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28話 研究者ヴィスコの見解

 アルマとブリックはある場所に向かうため、グリフォンの背に乗っていた。ジェイドは畑と家畜の世話をするために留守番だ。


「いやあ、今日はアルマとデートか〜。いい日だなぁ」


 ブリックが上機嫌に鼻唄を歌う。その横顔をアルマはじっと見つめる。


 エスメラルダから聞いた話を思い出す。この快活な男が、ジェイドを殺そうとしていたなどとは思えない。


(……"良いように使われて来た"という過去が、そうさせた……んだろうな)


 殺そうとまでしていて、どんなやりとりがあって、二人の関係が今の形に落ち着いたのか、アルマには見当もつかなかった。


 だがしかし、とにかく、ブリックはジェイドを殺そうとしたが、殺すのはやめた、そして今の二人は友人関係になっていることは確かだ。


(あまり、詮索するのも悪いわよね)


 アルマはこのことは、あえて問わないようにしようと決めた。



 ◆ ◆ ◆



「──お、おおおおお! アルマさまっ!」


 王都西の森から、ひたすら東に飛んでいき、険しい山のふもとにたどり着く。エレナが与えたらしいという研究所。そこに降り立つやいなやドタバタと足音を立てて白髪頭の男がアルマたちに駆け寄って来た。


「ヴィスコ博士! ご無事だったんですね」

「ええ、ええ。それはもう。エレナ嬢にはお世話になっていて……」


 大袈裟な身振りでヴィスコは白衣の袖で涙を拭う仕草を見せた。涙など一粒も出ていないが。

 ヴィスコはこういう人物なのである。アルマは変わりのない彼の様子に安堵した。


 魔力のない彼にはグリフォンの姿は見えないが、もしも見ることができていたならば、この数十倍は興奮していたことだろう。


「アルマさま、申し訳ありませんでした。あなたさまに一切の説明もなく、あなたを置いて城を去ってしまった……」

「……心細かったですけど、博士がご無事で何よりです」

「しかも、あなたが国を守るために戦っておられたエレナ嬢についていくなど……裏切り者と罵りください」

「気にしないでください。……エレナから、研究資料をチラつかせられたんでしょう?」

「ああっ……お見通しなのですね……ッ」


 ヴィスコはアルマがエレナが魔族であると主張していたその当時、数少ないアルマの理解者だった。しかし、ある日を境に急に姿を消してしまっていた。


「お詫びといってはなんですが! いまのワタシにできることがあれば! なんでもいたしますので!」


 ヴィスコはドン!と自らの胸を思いっきり叩き、そして咽せた。



 ◆ ◆ ◆



 ヴィスコは、国内でも特に()()──いや、魔物が大量発生していると言われている地域に住んでいた。エレナは、そこに隠れ家として屋敷を構えていたのだ。

 人間は魔族を避けて生活している。好き好んで魔族の住処には近づかない。


 強い魔族であるエレナを襲う魔物はほとんどいないそうだ。また、エレナの隠れ家では、多くの魔物が飼われていて、今はこのヴィスコが世話をしているようだ。


「エレナ嬢の躾がよく行き届いておりましてな、獰猛と言われている種にも、一度も噛まれたことはありません!」


 興奮気味にヴィスコは語った。エレナはひと月の間に何度かここを訪れて、生活に必要な物資などを置いていくらしい。

 エレナに便利に使われているように見えるが、何不自由なく暮らしている、とヴィスコ自身が満足げであるので、アルマはあまりそこは追求しないことにした。


「ヴィスコ博士、私、博士がお調べになった魔族と人間の歴史を教えていただきたいんです」

「魔族と人間の歴史……ですか。ワタシは生態が専門なので、本来、歴史は素人なのですが、考察する上で避けることができませんでしたので、いくつか整理はしておりましたが……」


 ヴィスコの返事はいまいち歯切れが悪い。


「はい、あの、歴史……というか、もっと正確に言うなら、魔族と人間の違い……とか、魔族と人間の間に子供が生まれたりとか、そういうことがあったのかな、というのが知りたいんですが、大雑把に言えば、『歴史』かなあ……と」

「ふうむむむ、なるほど」


 アルマが補足すると、ヴィスコは無精で伸びた白い髭をしごきながら唸った。


「難しいのは、魔族が封印されていた期間が長すぎるんですな。エレナ嬢も、ジェイドさんも、みなさんこの10数年でようやくお目覚めになって……。人間側から見た歴史には彼ら魔族の存在はかき消えたものしか残っていません」

