23話 エスメラルダ
「アルマ、街に行こう」
「またですか!?」
◆ ◆ ◆
アルマとジェイドは、以前街を訪れてからさして間をおかず、また城下にやってきていた。
「結界を張り直さないといけない」
この間のおでかけは、アルマのためであってジェイドの用事を済ませることはしないとジェイドが譲らなかったので、食材や種、生活用品も買い込んだりはしなかった。
今回はそういった物資の買い出しと、それとは別に最重要な目的として、結界を張るための宝石を買いたいらしい。
「宝石ならブリックさんから買うのは?」
「ブリックは宝石を掘るだけだ。結界を張るための宝石には加工が必要なんだ」
その加工をしている人物――魔族――がこの城下街にいるらしい。
(4人しかいない魔族が一つの場所に集中しすぎじゃ……?)
城にはエレナ、城の西の森にはジェイド、城下にはこれから会う魔族。ブリックは城から離れた場所にある廃坑に住んではいるが、4分の3はこの城周辺に住んでいることになる。
「……アルマ、ここだ」
路地を歩いていたジェイドが足を止める。彼の指差した先を覗き込むと、小さい2階建ての建物があった。2階の窓にはステンドクラスが嵌め込まれていて、路地に差し込む光を受け、キラキラと輝いている。
「ジュエリー&フォーチュンショップ、Esmeralda……」
木の看板に焼き付けられた文字を読み上げる。
ジェイドが扉を開けると、ベルの音がカラカラと響いた。薄暗い店内には各所にろうそくが置かれていた。明るさを抑えた照明の中で、パッと目に入るのはカウンターだった。そこが一番明るい。カウンターに置かれた燭台と、大きな水晶、そして、カウンターの中に佇む美女。
「――いらっしゃい、ジェイド。お久しぶりね」
落ち着いた低音の耳障りの良い声。ただ喋っているだけなのに、艶やかな雰囲気を漂わせていた。
ウェーブがかった艶のある長い黒髪、深い緑の瞳、紅いルージュがよく似合っている。
(ちょっと雰囲気がジェイド様に似てるような……?)
同じ黒髪で緑の瞳だからだろうか、同じ緑とはいっても、色合いは異なるのだが。
彼女は大きく胸元が開いたドレスを着ていて、こぼれ落ちそうな豊満な胸が目立っていた。ついそこに目がいってしまうのだが、それでは失礼すぎると、アルマはとにかく彼女の目を見るようにしようと努めた。
「結界が壊れたから張り直したいんだ。宝石をくれ」
「わかったわ。……ねえ、そちらのお嬢さんは?」
「彼女はアルマだ。エレナが迷惑をかけたので、俺が今匿って生活を保障している」
深い緑の瞳がアルマを捉えた。しっかり目が合うと彼女は美しく微笑んだ。
「私はエスメラルダ。ジェイドたちと同じ、魔族の女よ。ここで宝石を売ったり、占いをしたりして商売をしているの」
「はじめまして、アルマです」
「うふふ、実ははじめましてではないのだけれどね」
え、とアルマが目を見開くと、エスメラルダは悪戯っぽく笑った。
「勘違いさせてしまう言い方だったわね。ごめんなさい。私はこの城下で暮らしているから、聖女のあなたの姿は何度も見てきていたわ」
「……知っている人が見たら、やっぱりバレちゃいますかね……?」
「すれ違ったくらいではわからないと思うわ。私も、ジェイドにあのアルマだって言われるまではわからなかったしね」
それなりに堂々と城下街に出てきているので、アルマはもしやバレバレだったのだろうかと、ヒヤリとしていた。エスメラルダが首を横に振ってくれたので、安心する。
「少し前にあなたの弔いの祭りとエレナの聖女就任式があったのよ。エレナはちゃんとうまいことやって、国民たちの国への信頼は揺らいでいないから安心して」
「そうなんですね……」
聖女就任式という言葉の響きがなんだか間抜けだなとアルマは思った。アルマが死んだことでエレナが正式に国の聖女の座につき、これからもこの国が守られていくことが示された。そして、国民たちもそれを受け入れたわけだ。
実際のところは魔族を懐に歓迎してしまったわけだが。
