20話 街に出よう②
「アルマ、いくらでも、何でも買ってくれ」
適当に決めた店だが、幸いなことに庶民向けの動きやすい衣類を中心に置いている店だった。
「ブリックからも金をもらっているんだ、この前の詫びだ」
「そんな」
本当に、もういいのに。
アルマは遠慮したかったが、このジェイドという男が案外しつこいことと、この事をとても気にしていることはよくわかっていた。
気を遣わせて申し訳ない気持ちは強かったが、着替えが多くあった方がいいのはその通りだし、二人の厚意はありがたく受け取っておこう。
そう思って、店内に所狭しと飾られた衣類を見ていくが、何をどう、選べばいいかわからなかった。
(そういえば、私、自分で服を買ったことがないかもしれない)
今着ているのは麻布でできたシンプルなワンピースだ。他に持っている服も似たようなものばかりである。
これは王宮にいた時に支給された服で、丈夫だからと気に入っていた。王太子の婚約者かつ、国の聖女ということでいかにも豪華で高そうなドレスも与えられてはいたが、あまり機能的ではなく、城から出る時に全て置いていってしまった。
どうしようか悩んで、チラリとジェイドを見る。どれがいいか、アドバイスをもらおうかと一瞬考えて、やめる。ジェイドも、同じような服ばかりを着ている男だ。大体いつ見ても黒い服を着てる。
ジェイドもアルマ同様、服飾には興味なさそうだ。
アルマはとにかく機能性の高い服を買おうと決めた。
「……それでは、今持ってる服と大差ないんじゃないか?」
「うっ」
「コレとか、いいんじゃないか」
アルマが買おうと腕に抱えた茶色いばかりの服に難色を示したジェイドが指差したのは、落ち着いた色合いの水色のワンピースだった。流行りの膝丈スカートに、襟元は白いレースのセーラー襟がついていて、可愛らしい。
「可愛らしすぎる……かと……」
「そうだろうか」
ジェイドは特に気にしていないようで真顔で首を傾げていた。
エレナなら似合いそうだなと思ったところで、彼がエレナの兄であることを思い出す。
(女の子の服の基準がエレナ基準なのかもしれない!)
「俺もそういうのはよくわからない。着てみたら合うかどうかはわかるだろう」
「え!?」
やんわりと否定したつもりが、ジェイドは暇そうにしてる店員を呼びつけて試着を依頼してしまった。
気だるそうな女性店員はジェイドの容姿を見るや否や、瞳を輝かせて甘ったるい声で「かしこまりましたぁ!」と駆け寄ってきた。
王宮にいた時は、職人や商人が城に来て採寸やら試着やらしてくれていたので、店の中で服を試着するのなんて初めてだ。
案内された狭い箱型の試着室の中でアルマは少し緊張した。
狭い部屋の中でドギマギしながら着替えて、壁に貼られた鏡を見る。
可愛らしい服だが、今のおさげ髪も相まって不思議なことによく似合ってしまっていた。気が強そうに見えるつり目だけが足を引っ張っている気がしたが、薄目で鏡を見れば、可愛らしい印象の女の子がいる、気がした。
「――……カノジョ? そういうのではないが……。ああ、着替え終わったのか」
試着室から出ると、ジェイドが女性店員にしなを作られていた。アルマが出てきたら、のっそりした動きで距離を取り、アルマに対しても営業スマイルを向けてくる。
(街中に美形が来るとこういうことになるのね……)
アルマが着替えている間、店員からすり寄られていたらしいジェイドは何も気にしていないようでいつもの真顔だった。
その真顔のままでアルマの服装をしばし眺め、やがて頷いた。
「よく似合っている」
「……ちょっと恥ずかしいんですけどね」
スカート丈も、いつものくるぶしまで隠すものに慣れてるからスースーして頼りない気がしてしまう。仕立て屋から近年のトレンドはこの膝丈だという話は聞いてたし、今日城下を歩いていても膝丈のスカートを履いた女性を多く見かけていたから拒否感はないものの、なんだか気恥ずかしさがあった。