「ジェイド様は、昔、魔族と人間は同じ種族だったと言われていたって、仰っていました。博士はそのあたり、すでにお調べではないですか?」

「おおおお! はい、はい、そちらは、もう、はい。ワタシ、エレナ様から資料をいただいて、真っ先に、調べましたとも!」


 なぜかヴィスコのテンションが上がる。何度も頷くその姿を見て、そういうおもちゃがどっかにあったな、とアルマは思った。


「魔力を持った人間がごくごくごくごく稀に生まれるのは、先祖返りではないか、というのがワタシの見解でございます」

「……と、いうと、やはり同じ種族だったと?」

「はい。また、魔族にも体内の魔力を扱えない個体がごくごく稀に生まれてしまうのは、枝分かれして進化していたはずが、遺伝子の形がうっかり人間側に寄ってしまった個体がそうなるのではないかと、推察しております」

「ふぅん」


 そのごくごく稀に生まれる個体であるブリックは興味があるのかないのか、曖昧に鼻を鳴らした。


()()()()()()()()と、()()()()は、実際の確率とちゃんと連動してるのかしら……)


 つい、アルマはくだらないことが気になってしまうが、重要なことはそこではない。


「ただ、この、同じ種族だったかもしれないという時代まで遡ると……とてつもなく、むかーしむかしのこととなりますな。エレナ嬢がくださった封印前の魔族の資料と、人間側の歴史を照らし合わせますと、生活様式や文化、扱う道具など数多くが一致していることから、まず、このふたつは同じ種族であった、あるいは人間と魔族が同じ文化圏で生活を共にしていたと見てよいでしょう」


 ヴィスコは本や書類で溢れかえった机の上から、柔らかくて薄い紙を一枚手に取って、それを細く裂いた。紙の長さの半分ほどまでさらに裂いて、指先でクルクルと寄り合わせ、Y字の形のこよりを作ってみせる。


「まあ、卵が先か、鶏が先かというような話になりますな。同じものが枝分かれしていったか……生活を共にしているうちに混じり合い、そしてまた分かれていったか……」


 Y字の先端をさらにクルクルとまとめたり、離したりしながら、ヴィスコは語る。


「……ということは、魔族と人間でも、子どもはできる……ってことですよね」

「そうなりますな。エレナ嬢の資料では、エレナ嬢が封印される前の当時もそういう事例は記録には残っておりますので、枝分かれ後も交配可能だったようです」


 アルマの問いに、ヴィスコはうんうんと頷く。が、その表情は硬い。


「いやはや! しかしですな……やはり、全てはエレナ嬢が集めてくださっていた過去の資料からの考察に頼る形になりますので……研究者としては、裏どりが足りなさすぎてとてもではないですが、言い切るには不安ですね」


 ヴィスコは拳を握りしめ、ギリギリと歯軋りする。


「魔族が滅びてしまった今の時代が憎い……ッ!」

「ヴィスコ博士……」


 魂の叫びと思うような、あまりにも苦々しい声にアルマは苦笑した。

 城で、魔族に対処するために魔物の生態研究をしていた時も、誰よりも多くフィールドワークに勤しみ、魔物の体を解体したり、こっそり城の敷地で魔物を育てようとしては叱られていた異端の研究者が、彼である。


 エレナから「魔族の研究に役立つ資料をあげるからおいで」と言われれば、それは彼ならば行くしかないだろうと、アルマは納得こそしても、もはやそれで怒る気にはならなかった。


「いやあ、ワタシに倫理観がなければ、ブリックさんかジェイドさんのどちらかと子どもの一人でもこさえてみてくださいとか言えるんですが、あいにくワタシには倫理観があるからそんなことは言えなくて」

「……言ってるじゃないですか」

「アレッ」


 ヴィスコはおどけて目を丸くして見せる。


「まあ、どうとかは言わねーけどよ。そうあからさまに自分の子どもが研究対象にされるって予告されちゃ気分悪いぜ」

「いや! 申し訳ない! つい!!」


 ブリックがため息混じりに釘を刺すと、ヴィスコは大仰な動きで毛の薄い頭をバシンと叩いた。

 自分の研究対象や興味の薄いことに関しての、こういう軽薄さは彼の欠点だが、アルマはそんなに嫌いではなかった。細かいところを気にしないところは羨ましさすら感じた。


「まあ、交配可能かつ、さらにその子が子孫を残せる点から見ますと、今でも人間と魔族は同種であると考えることもできますな。魔力の有無や魔力に依存した寿命といった点では、かなり違いもありますが……」

「なんで違いが生まれてきたんでしょう?」

「そこはちょっともう、わからんですなあ……。魔力の優劣により派閥ができて、文化圏が分たれていった結果かもしれませんし、意図的に操作された結果かもわかりません」

「意図的に操作?」

「まあ、魔力の力が万能であるという仮説が前提になるのですが、魔族の皆さんが封印された事実がある以上、もしかしたら魔力だけを封じる方法みたいなのもあるかしら? と」


