25話 守って欲しい
エスメラルダは温かい紅茶を淹れてくれた。
とんでもないものを見た後だったから、その温もりと香りの良さにホッとする。
「……ねえ、アルマちゃんはジェイドのことが好きなの?」
「えっ、そういうのは全然」
「そ、そうなの? ごめんなさい、あんなすごい予知……? 夢……? を見たものだから……」
「私、ああいう感じになってる夢って、全然当たらないので……」
エスメラルダが困ったように眉を寄せた。
「すみません……変なものお見せしてしまって」
「いいえ、それはいいのだけれど……そう……」
なんだか、エスメラルダはガッカリしているように見えた。
「……ジェイドも、せっかく封印が解けたんだから、自由に生きたらいいのになって思うんだけどね」
「本人はだいぶ丸くなったみたいな感じで言ってますけど……」
「まあ、丸くはなったわよ。別人みたい、まあ元々が性格なんてあってないようなものだったから、そこと比べたら……って感じだけれど」
はあ、とエスメラルダがため息をつく。その仕草すら、セクシーに見えるのだからすごいなあとアルマは思った。
「私はね、封印された時に自分の魔力を貯めてきた宝石と一緒に封印されたの。だから宝石が身代わりになってくれて、封印が解けるまで生き残ってこれたのね」
「身代わりに……」
「ええ、私程度の魔力の量では生き残れなかった」
エスメラルダは、その名と同じエメラルドの瞳を揺らめかせてアルマを見つめた。
「ブリックと同じ体質の魔族は他にもいた、私みたいに宝石や何かを媒体に魔力を蓄えておける能力のある魔族もいた」
エスメラルダの真剣さを感じ取ったアルマは、紅茶のカップをソーサーに置き、その瞳を見つめ返す。
「……私ね、きっと、魔族の生き残りは私たちの他にもいると思うの。ジェイドも、それは分かっている」
「……はい」
「ジェイド自身が、魔族はこのまま消えていくべきと思っているんですものね。静かに暮らしたい同胞はそっとしておこうと、そう思っているのよ」
確か、前にジェイドが「生き残りを探した時期もあった」と語っていたが、それは短い期間だったのだろうか。
あまりにも見つからない同胞に、諦めを抱いたのだろうか。
(もしも、もっと生き残りがいたら、今のジェイド様は違うことを考えていたのかな……)
二人しか見つからなかったと言っていた。その二人が、ブリックとこのエスメラルダなのだろうか。
「封印された魔族たちはみんな、ジェイドがどこで封印されたのか知っているの。だから、ジェイドはあそこに住み続けているのよ、自分のところに目覚めた魔族がやってくるかもしれないから」
「……そのために?」
「あれでも、魔王ですからね」
エスメラルダが頭を振る。彼女がつけている香水が香った。
「ブリックなんかは最初はジェイドを殺そうと思って来たのよ」
「……え!?」
「ジェイドがあんな感じになっちゃってるもんだから、興が削がれたみたいだけどね」
苦笑いし、エスメラルダは肩をすくめて見せる。
「……ジェイドに殺意を持っている魔族や、ジェイドにもう一度、人間を滅ぼさないかと、囁こうとする魔族はきっといる」
エスメラルダがそっとアルマの手を掴んだ。白魚のような美しい指先がアルマの手を包み込む。
アルマが顔を上げると、真剣な眼差しのエスメラルダと目があった。
「私はね、アルマちゃん。あなたがジェイドを守ってくれる存在になってくれたらいいなと思うの」
◆ ◆ ◆
だいぶ、エスメラルダと話し込んでしまった。
「ジェイド様、退屈してますかね」
「ああ、大丈夫よ、ほら」
エスメラルダと二人で階段を登る。
そこには、テーブル上の盤面を真剣に見つめるジェイドと、向かい合って座るロマンスグレーの紳士がいた。
「……おや、エスメラルダ。お嬢さんとはもう話せたのかい?」
「ええ、ダーリン。そちらはまだまだ決着つかないかしら?」
「そろそろ僕が勝つかな?」
穏やかに笑い合う二人。アルマは二人を交互に眺めて、少ししてハッとする。
「だ、だんなさまですか?」
「うふふ、そうなの。主人のダグラスよ! ご覧の通り、チェスが得意なの!」
エスメラルダは顔を綻ばせ、アルマの背に回ると肩に飛びついた。まるで見て見て! と言われているようで、アルマは盤面を覗き込んで見た。
黒がジェイド、白がダグラスらしい。黒のキングが隅に追いやられていて、そこからひとマス空いた横の位置に白のルークがいる。
黒の駒で、このルークを取れる駒は存在していなかった。
チェックメイトだ。
「……また負けた」
「ハハハ、でもジェイドくんは上達が早いよ。今までチェスなんてしたことなかったんだろう?」
ジェイドが肩を落とし、負けを認めると、ダグラスは朗らかに笑い、彼を励ました。
「……ダグラスは、私たちが魔族ということを知っているわ。そのうえで、私と結婚してくれたの」
エスメラルダはアルマに耳打ちし、にこりと微笑んだ。
「いつも僕に付き合ってもらって、ごめんね。ジェイドくん」
「いや、いつも楽しいひとときを過ごさせてもらっている。……次は勝ちたい」
ダグラスとジェイドは握手を交わし、笑い合っていた。
「またいつでも来てね。待ってるわ」
「次は僕もお嬢さんとお話しできると嬉しいよ。じゃあ、気をつけてね」
エスメラルダとダグラス、夫妻に見送られてアルマたちは店を出た。
(魔族と人間の夫婦……か)
二人が並んだ姿は、とても幸せそうに見えた。アルマは二人のことを考えると、胸がぽかぽかとした。
あの二人が穏やかに生涯を添い遂げることができるようにアルマは密やかに祈った。
人目を避けて城下から、西の森に入り、住処である屋敷までたどり着く。
まだ居候という意識は抜けないが、しかし、アルマはここが自分の家だという感覚にはもうなっていた。
広間の大階段を登るジェイドの背を見ながら、アルマはそうだ、と思いついて、彼を呼び止めた。
「……ジェイド様!」
「どうした?」
「私もチェスがやってみたいです」
振り返ったジェイドはきょとんと目を丸くしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「……では、今度、街に行く時にチェスの道具を買い揃えよう」
アルマは、このジェイドと穏やかに過ごせる時間が長く続けばいいなと、あの二人の夫妻を見て、思っていたのだった。
明日から更新不定期気味になるかもしれないです!
それでも2〜3日に一度は更新したい…




