間話 王太子レナードとアルマ 「あれ?私なにかしちゃいましたか?」
突然ですが、王太子レナード視点の過去話です。
聖女アルマは、かわいい!
◆ ◆ ◆
私はこの国の王太子、レナード。我が城に、『聖女』がやってきた。
さて、どのような女性なのかと、私は従者が引き止めるのを無視して彼女に与えられた部屋を訪れた。
「──あなたが聖女か!」
張り切って大きな声を出したら、部屋の中でぽつんと座っていた女の子はビクッと肩を震わせた。
大きな目をますます丸くさせて、長いまつ毛をしぱしぱと動かしていた。
「お、王太子殿下! アルマ様は長旅でお疲れなのです。どうかお控えください」
私にくっついてきた従者とアルマ付きとなった侍女が揃って慌てふためく。
女の子の名前はアルマというらしい。アルマは、忙しなく目をキョロキョロとさせていて、不安そうだ。
「私はこの国の王子! レナードだ! よろしく頼む」
「え、えと……は、はい。よろしくお願いします……?」
ズンズンと部屋の中に入り込んでアルマに向けて、手を差し出せばアルマはおずおずと手を握り返してくれた。
「王太子殿下! もうよろしいでしょう! 行きますよ!」
「うむ! アルマよ、また会おう!」
「は、はい……」
ぎこちなくアルマは笑い、礼をして見送ってくれた。
──なんてかわいいんだ!
恥ずかしながら、齢11歳にしてはじめての恋だったと言えよう。一目惚れだ。
王太子という身分ゆえ、高貴な令嬢とは何人も会ってきたが、アルマは全く違う。王太子の自分を前にして、あんなにおどおどと、素朴な反応をする令嬢などいなかった。
栗色の艶やかな髪は伸ばせばきっと美しいだろう。侍女伝いに伸ばすようにお願いしよう。
茶色い瞳は珍しい色ではないが、大きな目はきれいだった。少し目尻が上がっている猫のような目の形も、いい。
聖女アルマはこれからこの城で暮らすらしい。これからいつでも会えるかと思うと喜ばしい。
小さな村で暮らしてきたそうだ。いろんな話をしてあげよう。この王都には華やかで楽しいものがたくさんある。
アルマは私のする話をなんでも喜び、慣れない王城で緊張した様子が目立ったが、私のそばでは柔らかい表情で笑ってくれた。
それがとても嬉しかった。
父と母に頼み、アルマを私の婚約者にしてもらった。アルマは平民だが、聖女であるので婚姻に支障はなかった。
アルマが頷いてくれるかだけが問題だったが、アルマも婚約を受け入れると頷いてくれた!
未来の王妃となるアルマの妃教育が始まり、アルマと会える時間が減った。アルマは聖女として魔族の討伐にでたり、なにかと忙しかった。それに加えて妃教育まで受けなくてはいけないのだから、大変だ。
平民のアルマは覚えることが多く、夜もあまり寝られていないようだった。
それでも、私はアルマを妻にしたかったので、頑張ってもらった。
◆ ◆ ◆
「──王太子殿下! また勉強から逃げ出されたそうですね!?」
きついつり目の女が私を睨む。
アルマだ。
昔はいつも周りを伺うようにキョロキョロしてばかりの可愛らしい控えめな少女であったのに、いまや見る影もなかった。
国一番の教育者から妃教育を受けてきたことがアルマに自信を与えたのか、いつの日からか、アルマは王太子である私にまで物申すようになっていた。
私が楽しい話をしてやろうと話しかけても「勉強は済んだのですか」「また護衛もつけずに城下におりたのですか」「尊き身分の方が軽率に女性をはべらしてはなりません」とかなんとかそんなことばかりを言う。
年頃の女性はみな可愛らしい。この国にいる令嬢で私に微笑まない者はいない。そう、このアルマをのぞいて!
