27話 北国の王子は聖女を追いたい②
エレナ視点
「それは、面白いご友人がいらっしゃるのですね」
エレナはとりたてて反応を示さずに答えた。
「お名前はなんておっしゃるのかしら」
「シグナル、と申します。見事な赤髪の美丈夫ですよ」
「あら、奇遇ですわ。同じ名の者を知っております」
エレナはジッとカインの瞳を視た。カインのとても美しいアーモンドアイも、エレナを瞬きすることなく見据えていた。
「……でも、魔族のご友人ということですから、きっと他人なのでしょうけれど」
「そうですね」
交わし合っていた視線を互いに外し、残念げに首を横に振った。
やりとりとしては、これで十分であった。
「まあ、それは今はあまり関係のないお話ですわね。カイン王子、あなたが聞きたいのは聖女アルマのこと、それ以外にはないでしょう?」
エレナがいうと、カインは静かに口角を上げた。ニヤリと表現するには、いささか品が良すぎる表情であるのは、彼の身分の高さゆえだろうか。
「お見通しのようでお恥ずかしい限りです。どうしても、私はあのお方の死を認められないようで」
カインは頷く。
「本当は、あの方が亡くなられた……と聞いて、自ら真相を確かめるために、私はこの国に来たのです」
この男がアルマに執着しているらしいということは、初めて会った日から分かりきっていることだった。
真実を知りたがるだろうなということも、エレナを怪しむだろうということも。
だからこそ、エレナはこの王子カインを探して、対話してみようとしていた。
確信は持ちつつも、慎重に行動している点は好ましかった。アルマ以外に彼の目的が見えてこないのは、本気でアルマのことだけなのか、まだ判断しかねるが、いたずらにアルマが生きていることを流布したり、この国を掻き乱すということはしなさそうである。
しかし、現状において、彼はリスクを背負いすぎだ。
彼がエレナに対して切り出したのは、『エレナが魔族である』という疑いのみである。しかも、エレナが魔族であると彼が吹聴したところで影響力は強くない。他国の第三王子が決定的な証拠も持たず言い張ったところで、両国の王が「どうしたものかね」と困った顔をするだけだ。キビキビした王ならば、トカゲの尻尾切りがごとく、この第三王子を切り落としてそれで終いにさせられそうなものである。
他国の王子が間者を忍ばせていたこと、国の聖女を魔族と疑いをかけた無礼。それと比較しては、等価とは言い難い。
(私を善人などとは思っていないでしょうしね)
別に、この男にアルマのことを話してもよいかとは思うが、賢そうなこの男が等価ではない交渉を仕掛けてきていることにエレナは違和感を覚えていた。
「アルマ殿は、今も生きておいででしょうか」
「そんなに、信じられませんの?」
首を傾げるエレナに、カインは目を細めて言った。
「……アルマ殿はあなたにハメられたのではないですか?」
「そんなこと……むしろ、わたしは王太子殿下の暴走をお止めしましたのよ? 間者がいらっしゃるのでしょう、聞いてみていただけたらお分かりになるかと」
「ハハ、まあ、そんなことはどうでもよいのです。ハッキリ言って、私にとってはあのお方がこの国を追われてしまった方が都合が良かったのですから」
まだもう少し彼の意図を探りたいエレナは、はぐらかして答える。カインは軽く笑い声を上げた後、スッと真顔になった。
「あの方を思いやらないような愚かな王子が、あの方を縛っているなんて、追放どころかむしろ解放と言った方がふさわしいとは思いませんか?」
「まあまあ、随分と口の滑りが良くなりましたね」
「……だって、あなたは別にこの国の王族のことなど、どうでもよいのでしょう?」
カインは笑みを浮かべる。エレナを魔族だと確信したがゆえの、王族への暴言である。
「私はアルマ殿がこの国を追われると聞いて、喜びました。その一点においてはあなたに感謝しておりました」
淀みなくスラスラとカインは喋る。
