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38話 出来損ないたち

 ふんわりとした白すみれ色の髪、鮮やかな黄緑の瞳。華奢で儚げな風貌、どこからどう見てもエレナだった。


 驚くアルマなどどこ吹く風で、エレナは優雅に微笑み、そっとアルマに近づいた。


「私との約束を守って、ずっと大事に持っていてくれたのね。嬉しいわ」


 エレナはアルマのカバンを指先でツツ、となぞった。エレナから預かった、あのブローチのことだ。大粒のペリドットの。


「嬉しくって、来ちゃった」

「来ちゃった……って、どういう……」


 ぶりっこめいた仕草でエレナは首を傾げて見せた。窓もない小部屋。扉が開かれた気配はなかった。エレナはまさに今、どこからともなく現れた。


「あのペリドットのブローチには、私が魔力を長年たっぷりと蓄えていたの。その魔力を使って、転移してきたってわけ」

「そんなこと、できるの……」


 魔力とは、なんでもありだなとつくづく思う。


「ひたすらネチネチ一人ぼっちで落ち込んでたってトコかしら? 本当はもっとピンチでドラマティックなシーンに颯爽と現れたかったんだけれど、しょうがないわね」

「来れるなら、もっと早く来なさいよ」

「残念だけど、透視機能と盗聴機能はつけていなかったのよ」

「……なんで来たの」

「あなたの危機なら、駆けつけるわよ。当然」


 エレナは不敵に笑う。悔しいが、少しだけかっこよく見えてしまった。


「ふふふ、こういう時のために私、これを持っていてもらったの」


 にんまりと、エレナは黄緑色の綺麗な瞳を細めて笑った。


「きゃっ!?」


 突然、カバンの中からバリンと何かが割れる音がして、慌てて覗き込むとカバンの中でエレナのペリドットのブローチが粉々に砕けちっていた。


「あら、ごめんなさい。あなたのカバンを汚したわ」

「えっ、わ、私はいいけど、ごめんなさい。エレナ。あなたのブローチ、割れちゃった」

「壊れるのはわかってて力を使ったのだから、気にしないで」

「でも。……ずっと持っていたものなら、愛着があるんじゃないの?」


 気まずいアルマがおずおずと聞くと、エレナは普段笑みを絶やさない彼女らしくもない冷めた眼差しで割れたブローチを見下ろしていた。


「いいの。わたし、その宝石、嫌いなの」

「えっ、あなたと同じ目の色の宝石なんでしょう?」

「だから、嫌いなのよ」


 エレナはふうとため息をついた。


「わたしは、兄のジェイドや、エスメラルダのようにその名前を与えられなかった。わたしは『魔王の出来損ない』だから」

「……ん?」

「でも、ペリドットちゃんよりもエレナちゃんのがかわいいから、よかったんだけれどね」


 エレナの言っている意味がよくわからなくて、アルマは眉を上げた。ぺろっとエレナは可愛らしく舌を小さく出す。


「……エスメラルダさんは、自分の魔力は弱いって」

「魔力だったら、それはもう。エスメラルダよりもわたしの方が、強いわよ。でも、魔王の素質ってそういうことじゃないの。あの二人には使える力がわたしには使えない。だからわたしは落ちこぼれだって分かるように、どうでもいい名前をつけられた」


 エスメラルダとは、地方の方言でエメラルドという意味だ。ジェイドも翡翠の名を付けられている。


(魔王の素質があるものは、宝石の名前をつけられる?)


 不思議な文化だなあと思う。

 しかし、ジェイドとエスメラルダにあって、エレナにはない力とは何なのだろう。

 力の強弱ではない。魔王の素質となる特殊な力。


 エスメラルダにある能力。宝石に魔力を込める力のことではない、それはエレナにもできていた。


(……予知の力?)


 だとしたら、逆説的にジェイドにも予知の力があるということになる。


 そして、それならば──。


「余計な話をしたわね、アルマ。今、頭を使うべきことはソレではないわ」

「……うん」


 エレナの声で強制的に思考を途切れさせられた。アルマが頷くと、エレナは普段通りの胡散臭い顔で微笑んだ。


「わたしの目的に変な横槍入れられたくないのよ。さあ、あの男をやっつけて、とっととおうちに帰りましょう?」


 エレナはいつも自信に満ち溢れている。何を考えているのかわからないから、積極的に頼りたくはないが、この状況下では頼もしい存在だ。

 アルマは重たい身体になんとか言うことを聞かせて、エレナの後ろによろよろとついていった。



 ◆ ◆ ◆



 エレナは扉を開けて、すぐさま躊躇なくシグナルを風の刃で斬りつけた。

 アルマはまだ扉をくぐってすらいない。扉の向こうで血飛沫が飛ぶのを呆気にとられながら見ていた。


「やだ、血を見慣れてないわけじゃないでしょ?」

「……そう、だけど」


 椅子に腰掛けていたらしいシグナルは、椅子ごと倒れ込み、呻き声をあげていた。


(こ、こんなに、呆気なく?)


