32話 イチャイチャ大作戦
ジェイドと、北国の王子カインの対策について話し合ってから数日後。カインは訪れた。
アルマはジェイドに言われた通り、大人しく自室で待機していたが、しばらくしてジェイドが部屋までアルマを迎えに来た。
──とうとう、やることになるのか。アルマが固く拳を握ったことを、ジェイドは知らないだろう。
ジェイドに連れられて、階段を降り、玄関を出る。
しっかり指を絡めて手を繋いで。
ジェイドの手は、自分の手よりも二回り以上大きい、気がした。とにかく、自分の手よりもずっと大きいし、指も長い。
(手繋ぎもNGにしておけばよかったかもしれない)
自分のものとは違う、大きくて硬い手のひらだと思うだけで、耳まで一気に熱くなった。
いや、手繋ぎすらできなかったら、他に何をしたら恋人アピールができるんだという話になる。手を繋ぐくらい、友達同士でもするのだから、たいしたことではない。そのはずだ。
ただ、アルマはものすごく恥ずかしかった。
玄関を出て、屋敷の目の前にはカインが腕組みをして待っていた。
彼の大きな瞳が、繋がれた手を凝視していた。あまりに露骨な視線にアルマはじんわりと手に汗が滲んできて、「ジェイド様と手を繋いでいるのに」と内心で焦る。
カインはふぅん、とわずかに鼻を鳴らすような声を漏らした。
「アルマ殿、今日はお会いできて嬉しいです。顔色もよくて安心いたしました。先日は体調が悪いのだと、彼に聞いたものですから」
先日、ジェイド一人が対応して追い返した日のことだ。体調不良と言い張っていたのか。
今日は二人はラブラブなのを見せつけるために、ジェイドはあえてアルマをカインの前に連れてきた、らしい。
「ああ、しかし、今日も大事を取りたい。もしかしたら、身重の身かもしれないからな」
「……!?」
ギョッとしてジェイドを見上げるが、すぐにアルマはしまったと思って顔を俯かせた。
(そういう……そういう設定ね……!?)
「はは、ご存知ないですか? キャベツ畑からは子どもは生まれませんよ」
カインは軽い調子で声を出して笑った。まるで信じていない。実際、嘘なのだが。
「アルマ殿、僕はこんな薄暗い森の洋館にあなたを閉じ込めることなどいたしません。雪の降る厳しい所ではありますが……伸びやかな暮らしを約束いたしましょう」
「アルマはとうに人の世を棄てる覚悟をしてきている。だからこそ、こうして俺といてくれているのだが?」
「その時、その手段しかなかったからでしょう? ああ、僕がもう少し身軽な身であれば……あの城からあなたを攫えたというのに」
アルマに甘い言葉をかけるカイン。ジェイドは繋いどいた手を解いたかと思うと、今度はアルマを庇うような体勢で、肩を抱き寄せた。
ジェイドの手は冷たかったが、体はちゃんと温かかった。
(ち、近い……)
密着度は高いが、不思議とさっきの手繋ぎよりも、この体勢の方が恥ずかしくなかった。
ジェイドの身体越しだと、見づらかったがなんとかカインを視界に入れると不自然な笑顔で固まっていたように見えたが、すぐに不敵な笑みに戻っていたので、見間違えかもしれない。
「今日も懲りずに求婚するだけか。一方的にそればかりを繰り返すばかりで、どうにかなると本気で思っているのか?」
「僕だって、女性に想いを告げるのなら、親交を深めてからすべきと思っていますよ。もっとお話をしたいのですが……」
アルマは黙っていた。ジェイドにそう言われていたからだ。
「あなたはエレナのお兄様だそうですね。彼女の縁でたまたまあなたに白羽の矢が立っただけでしょう? 羨ましい限りです」
カインは、エレナとジェイドが魔族であることを知っていた。
自身に魔力があることも自覚していた。この屋敷の周りの結界を壊したという認識はないようだったが。
──ジェイドとカインのやりとりから知り得たことは、以上の二点の他にもいくつかある。
エレナからは「聖女アルマに関する一連の事件は、王太子とこの国に嫌気がさしたアルマが、エレナに相談して企てた計画である。自分の兄のジェイドと知り合ったアルマは恋に落ちて、彼の屋敷があるこの森にへと駆け落ちした」と聞いているらしいこと。
だが、カインはアルマとジェイドが愛し合っているというくだりは信じていない。あるいは、そうであってもアルマを妻として自国に連れていこうという、強い意志があるようだった。
また、カインはジェイドに対して「魔族のくせに」だとか、魔族に対する侮蔑や魔族と人間が結ばれることについてを揶揄することはしないこと。
ジェイドに対して失礼な言葉は山ほど投げかけていたが、ジェイドが魔族であること自体は気にしていないようだった。
アルマは、彼は魔族と人間の間の差別意識が薄いのではないかと、そう感じた。
「……しかし、この畑は立派ですね。お二人で作られているのですか?」
カインはふと、ジェイドと睨み合うのをやめて、屋敷の前に広がる畑を眺めて言った。
季節は春、青々とした葉が陽に照らされて輝きながら整然と並ぶ。
カインは目を細め、それを愛おしげに眺める。
「よくお育てになられている。こんな場所ではご苦労も多いでしょうに」
「こんな場所で悪かったな」
「嫌味に聞こえましたか? まあ、実際、この国の土地は心底羨ましくてしょうがないですけどね」
苦笑するカインの顔は穏やかなものだった。いまいち捉えどころのない彼だが、こんな表情もするのかと、アルマは少し意外だった。
「僕の国で育つ作物は限られています。農業に携わる者たちの苦労はよく知っています。この国ではもっと容易ではあるでしょうが、ものを作る苦労は変わりないでしょう。あなたのことも恋敵とはいえ、そこは素直に尊敬します」
カインの言葉に、嘘はなさそうだった。
ジェイドは眉をわずかに動かしたが、「そうか」も短く一言だけ返して、ジェイドもまた己の畑を見つめた。
しばらくカインはあの苗はなんだ、水やりの頻度はどのくらいだ、肥料は何を使っているのかといったことをジェイドにひとしきり聞いてきて、それだけで帰っていった。
いや、去り際に一言。
「アルマ殿が特定の殿方と触れ合っているという視覚情報自体には多少のダメージは受けましたが……付け焼き刃の演技で僕は騙されませんからね」
「……アルマ、自然に見られるにはもっと研究の余地があるか? もう少し、また検討しよう」
「や、やっぱり、愛し合ってるフリして撃退って作戦自体に無理が……あるのでは……!?」
「いや、確実にダメージは入っている。そのうちに死ぬはずだ。もしくは不自然であっても殺傷力を上げる方向もアリかもしれない」
「ころさないための作戦だったんじゃ!?」
余計な一言を落としていったが。