「しかし、生死の話となっては別です。あの方が死に追いやられたとあっては、私は許せません」
「情熱的ですのね」
「この世界において、あの方以上に尊いお方はおりませんから」
カインは整った顔をうっとりとさせながら語った。
「わたし、この国以外のことはよく知りませんの。カイン王子の国では、聖女アルマのような存在は信仰対象なのですか?」
「いいえ、私の国には魔族の脅威はほとんどありませんから。『聖女』がありがたがられるのはこの国くらいでしょう」
「……あなたが特別ということでしょうか、ご友人の影響かしらね?」
「ハハ、それはどうだか」
カインはまた空々しく笑った。
北国ザムクールが聖女を求めているわけではなく、彼の個人的な羨望だと、彼は言う。
本気で、ただ『聖女アルマに会いたい』という一点のみが彼の願いだとでも言いたいのだろうか。
「いかがでしょう、あなたの知る真実を、どうか私に教えてください」
そして、真面目な顔でエレナを見、頭を下げる。
「……さきほど、我が国の王太子殿下のことを愚かと仰いましたね」
「はい、言いました」
「わたしを魔族だと言ったり、王太子殿下を侮辱したり、間者を告白したり……ずいぶんと怖いもの知らずですのね?」
「私はただ王の種で三番目に生まれただけの王子です。アルマ殿のように尊き方と比べたら、私の命に価値はありません」
アルマのためであれば殺されても構わないのだと、カインは意思を示す。
ただのファンにしては、厄介すぎる熱意である。
「ご自分のせいで、貴国が敵意を持たれることは危惧されませんの?」
「心配しておりません」
カインはキッパリと言い切った。
「私はあなたとは、友好関係が築けると思っていますので」
「わたしとお友達になりに来たの?」
カインはニコリと微笑みながら首を揺らした。
「……まあ、たとえ国同士の関係が悪くなったとしても、今の時代に国家間の戦争など、現実的ではないですからね。あなたが王だとしても、しないでしょう?」
「わたしが王だったら、だなんて。そんな不敬なこと、考えられませんわ」
エレナは頬に手を添えて、小さく頭を振った。
「カマトトぶりますね。あなたの望みはそれでしょうに」
「……まあ?」
「あなたはこの国が欲しいのでしょう? そのために王太子に取り入り、この国の民全てに認められる形で、この国を支配する権限が欲しいのでしょう?」
「……さあ」
エレナはきょとんと小首を傾げてみせた。カインは細めたままの目でそれを見つめ、微笑んだ。
「私も同じようなことを考えています」
「あら、でも、あなたは王子でしょう?」
「私に王位継承権はありません、アレは私の国ではありません」
カインはエレナが魔族であることを交渉の材料にする気はなかったらしい。
それにしても、アルマの生死とその行き先を知るためだけに己自身を対価にしようとするのは、信仰者だとしてもやりすぎではないかとは思うが。
カインの目は美しく、澱みはない。
さて、このいくらでも嘘をつけそうな男をどう信用すべきかとエレナは思案した。
「私はあなたの善き友人となりましょう。私は北国ザムクールの第三王子、必ずやあなたの力となります」
王子カインは、やおら立ち上がると、エレナに向かい跪く。
エレナはそのつむじを見下ろし、ふうとため息をついた。
「わかりました。真実を話しましょう。アルマは生きていますが、聖女の任から離れ、愚かな王太子から逃れるため、駆け落ちをしたのです。今、彼女は真実の愛を誓った相手と静かに暮らしています。私は彼女をこの国の支配から解放するために、彼女から全てを引き継ぎました。彼女を真に想うのであれば、どうかそっとしておいていただきたくて、なかなかお話ができず申し訳ございません」
「えっ」
エレナがしれっと嘘を織り交ぜながらアルマの真実を語ると、王子カインはその場で固まった。
(あ、アルマのファンなのはガチだ)