 アルマが無力化されていた相手を、なんの感慨もなく一瞬で打ち倒したエレナ。アルマは目を丸くして彼女を見ざるを得なかった。


「やっぱり、殺すの?」

「嫌?」


 エレナは場にそぐわない愛くるしさで、コテンと首を傾げた。


「ぐ……魔王様の、妹が、なぜここに……!?」


 シグナルの受けた傷は致命傷ではなかったようで、まだ生きている。


「わたしとアルマはなかよしなの。アルマはわたしの国に住むんだから、邪魔しないでくれる?」


 床に這いつくばるシグナルを、エレナは蔑むような目で見下ろしていた。

 エレナが静かに指先に魔力を込めるのがわかって、アルマはつい彼女の服の裾を掴んで引き止めてしまった。冷たいエレナの視線がそのままアルマに向き、一瞬たじろいだが、堪えてアルマは一言、声を上げた。


「エレナ、殺さなくても、いいんじゃないの」

「生きていたら、またコイツはお兄様をかどわかしに来るわよ? あなたにだって、手荒な真似をするかも」

「……次は、私が、うまくやるから……」

「あなたが? お兄様を守るために、あなたがこの男を殺さなくちゃいけなくなるかもしれないわよ?」

「……大丈夫、ちゃんと、やるから」


 呟くように、アルマは同じような言葉を繰り返し言った。エレナの半眼がアルマを冷たく見つめていた。

 やがて、ふうとエレナはため息をついて、首を振る。


「……わかったわ。今は殺さないでおいといてあげる」

「エレナ……」

「この男への最適解は、真っ先に殺すことよ。シグナルは魔力を吸うけれど、無敵ではないわ。あなたみたいに魔力を吸われてしまったら、泥試合だけどね?」


 エレナは目を細め、ニッと笑った。


「こいつはね、あなたとお兄様の二人がその性格のせいで相性最悪だっただけで、たいしたことはないの。私ならすぐ殺せるし、ブリックとは同じ体質だから体格がいいブリックのが有利だし、エスメラルダでも……やる気があれば退治できる程度のやつよ」

「……うん、ありがとう」

「こいつがまた何か害をなしたとしても、あなたはどうせ殺せないでしょうから、ブリックにでもなんとかしてもらいなさい」


 エレナのいう通りだ。きっと、アルマはこの男を殺せない。見透かされているようで、バツが悪い。アルマはエレナから目を逸らしてしまった。


 でも、あれだけ、あれだけ後悔したのだ。次、同じ機会があったのなら。


(うまく、ちゃんと、うまく、やらなくちゃ……)


 アルマは拳を固く握りしめた。


「ここに長居してもなんの意味もないわ。早く行きましょう、アルマ」

「うん……」


 シグナルは右肩から腹下まで斜めに切り裂かれていた。出血量は多く、傷も深いだろう。放っておかれても、普通なら死んでいる。だが、彼は魔族だからそれだけでは死なない。魔力が尽きるか、一撃で絶命するような致命傷でない限り、彼は死なない。


「ぐ……」


 到底動けやしないはずの大怪我を負ってなお、彼は身体を起こした。アルマはビクリする。真っ赤な瞳はギラギラと輝きを失わない。


「……くそっ、『魔王の出来損ない』の、分際で……ッ」

「あなたもおんなじでしょ? 『魔族の出来損ない』、忌み児シグナル。滅びの子。せっかく生き残って自由になれたのに、哀れな男」


「黙れ!!! 使命を持って生まれたのに、成せなかったものの気持ちなど、貴様にわかるはずもない!!! わたしは、わたしは──」


 血を吐きながら、シグナルは鮮やかな赤髪を振り乱す。全身が赤に染まり、まるで怒りの化身にでもなったかのようだった。


 アルマはそのあまりの悲痛さから、彼から目を離せずにいたが、しかし、シグナルの叫びを最後まで聞くことはなかった。


 床にできた血溜まりをピチャピチャと跳ねさせながら、エレナは彼の呼び声を無視して、この隠れ家を出て行った。アルマの手を引いて。

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他連載のご紹介

他連載/完結済み中編作品、本作の没設定からサルベージして書いたものになります
『追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜』

他連載/完結済み中編作品です。

ツンツンしていた彼が私の大好きな婚約者になるまで

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