39話 使い魔と魔力補給
シグナルとカインの隠れ家を出ると、広がるのは一面の茶色い岩肌だった。どうやら、荒野に建てられた一軒の小屋だったらしい。
「あら、かわいい顔しちゃって。大丈夫よ、私のペットを呼ぶから」
ポカンと口を開けるアルマに笑いかけながら、エレナは懐から黄緑の宝石を取り出して魔力をそこに注ぎ込んだ。
宝石が光を放つと共に、巨体が現れた。鷲の上半身と、獅子の脚──グリフォンだ。
「ブリックのに乗ったことがあるのでしょう? この子も飛ぶのは上手だから」
エレナはひょいと飛び乗ると、グリフォンの背をゆっくりと撫でた。グリフォンはエレナに懐いているようで、キュルルルと嬉しそうな鳥の鳴き声を発する。
(……カイン王子は、どうやってここまで移動してきたんだろう……?)
うまく体に力が入らないアルマが、エレナに手を引いてもらいながらどうにかグリフォンの背に乗ると、ふと疑問が首をもたげた。
線の細い印象のある彼だが、魔力持ちということなので、なにかしらの特異体質ではあるかもしれない。顔に似合わず、こんな荒野などもろともしないような強靭さを持っていたりするのかしらと思いを馳せた。
◆ ◆ ◆
エレナは西の森にある屋敷まで連れて行ってくれた。飛んでいた距離は、そんなに長くはなかった。
落ち着かない気持ちで扉を開けると、見慣れた広間があった。その奥にある応接間の扉のドアノブに手をかける。
「……誰もいない」
「ふうん、誰かが片付けしてくれていたみたいね?」
エレナがアルマの後をゆっくりと追いかけてきて、言った。
応接間は壁にヒビが入ってへこんでいたり、机や椅子がぐちゃぐちゃになっていたり、血痕が残っていたりはするが、しかし、誰かの手によって片付けされた形跡があった。
「ブリックさんが、来ることになってたから、多分……ブリックさんが……」
「アルマさまーーーーーーっ!!!」
アルマが口を開いたのとほとんど同じタイミングで聞き慣れない高音がキィンと耳に響いた。
「おかえりなさいっ、アルマさまーっ」
「……だれ?」
「あらあらまあまあ」
シャギーな紫紺色のショートヘアの子どもがぴょんぴょんと跳ねていた。気の強そうなつり目は金色の瞳で、心なしか瞳孔が開いて見えるのは気のせいだろうか。
「ボクです! キリーです! アルマさま、お待ちしておりました!」
「きり……えっ?」
唖然とするアルマの横でエレナはクスクスと笑っていた。己の使い魔だと名乗った中性的な容姿の子どもは満面の笑みを浮かべた。
「ホントは、魔力をセツヤクすべきかもーなんですが……この姿にならないと、いろいろやることできなかったのでー!」
性別の判断に迷うが、多分、キリーは雄だ。急に人型で出てこられて戸惑ったが、そういえばキリーの種族は人の姿になれるし人語を操ることができるらしかった。
これが、それか。
「アルマさまに眠らされて、ボクなんにもできなかったですけどー、あの後、ブリックさんが来て、ボク達を助けてくれたんですねー」
「うん」
「魔王さま、魔力がカラッケツになっちゃってて、目を覚さないんですー」
「ず、ずっと?」
「はい! しんではないです、生きてます! お二階のお部屋で寝ています! あと、ボク、お二人がいない間、代わりに農作業と飼ってる魔物の餌やりがんばりましたー!」
「ありがとう……それなら……」
キリーは健気に頑張ってくれていたらしい。働き者だ。ジェイドも無事なら安心だ、と言おうとしたところでアルマは急に立ちくらみに襲われた。
「急に身体を動かしたからね。あなたも相当、魔力切れ起こしているみたいだから」
(私、人間なのに、なんで?)
