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24話 またすごいものを見てしまった

トンチキ夢回です


 エスメラルダはとても胸が豊かな女性であった。失礼だとわかってはいても、彼女が大きく胸元を開いたドレスを着ていることもあって、どうしても視線が胸にいってしまう。


「あら、気にしないで。そのためにこういう服装をしているのだから」


 視線が胸に吸われていくのが申し訳ないアルマにそう言って微笑む彼女は妖艶というにふさわしい色気を漂わせていた。


「便利なのよ、人の視線を誘導できるというのはね。客商売をするのなら特にね」

「そ、そうなんですね……」


 アルマはカウンター越しにエスメラルダと向き合っていた。カウンターチェアが高くて、座り慣れなくて落ち着かない。


「……ところで。ねえ、アルマちゃん。このブローチに見覚えはない?」

「えっ! ……あれ!?」


 カバンに入れておいたペリドットのブローチ、エレナがくれたものだ。

 エスメラルダはそれをつまみ上げてウフフと微笑んでいる。


「こんなふうに、ちょっとしたことをするのにも便利なのよね」


 胸に気を取られているうちにカバンの中のものを抜き取られているなんて。恥ずかしさとエスメラルダの手腕の両方に驚愕する。


「あ、お客様相手にスリをするのが目的じゃないのよ? あくまで掴みだからね?」

「は、はい……すみませんでした……」


 アルマはもじもじと俯きながら小声を出した。


「あらあら、なんですみませんなのかしら?」

「む……胸をボーッと眺めてしまってすみませんでした」

「やだ、そんなこと謝らせたくてやったわけじゃないわよ!」


 エスメラルダは明るく笑う。


「占いなんて、信頼がモノを言うからね。この女は只者じゃないぞと思わせたら適当なことを言っても勝ちになるのよ」

「て、てきとう?」

「完璧な未来なんて、見えっこないですもの」


 エスメラルダはニコリと笑い、首を傾げた。


「さあ、早速占ってみましょう」



 ◆ ◆ ◆



 アルマはエスメラルダに指示された通りに、水晶玉に手のひらを乗せた。

 すると、水晶玉がぼうっと光り始めた。初めはただの色のついた光だったものが次第に輪郭を得て、やがて鮮明な映像が映し出される。


 ──金髪の男。


(王太子だ……)


 その顔を見るのは久しぶりだ。金髪碧眼の絵に描いたような美しい王子。


 次に、違う男が水晶玉に映し出された。


(……この方は、北国の……カイン王子?)


 クッキリとした二重が印象的な白い肌の青年だ。直接会ったことはないが、容姿は姿絵で拝見したことがあった。


 水晶玉に映されたただの映像のはずなのに、なぜか視線を感じた。目が合うわけがないのに、目が合った気がする。


 しばらくその男はアルマを見つめていた。


「……さっきの金髪の男性は、この国の王太子殿下よね。今、映し出されている人に会ったことは?」

「会ったことはないです」

「じゃあ、もしかしたら、これから会うのかもしれないわ。そして、アルマちゃんに覚えがなくても、彼はあなたのことを知っている」

「えっ……」

「アルマちゃんのファンかもね。とても強い関心を感じるわ……」

「そ、そんなことまでわかるんですね?」


 アルマにはただの映像にしか見えない。どういう原理で映し出されているのだろうか。


「……これってなんの占いなんですか?」

「恋占いよ」

「!?」

「冗談よ、まあ場合によっては恋占いになるかもしれないけど、これから先に起こるかもしれない可能性の一つを映し出しているだけなの」


 エスメラルダはスッと水晶玉を撫でた。すると、映像は消えて、また色のついた光がぼんやりと水晶玉を漂った。


「普段はこの映像を元に、相手が言って欲しそうなことを言ったり、警告すべきことが明確ならアドバイスしたりするんだけれどね。さっき見えた限りだと……王太子との別れという過去の映像と、これからあなたの事を知っている男と出会うかもしれないという未来が見えた……ってところね」