アルマはすっかり可愛げがなくなっていた。
栗色の髪は侍女のおかげで美しく伸びたが、私が期待した仕上がりにはならなかった。なにしろ、目つきがキツいのだ。聖女とは名ばかりの鋭いつり目だ。
「次の夜会では、王太子殿下と私の二人で他国の要人にご挨拶に伺いますが、参加される方のお名前とお顔は一致されていますか?」
「ふん、成り上がりのお前と一緒にするなよ。そんなのはうまれた時からすでに頭に入っている」
「それならば良いのですが。私がフォローするのには限界があります。王太子のあなたを差し置いて婚約者の私が会話の主導を握るのはおかしいですからね」
「ははっ、そんな心配よりも、お前こそ笑顔の練習をすべきだ。そのようにきついつり目では、生意気と思われるぞ」
「……わかっております」
一瞬だけ、きついつり目を伏せたがアルマはすぐにキッと私を睨みつけた。
ほんの一瞬、一瞬だけだが、目を伏せた顔がかわいらしい……気がして、ドキッとしたが、ただの見間違いだと悟る。
出会ったばかりの頃は、とても愛らしい素朴な娘だったはずなのに、その時の彼女のことが私は忘れられないのだろうか。
◆ ◆ ◆
聖女アルマは恐ろしかった。
この王宮にはたびたび魔族が押し寄せてくる。
不思議と魔族は城下にはさして興味がなく、王宮を狙う。国の有力人物がどこにいるのか分かっているのかな? 憎き存在ながら、なかなか賢い連中だ。
アルマはそういった魔族から我々を守ってくれる……のだが。
めちゃくちゃ強すぎて怖い。
聖女の力だなんだとかで、アルマが何か祈る仕草を見せると、魔族たちは大体引き返す。
これはいい。傍目にも、聖女っぽくていい。
この時のアルマの横顔は、ちょっとかわいい。
あの生意気な目と物言いさえなければ、今でもふとかわいい……かも、と思うことは、実は、ある。
だが、たまーに魔族たちはアルマの祈りにもめげずに向かってくることがある。そうなると、アルマが魔族を蹴散らすのだが、それが、グロい。
「……燃やすのが一番、飛散は少ないと思うんですが」
文句を言ったら、大真面目にそうやって返された。
いやいやいやいやいや。燃やすのもグロいから。っていうか、臭いもすごいし、なんなら一番キツイ。
物語の中の聖女っぽく光の力とかで消滅させる類のことはできないのか聞いたら、できない、とアッサリ言われた。
アルマのできること。
燃やす、強烈に水をぶっぱなす、風を操って叩っ斬る、多分、これも風を操ってなのか、風圧?で押し潰す。
全部、グロい。
こわい。
そんなこと、しないでほしい。
しかし、国の中枢たるこの城が魔族に襲われてはまずい。魔族を退治しないわけにはいかない。私にできることは、せめてアルマが魔族を蹴散らす姿を見ないように、自室に引きこもることくらいだ……。
──ああ、今日も、遠くの方でドカバキ音が聞こえるなあ。
私は紅茶を飲みながら、フッと笑う。まあ、どうせ、アルマがやられることはないから、安心だ。
しばらくすると外の騒音は消えて、静かになった。今日もアルマの仕事は早いなぁー、とか思っていると、なぜだか城の廊下が騒がしい。
「なんだ、どうしたんだ」
「おっ、王太子殿下! 大変です! 聖女アルマ様が、大型の魔族に食べられました!」
「はあぁああ〜〜〜!?」
◆ ◆ ◆
慌てて城の物見台に登る。何人もの兵士が集まっていて、投擲の支度をしていた。
私に対して「危ない、お下がりください」と言ってくる声を無視して、身を乗り出すようにして私は外を眺めた。
大型の魔族は蜥蜴をそのまま大きくして、二足歩行にさせたような奴だった。
アルマはすでに呑み込まれてしまったようで、見当たらない。いや、口の端っこから手とか足がブラブラしてるのを見るのも嫌だけど。怖いから。
「……ッ!」
あんな奴だけど。
言ってくることも目つきもいちいち生意気だし、仲良くなろうと肩を抱いたり、手を繋ごうとしたら嫌がるし、喋ってても笑ってくれなくなってつまらなくなったし、その代わりに別の女の子と仲良くしようとしてたら邪魔してくるし、昔はかわいかったし今もたまーにかわいいけど、可愛げは全然なくなったし、闘う姿がグロいし、怖いし、最近全然話しないからよくわからない奴になっちゃったけど。
でも、私が初めて好きになった女の子で、結婚の約束をした子なのに。
「アルマ……ッ」
こんなところで、死んでしまったら、悲しい。
「せ、聖女様がやられてしまったら、我々はどうするんだ!?」
「長い間、この国の聖女様はいなかったんだ! なんとかできる!」
「し、しかし、最近は、魔族も昔と比べられないほど活動的になっていて……! う、ううっ、やるしか……ないか……!」
周囲の雑踏など、耳に入らないほど、私の胸はアルマとの思い出で満たされていた。
こんなことなら、意地を張らずに、もっと、アルマと向き合っていればよかった。
いじわるなことをしたり、からかったり、悪口なんて言わなければ。
小さかった頃、会ったばかりの頃、二人で笑いあっていた頃のように……。
「殿下! 危ない! みんな、殿下をお守りするんだ!」
気付くと、視界が真っ暗になっていた。私の身体を誰かが押し倒す。目の前にいたのは、さっきまで遠くに見えていたデカブツの魔族で。
爬虫類によく似た口がパカっと開いて、私に襲いかかってきていた。
──ビチャ
「えっ」
ビチャビチャビチャビチャ
突然の雨。
そんなわけはない。赤黒い、何かがビチャーーーーと私の体に降り注いでいた。
いや、液体だけじゃない。なんか、ベチャ……って、これ、肉片が……。
「……王太子殿下、ご無事ですか?」
逆光を背負って、聴き慣れた声。
「アルマ……」
アルマが、私を助けてくれた。
ああ、生きていたのか。そうか、丸呑みにされたから無事だったのか。
体内から、何かして、魔族の身体を裂いてやっつけて、脱出したんだな。
だから、こんな体液と肉片のシャワーが物見台に降り注いで……。
お前も、グチャグチャに赤黒い液体となんかよくわからないネバネバまみれになって、私に手を差し伸べているんだな……。
そうか……。
「……──グロい!!!!!!!!!!」
「あっ」
アルマの手を弾き落とした。
その時、何かの肉片がベチャ!と床に落ちて、飛沫が跳ねて私の頬にかかってゾッとした。
「……私、なにかしちゃいましたか?」
聖女アルマは、きょとんと首を傾げた。
ええい、髪から血を滴らせて、顔中に血塗れにして肉片を肩に乗せながらかわいらしい仕草をするんじゃない!!!!!!!
◆ ◆ ◆
ああ、聖女アルマは恐ろしい。
アルマの自己評価の低さは大体こいつのせいです