人間なら、元々の体の仕組みとして、魔力は存在していない。ならば、魔力がなくても身体は普通に動くべきではないかと思うのだが、実際アルマはシグナルに魔力を吸われて絶不調だった。
その場にうずくまったアルマに、キリーが近づき、小さな手のひらがアルマの手に添えられた。
「アルマさまに、魔力をお返しします!」
「お返し……?」
「ボクたち使い魔は、ご主人様の魔力を常にいただいているんですー。コッソリ、ゴッソリー」
「ゴッソリ……」
「ボクが蓄えてる魔力を、アルマさまにお返しすれば、お元気になられるかとー」
ぎゅうとキリーはアルマの掌をぎゅっと掴む。少し熱く感じるくらいの温かい体温が気持ちいい。
「ぼくとアルマ様は主従契約してますからー、わかるんですよねー。主人が死にかけてるとかー」
「死に……!?」
「あなたは人間だから魔力切れじゃ死なないでしょうけどね。魔族だったら、それこそお兄様みたいに昏睡状態になってるわよ」
「わ、わりと、元気なのね。これでも」
「でもでも、アルマ様、けっこうかなり、やばいです!」
キリーが真面目な顔でアルマを見つめる。
アルマ自身も「やばいな」とは思っている。
「……どうしたらいいの? 魔力を受け取るには……」
「はい! いろいろ方法はありますが、一番効率がいいのは粘膜接触による受け渡しです!」
「は?」
「キッスです!」
ふん、とキリーは拳を握りしめる。
「……」
「んーと、効率は劣りますけどー、手を繋ぐとか、ハグとかー、単なる身体接触でもいけます!」
「キスくらいいいじゃない。なに惜しんでるの」
「こ、こんな小さな子と口付けなんて、できるわけないでしょ」
「けっこうあなたって、温室育ちよね。王子さまが過保護ですものね」
エレナに揶揄られてアルマは口元をむっとさせる。エレナはニヤニヤしていた。
「ハグだとどれくらい時間がかかるの?」
「ボクの場合は元々アルマ様の魔力ですのでー、ボクも抵抗しませんし、そんなにかからないかと! ギューっとして、魔力よこせ〜って感じで念じてくださいー!」
バッとキリーが両手を広げる。アルマは恐る恐る小さい身体を抱きしめた。
『魔力を吸い取る』というのは、よくわからないが、キリーの温い体温を全て奪い取るようなイメージでアルマはキリーを強く抱いた。
(……ポカポカする)
これが、魔力、なのだろうか。ジワジワと胸に熱いものが込み上げてくる。キリーの身体を抱きしめているだけなのに、徐々に呼吸も楽になってきた。
身体の中に流れているものが、正しく流れている、という感覚がした。すっぽりと抜けていた器官が帰ってきたような安心感がある。
普段の状態を100%とするならば、さっきまでは10%で、今ようやく50%というところだが、それでもかなり、楽だ。
深く息を吸って、吐く。それだけで、猛烈に心地よかった。
「……ありがとう、キリー。何だかすごい、スッキリ……」
「スゥ……スゥ……」
「……! ち、ちっちゃくなっちゃった!」
抱き抱えていたはずの少年はいつの間にか、アルマの見慣れた小さな蝙蝠姿に戻っていた。
「人の姿を維持するだけの魔力も残さずあなたに渡したからよ」
「キリー……ありがとう……」
「使い魔の役目を果たしただけだから、そんな気負わなくていいのよ。そのうち、あなた自身の魔力が回復したら、勝手に吸い取ってまた元気になるから」
「うん……」
手のひらの中でくったりと眠りに落ちて、小さな寝息を立てている姿を見てると、罪悪感と庇護欲がかきたてられた。
ジェイドが倒れ、自分がいない間も家のことをずっとしてくれていたらしい働き者の使い魔を、大切にしてやらねばとアルマは心に刻んだ。
もし、次似たようなことがあっても、アルマの一方的な判断で眠らせたりは絶対にしないと誓った。
「さて、眠るお兄様の顔でも拝みにいきましょうか。心配なんでしょ?」
エレナは勝って知ったる兄の家という雰囲気で、テキパキと二階へ上がっていった。