「はあ……」


 ジェイドの屋敷に暮らし続けている限りだと、出会いはない気がするが、とアルマは首を捻った。


「……あら? 水晶玉の様子が……」


 エスメラルダの片眉が怪訝そうに動いた。水晶玉から薄紫色の煙がもくもくと湧き上がる。


「わっ……」


 あっという間に、エスメラルダもアルマも煙の中に包み込まれてしまった。



 ◆ ◆ ◆



「フハハハ! アルマはもらってくぜ!」

「ブリックさん!? なんで!?」

「なんでって、だって、オレたち結婚するんだし」

「しませんよ!!」


 ブリックがアルマを担いで、いったいここはどこなのか検討もつかない花畑を走っていく。


「そんなこと言う……人ではあったけど! こんなことする人じゃなかったのに!?」

「よくわからんが、幸せにするから安心しろ!」

「じょ、冗談で言ってたんじゃないんですか!?」


 アルマがぎゃあぎゃあというのをかき消してしまうほど、ブリックはご機嫌に大笑いしていた。


「……アルマ殿!? うっ……と、尊い……」

「だ、だれ……!?」


 どこからか、知らない人が現れた。いや、さきほど水晶玉で映し出された人物──カイン王子だ。

 薄いグレーの柔らかな髪に、深い二重の美青年である。


「私は……あなたのファンです」


 人はこんなに真顔になれるのかというほどの真顔であった。アルマはたじろぐ。


「あの……そういうことを聞いたのではなく……」

「いえ! 名乗るほどのものではございません。……ああ、お話を……してしまった……今日という日を刻まねば……」

「……」


 整った顔の青年はよろめいたかと思うと、懐から手帳を取り出し、何やら必死に書き込み始めた。


 あまりにも、変な人だ。似ているだけで、カイン王子とは違う人かもしれない。


「なんだ、ただのファンか」


 ブリックはケロッとした口調で言うと、彼を置き去りにして再びアルマを担いで走り出した。


「だ、だれかー! たすけてー!」

「アルマー! よんだー?」

「呼んでません!」


 これまたどこからかひょっこり現れたのは、エレナだった。


「ひどいわ、アルマ。わたしだって、あなたのことが大好きな一人なのに」

「嘘でしょ」


 バッサリ言うと、エレナはなぜか満面の笑顔で喜んだ。


「そういうところ、わたし、とっても大好きよ!」


 そして、エレナはブリックに担がれているアルマの首に抱きついてくる。


「首が絞まる! あ、あなた、助ける気なんてないでしょう!」

「ひどぉい」

「おい、エレナ離れろって。アルマ、いったん下ろすぞ」

「こ、このままおろしておいてください……」


 ブリックがエレナごとアルマを下ろす。


「……ずいぶん楽しそうだな」

「あっ、ジェイド様!」


 これまたジェイドがどこからかわからないけれど、やってきた。

 ブリックとエレナがそれぞれアルマの左右の腕にしがみつきながらジェイドに向かってブーイングする。


「何よ、お兄様なんてずっとアルマと一緒にいるんだから、いいじゃない! 出番なしよ、アルマのピンチを救うのは私よ。邪魔しないでくれる?」

「どの口が言うんだ、お前は!」

「そうだそうだ、ジェイドばっかりずるいぜ。小指ぶつけて寝込め〜」

「……ブリックさん悪口下手くそすぎでは!?」


 ぎゃあぎゃあと各人が好きなように喋り、アルマの取り合いをする。


(私の取り合いって……何?)


 当の本人なのにアルマはポカンと置いてけぼりになっていた。


「俺はずるくない。アルマは俺の花嫁だ、ずっと一緒でおかしいことはない」

「じぇ、じぇいどさん?」


 ジェイドまでトンチキなことを言い出した。


 ……いや、もう、わかっている。これは例の夢だ。アルマが予知夢で見る、めちゃくちゃなファンシーな夢。


 この夢の中で整合性を求める方がおかしいのは、重々承知している。

 ただ、いつもよりもアルマ自身のトリップ度が低かった。なぜだろう。


 ……ああ、エスメラルダの水晶で見ているからか……。アルマはぼんやりとそんなことを考えていた。


「アルマと俺が結婚すれば世界は平和になるはずなんだ」


 ジェイドが翡翠の瞳でアルマを見つめ、そっと手を握る。

 ファンシーな夢の中の世界のため、都合よくブリックとエレナはいつの間にやらフェイドアウトしていて、ちょっと離れた位置で二人で「えー」とブーイングしていた。


「アルマ、俺と幸せになって世界を救おう」

「……その……ちょっと……話のスケールが大きすぎないですか……?」


 だって、我々は誰も来ない死の森と呼ばれる場所にひっそり住み続けているだけなのに、世界規模の話を持ち出されたところで現実味も何もない。


 いや、これはアルマのアテにならない予知夢未満のファンシーな夢だから、現実味もクソもないのだが。


「……あ、アルマ殿が、結婚してしまった……」

「いえ、了承も何もしてないですけど……」


 そして、カイン王子らしき人がバタッと倒れたところで、謎の夢は終わりを迎えた。



 ◆ ◆ ◆



「……なんだか、すごいものを見たわね……」

「す、すみません」


 現実に戻る。

 エスメラルダとアルマはお互い、カウンターに突っ伏して項垂れていた。


「──アルマちゃん、もしかして、あなたにも予知の力が?」

「あります。多分、私のせいで変なことに……」

「力が干渉してしまったのね」


 エスメラルダは整った眉をひそめて言う。


「でも、その、私のこういう……フワッとした予知夢って、いつも当たらないんです。全部が全部脈絡がないわけでもないんですけど……」

「……まあ、未来視なんてそんなものよね。わかるわ」


 しみじみとエスメラルダが頷く。


「よ、予知ができる魔族って多いんですか?」

「……希少な力よ、そう多くはないわ」


 ファンシーな夢を共有してしまい、恥ずかしいアルマは話題を変えようとした。


「私、予知夢を見た後っていつも一本白髪になるんですけど、エスメラルダさんは?」

「……初めて聞いたわ」

「あっ」


 せっかく話題を逸らしたのに、別のことでまたアルマは羞恥を煽られることとなった。


 エスメラルダに見てもらうと、今回もやはり白髪が1本見つかったのでお願いして抜いてもらった。

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他連載のご紹介

他連載/完結済み中編作品、本作の没設定からサルベージして書いたものになります
『追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜』

他連載/完結済み中編作品です。

ツンツンしていた彼が私の大好きな婚約者になるまで

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