ってお話し合いがなかなかできませんね」
「なにとぼけてんだよ」
「あの、ブリックさん。私が戻ってこれたのはカイン王子のおかげで……」
「あぁ!?」
ブリックががなりながら、カインの顔をまじまじと見た。カインは「おや」と目を丸くして呟いた。
「エレナが言ったんですね? 嫌だなあ、どこぞのあしながおじさんとでも言っておいてくれと伝えたのに」
「ありがとうございました、まさかカイン王子が、助けてくれるなんて……」
「あー!!!! アルマ! 絆されるな! お前はチョロい!!! お前はコイツと話すのやめとけ!」
カインにお礼の言葉を告げようとしたアルマの声はブリックの大声にかき消された。ぎょっとしてアルマはブリックを見上げるが、ブリックは首をブンブンと横に振っていた。
「えっ、でも、助けて……」
「信頼するのは全部コトが終わってからに! しろ! お前に好意がある奴なら、それからでも遅くない、失礼じゃねえから!」
「は、はあ」
「うーん、ジェイドさんとはまた違うタイプの過保護ですね」
「過保護じゃねーよ、『妥当な警戒』だ」
穏やかに微笑むカインを、ブリックは睨みつける。
「お前のしてることをオレは信用しねえ。アルマを助け出したことはアルマの代わりにお礼を言っといてやる。ありがとう」
「いえいえ、僕も、恩着せがましくなるので名乗り出るつもりはありませんでしたから。お気にせず」
警戒心を露わにするブリックを気にもとめない様子でカインはにこやかに頷く。
そういうところが胡散臭いのだと言いたげにブリックはハッと挑発的に鼻を鳴らした。
「でも、それをアルマに近づけさせる理由にはさせねえからな。お前、マジでなんでノコノコここに来たんだ?」
「……ご無事を確かめようと」
「無事だよ、なっ、アルマ?」
「わっ、は、はい!」
グッとブリックがアルマの手を引き、その場でクルリと一回転させる。ああ、そういえばダンスの練習を熱心にしてた頃もあったなあと不意に思い出した。
「安全確認終了。じゃあな」
「わあアルマ殿、よかったです」
「帰れよ」
「まあまあ。ところで、アルマ殿、ジェイドさんが以前、もしかしたら身籠っておいでだと言っていたのも、アレは嘘だったということでよろしいんですよね?」
しっしと追い出そうとするブリックをにこやかにかわし、カインはサラッと爆弾を投げ込んできた。
ジェイドがついた嘘がここに来て被弾する。ブリックに。
「は!? なんだって!?」
「いえ、以前訪れた時にそんなことを仰っていたものですから……。でも、万が一真実であったのならば、僕、とても心配で心配で……」
「嘘に決まってんだろ!? なあ、アルマ! いや、でも、アイツ……むっつりスケベだしな……アルマみたいなかわいい子といっしょに暮らしてたら……は? クソ野郎か?」
「うっ、嘘です! 嘘! 嘘です!」
ぶつぶつ呟き、果てには真顔でジェイドに罵詈雑言を言い出したブリックに、アルマは慌てて両手を振りながら懸命に叫んだ。
「うーん、そうなんですね。じゃあ、お二人が愛し合って駆け落ちされて、今でもラブラブだから僕なんて眼中なしだから諦めろ……というのも……」
「嘘です! 嘘! 全部嘘です!」
「わあアルマ殿! よかったです!」
カインは喜色満面、瞳を輝かせた。
「……あ」
「……すまん、アルマ。オレも悪かった……すまん、ジェイド……」
勢いで「嘘だ」と肯定してしまった。カッカと熱くなっていた頬からサーッと血の気が引いてくる。
「これで憂いなく、引き続きアルマ殿にアプローチできるというものです!」
「だからどのツラ下げて言ってんだてめえは!!! てめえのせいでジェイドもぶっ倒れて、アルマも攫われたんじゃねえかってこっちは疑ってんだからな!」
ガッツポーズをするカインを指で差しながらブリックは大声で牽制する。
「僕とシグナルは本当にこのことに関しては無関係ですよ。第一、僕は『聖女アルマ』が『魔王』と暮らしているなんてことを彼に喋ったことはないですしね」
「城の西の森に住んでる魔族の男なんて言ったら、魔族はみんな『魔王ジェイド』だってわかるっつーの」
「いえ、僕はアルマ殿の居場所も、アルマ殿が一緒にいるのが魔族だとも、そんな話をしたことは誓って一切していません」
カインはブリックに怒鳴られても、気にするそぶりなく落ち着いて淡々と話した。カインとまともに話そうとしていなかったブリックを惹きつけるために、わざとあの話題を出したのだろう。ニコニコとカインはブリックの疑いを釈明する。
「タイミングがこうもうまいとこ被るか? 信用なんねーな」
「……おそらく、僕がこの国を訪れなくとも、彼は魔王の元に足を運んだとは思いますが……彼は僕の国ではなくて、この国で数年間過ごしてきていましたからね。時間の問題だったかと」
「そうなんですか?」
「はい。アルマ殿が攫われたあの家……彼は僕の国の土地で目を覚ましましたが、体が動くようになったら、あそこに移り住んだのです」