王太子をはじめとした王宮の面々のことはどうでもいいが、国民たちの生活が乱れるのは良いことではない。それは国外追放を言い渡された時から頭にはあったが、エレナがいますぐに国を滅ぼすことはしないだろうというのもわかっていたので、アルマはエレナに後のことは任した。
今となってはあの時の自分は国の聖女としてはあまりに無責任すぎたのではと反省して寝れなくなる日がたびたびあった。
悩んでいたら、ジェイドからは「向こうから先にお前を聖女じゃないと叩き出したのに気にするのか?」と不思議そうに言われたこともあった。
(エレナの目的はなんなんだろう)
エレナのせいでこういう状況になってしまったが、しかしエレナのおかげで国は守られている。
アルマはひとまず、国に混乱が起きてはいないことに安堵することにした。
「――……結界を張るなら、この水晶の柱かしらね」
「ああ」
エスメラルダが手のひらに乗る程度の大きさの水晶を4つカウンターに並べた。
「結界って、宝石がないと張れないんですか?」
「魔力だけでも張れないわけではないが、魔力が込められた媒体があるほうが簡単だし、維持がしやすい」
アルマが疑問を口にすると、ジェイドが答えてくれた。
「自分の身の周りだけに展開する結界ならば、自身の魔力だけで十分だが、土地そのものに展開する結界はこっちの方がいい」
エスメラルダの用意した水晶の一つを、ジェイドに手渡される。大きくはない塊だが、その中に魔力が込められているのがわかる。
「私は魔力自体は大したことないんだけど、物に魔力を込めるのが得意なの。結構難しいことなのよ」
「へえ……」
「アルマちゃんはきっと苦手だと思うわ。あなたは魔力の量が多すぎるし、力も強すぎるから」
「そ、そうなんですね?」
「ジェイドも苦手だったものね、なんでもできるくせに、これだけはできなくてムキになっていたもの」
くすくすとエスメラルダが笑う。ジェイドは肯定も否定もせず、目を伏せて顔を背けた。
距離の近いやりとりだ。そのうえ、エスメラルダの口調はさも幼い頃から知っていると言った口ぶりである。
アルマはもしやと思い口を開いた。
「……あの、もしかして、エスメラルダさんとジェイド様って」
「なぁに?」
「近親の方ですか?」
「従姉弟よ」
やはり、という気持ちと魔族の生き残りはこの家系の親族ばかりだなという思いが同時によぎった。
「緑の瞳はおじいさまの遺伝ね。とても強い魔族だったの。ただ、私はジェイドほど強い力を持って生まれてこなかったけれど……」
チラ、とエスメラルダが流し目でジェイドを見る。ジェイドもまた横目でエスメラルダと視線を交わしていたのがアルマの目に入った。
ジェイドは魔王だった。祖父が強い力を持っていたということは、祖父も魔王だったのだろうか。魔王は世襲制なのか。
気にはなったが、何やら二人が含みのあるやりとりをしているので気軽に聞けずにアルマは押し黙った。
「……それでも私は、色々器用にできるからね。予知の力も持っているから、占いなんてしてみたり」
ふふ、とエスメラルダが小首を傾げながら微笑む。
店内に並べられた宝石の一つをつまみあげてアルマに示した。紫色、アメジストだろうか。小さな塊だが、金具をつけてペンダントとして身につけられるようにされている。
「魔力を持たない人間が持っていても、魔除けのお守りくらいにはなるのよ。だから私はこのお店で売っている全ての宝石に魔力を込めて売っているの」
「そうなんですね……」
「まあ、私が商売下手くそなせいでお客様はほとんど来ないんだけれどね? よかったらアルマちゃんも、ジェイドなしでも遊びに来てちょうだい」
「は、はい」
ふと、思いついたという様子でエスメラルダはポンと手を叩いた。
「――よかったら、お試しで、占いなんていかがかしら。アルマちゃん?」
「えっ、占い……ですか?」
きょとんとアルマはエスメラルダを見やる。
エスメラルダはカウンターに置かれた水晶球を撫でながら、目を細める。涙袋が強調されて、セクシーだ。
「ジェイドは2階にでも行っててちょうだい。もしかしたら込み入った内容になるかもしれないからね」
そして、エスメラルダはカウンターから出てくるや否やジェイドを階段の方に押しやり、アルマにウインクして見せたのだった。