 アルマも頭を捻り、考えてみるが、当然のことながら真実はわからない。

 ヴィスコの言った『意図的に魔力を持たせない』ようにされた個体の子孫が人間として進化していった説は、「ありそう」だなとは思うが、それを解とする証拠はない。


「いや、もう、全てが考察の域を出ないのが、ほんとうにほんっとうに、ワタシはもどかしくてしょうがなくて、夜も寝られんくらい悔しいのですよね、ほんっっっとうに」


 ヴィスコはまた派手に歯軋りをした。ヴィスコの歯は年齢のわりにまだまだ健在であるが、そう負担をかけてしまうのは心配だ。


「魔族と人間の戦争は、魔族がもろとも封印されたことからしても、魔族が負けて人間が勝ったということでしょう。今ある歴史というものは、こういった争いの勝者が、己達のためだけに残したものです。時の権力者が魔族の存在は消すべきと判断したのでしょうなぁ」


 ヴィスコは長い長いため息をつく。


 ジェイドが語ったことが真実であれば、このマルルウェイデンの国は元々は魔族、魔王ジェイドが支配していて、城も魔王のものであったが、恐らく今の王族の先祖が乗っ取ってしまったこととなる。


(王族だけに語られてる歴史とかあっても良さそうだけど、あの王太子はなんにも知らなさそうだなあ)


 アルマは王太子レナードの顔をぼんやり思い浮かべながら、眉をひそめた。


「ともかく、整理いたしますと……魔族と人間は生活を共にしていた時代があった、魔族と人間は交配可能である、エレナ嬢たちが封印をされた時代では人間と魔族が戦争をしていた。戦争は人間が勝ち、歴史から魔族の存在は消されてしまった……という感じですな」

「ありがとうございます」


 ヴィスコは、近くにあった紙にサラサラと書きまとめ、それをアルマに手渡してくれた。大袈裟で大雑把の塊のような人間だが、意外とこういうところはマメなのである。

 ふと、ヴィスコは真面目な顔をしてアルマに向き直る。


「……アルマさまは、ご自分が、魔族の娘なのでは無いかと気にされているのですね」

「……はい」

「お父上が亡くなられている以上、真相を掴むことは難しいかもしれません。しかし、ワタシの知識と妄想を語ることでお力になれるのでしたら、いくらでもお頼りください」

「ありがとうございます、ヴィスコ博士……」


 アルマはヴィスコに礼を言い、そしてブリックをチラリと見た。

 目が合うと、ブリックはアルマに軽く笑ってみせ、首の後ろで手を組みながら、はあと大袈裟にため息ついた。


「オレもアルマも先祖返りだか、うっかりミスったんだかで貧乏クジ引かされて参るよな」

「……ありがとうございます」

「なに気にしてんだよ」


 ブリックは魔族なのに、まるで魔族の血を引いてるかもしれないことを気にしている態度なのは失礼だろうかとアルマは気にかかっていた。

 嫌悪からではなくて、異端扱いされてきた自分のルーツを知りたいという思いからではあったが、良くは思われないかもしれないと、アルマは不安だったがブリックはそれを笑い飛ばしてくれた。


 ブリックは、優しくて、いい人だ。改めてアルマは噛み締めた。


「うーーーーん、ワタシからしたら、大興奮の生命の神秘なのですがね、うーん」

「アンタに言われると悪い気しかしねーよ」


 ブリックが半目でヴィスコを睨む。ヴィスコは怯むどころか、キラキラした眼差しでブリックを見つめていた。


(ブリックさんの身体のことも調べたいんだろうなあ)


 アルマは苦笑した。そろそろお暇すべきかと、改めてヴィスコに声をかける。


「すみません、ヴィスコ博士。色々お話しいただいて、ありがとうございました」

「いえいえ! もう、仮説ばかりで、お役に立てず申し訳ございません」


 ヴィスコはいやーと眉を下げつつ、白髪頭をぼりぼりとかいた。


「まあ、こんな爺の妄想でよければいつでも遊びに来てください! ああ、なんならエレナ嬢が来てる時に来ていただけたらきっとディベートも盛り上がって」

「それは遠慮します」


 ヴィスコの言葉を遮って、アルマはノーサインを出した。

 あれっ、とわざとらしい素っ頓狂な声を出すヴィスコを見て、アルマは旧知の人物の無事に、再度胸を撫で下ろすのであった。

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他連載/完結済み中編作品、本作の没設定からサルベージして書いたものになります
『追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜』

他連載/完結済み中編作品です。

ツンツンしていた彼が私の大好きな婚約者になるまで

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