「あんなところに……」
岩肌しか見えてこないあの風景を思い出し、アルマは眉をひそめた。
「あの場所が荒野になったのは、シグナルが住み出してからですよ。彼は魔力吸いですから」
アルマが目を丸くしてカインを見ると、カインはわずかに目を細めて俯いた。
「彼が僕の国から離れて、あそこに住むようになったのは、僕のためなんです。僕はあの国の土地を豊かにしたいと願っていますが、シグナルは自分がいては、僕の望みに反してますます土地の魔力を吸ってダメにしてしまうと、気遣って離れていってくれたのです」
「……敵の優しいところ語られたってな」
「ブリックさん」
「慎重な人だ。あなたは僕を嫌っているだろうが、僕はあなたのような人は好ましい」
「そりゃどーも」
ブリックはカインとは目を合わさず、ため息だけをついた。
「……お前はシグナルが何したいのか知ってんかよ」
「魔王を復活させて、この世界を今度こそ支配することだと僕は思っていますが……」
「まあ、そんなとこだろうな」
ブリックはガシガシと頭をかいた。
「ブリックさんは、シグナルと面識が?」
「ねーな。オレたちみたいな体質の魔族は基本的に一人行動で戦場ぶち込まれてたし。ただ、噂はよく聞いた」
アルマが聞くと、ブリックは昔のことを思い出そうとしているのか、少し間があってから口を開いた。
「忌み児シグナル。滅びの子」
呟かれた言葉に、カインが静かに頷いたのが見えた。彼もその呼び名は、シグナル自身から聞いているのだろう。
「もともと、シグナルってのは名前じゃないし、髪の毛だってあんな赤くなかったらしい。産まれてすぐに親の魔力を吸い尽くして殺しちまったから、奴に名前はつけられなかった。髪の毛の色は『この色を見たら警戒しろ』という印のために鮮やかな赤色に染められて、そこから『シグナル』って呼称もついたんだと」
「あの髪の毛、染色だったんですか?」
「あー、オレも赤っぽい髪だし、天然の赤い髪の色の魔族もいたけど、あんなキンキンの赤色は自然にはねーよ」
一目見たら、忘れられないような鮮烈な赤色。アルマの目にも焼き付いていた。流れ出る血の色よりも鮮やかな赤色だ。
「親がいなくても、魔族は育つんですか?」
「……魔族なら魔力さえあれば、死なねーのは赤ん坊でも変わらねえからな。ただ、こんな体質なもんだから、すぐに保護されて、厳重に監視されて育てられた……らしい」
ブリックは眉間に皺を寄せる。
「オレも似たような育ち方はしてるけど、コイツはもっと箱入りだったって聞いてる。こんな力を持っているからこそ、絶対に魔族の不利益にならないように洗脳されて育てられた、と」
「……洗脳……」
「魔族絶対主義者だよ。だから、今のこの状況でもアイツはいまだに魔王に復活してもらって、また魔族の世界を作りたがってんだ」
ブリックはいつになく真面目な表情をしていた。
「魔族の世界は好ましくないのですか?」
「さあな」
カインの問いに、ブリックはそっぽを向いた。
「ちなみに僕も、魔族がいたときの不都合は特に思いつかないのですが、共存を目指していくことは魔族からしたら厳しいことなのですか?」
「知るかよ、お友達に聞けよ」
「いやあ、シグナルもエレナも、きっと彼らは魔族の中でも偏った思考っぽいですからね」
ははは、とカインが白々しく笑うのを、ブリックは半眼でひどく胡散臭そうに眺めていた。
この二人、というよりもブリックはあまりカインのようなタイプは好ましくないようだ。おそらく、ブリックは含みのある言い方ばかりされるのが好きではない。
「……ジェイドさんは眠りから醒めないのですね」
唐突にカインはジェイドの名を挙げて、神妙な面持ちで頭を振った。
「魔王であったという彼の考えこそ聞いてみたいものですが、眠り人に聞く手段もありませんからね……」
瞼を伏せて、呟くカインの横顔は、切なげに見えた。ふぅ、と彼が小さく息をつくのが聞こえた。
「……僕はアルマ殿へのアプローチは貴公子然として振る舞うつもりでしたが、いいでしょう。こうなれば、間男の流儀に則ろうじゃないですか」
「……なにを言ってるんですか?」
「いえ、間男らしく、主人の知らぬ間に……と」
「お前マジで何言ってんの?」
いくらカインの言っていることがわけわからないとはいえ、それにしても、ブリックの白けた口調が本気で冷たかった。
「幸い、僕も希少な『大地の愛し子』です。僕もここで過ごしていれば、魔力切れのジェイドさんの回復も早いのでは? 僕もこの屋敷で寝泊まりすることにいたしましょう!」
「は!? ふざけんなよ、帰れ帰れ! てか、オレも泊まるわ!!!」
「あなたはシグナルと同じ体質なんでしょう? ダメですよ」
「魔力を吸うには吸うけど、アイツほどエグくねーわ! オレが泊まるリスクより、お前を野放しにしとくリスクのがたけーわ!」
(……わりと、この二人、相性が……いいかもしれない!)
ぎゃあぎゃあと賑やかにやりとりする二人を、眺めてアルマはうん、と頷いた。