「似合うなら問題ないな。買おう」
店員に服を指さして話を進めるジェイドにアルマは慌てる。かわいいけれど、買ってもこの服を積極的に選ぶことはない気がする。もったいない。恥ずかしい。
「あっ、で、でも、私、つり目だから可愛らしいのは似合わないと思っていて!」
「そんなにつり目か?」
ジェイドが背をかがめて、アルマの目を覗き込む。至近距離にきれいな翡翠の瞳があって、アルマはつい「わっ」とたじろぎ、近くにあった陳列棚にぶつかった。
「つり目といっても、目自体が大きいから、そんなに気にするほどではないと思うが」
「え、あ、あの、そ、そうですか!?」
「綺麗な目だ」
アルマが一歩後ろに下がった分、ジェイドも距離を詰めてきた。
試着室を案内してくれた女性店員の視線が刺さるようで辛い。棚にもぶつかってしまったし、いたたまれない。
「ずっとお前の顔はキツい、って言われていたから、私はキツいつり目なんだなー、って思ってて……」
「そう思うならそれは否定しないが。お前が気にするほどの印象は受けないぞ」
「あ、ありがとうございます」
「では、これは買おう。汚してもいい服が多い方が便利なのはたしかだ、さっき抱えていた服も買おう」
「あ、ありがとうございます」
「他にも、何枚かは街に着ていける服を買っておいたらどうだ」
「も、もう大丈夫です!」
真顔で詰め寄るジェイドに、アルマはもう限界だった。
ジェイドとしては「つり目と言われたから見てみた」だけで、なにも意識していないのだろうが、整った顔の異性にこうも間近に迫られるというのは、心臓に悪かった。
ジェイドは「そうか」と短く呟くと、店員に会計を頼みサッサと支払いまで済ませてしまった。
(け、結局、かわいい服を買ってしまった……)
レースの服くらいなら着たことがあるし、もっと派手だったり、豪華なドレスも着てきたけれど、こういった可愛らしさに振った衣類を着るのは、初めてだった。
胸元のレースの襟とリボンを手慰みにいじくりながら、アルマはぼーっとジェイドの後ろ姿を眺めていた。
◆ ◆ ◆
「――私! 着替えて、ない!?」
「それがどうした」
服屋から出て、しばらく歩き、小さな噴水のある広場までやってきたところで、ポーッとしていたアルマはようやく意識を取り戻した。
試着したまま、着替えていなかった。あの、可愛らしい水色のワンピースで外を歩いていた。
「別に都合の悪いことはないだろう」
「あ、あまり、こういう服は慣れていないので、落ち着かないというか……」
「……聖女アルマだとバレたくないんだろう? ならば、普段と違うその格好のほうが適切では?」
少し身をかがめて、ジェイドはアルマにだけ聞こえるように囁く。耳がこそばゆくてアルマは「ひゃ」と間抜けな声を出してしまった。
道行く数人が二人を振り向いて、またすぐにスタスタと歩いていった。
「……どこか触ってしまったか? すまない」
ジェイドが怪訝に眉を顰めるのでアルマは慌てて手を振った。
「いやっ、全然どこも、触ってはないんですけど!」
「そうか。……あまり大きな声を出すと、目立つぞ」
アルマは消えいりたい気持ちで、「はい」と小さく頷いた。
「すまん、俺が近づきすぎたせいだな。……気をつける」
「す、すみません……」
普通なら、耳元で喋りかけられるくらいどうってことないのかしらとアルマは思った。王宮に来てからは友達と遊んだことなんてなかったし、ましてや王太子の婚約者だったアルマが異性と近づくことはまずなかった。
村にいた時はエルクとそれこそほっぺたをくっつけ合って遊んでいたほどだったが、あれはお互い幼かったし、兄妹のように育ったエルクが相手だったので経験値には加算されないだろう。
たいしたことじゃないだろうに、過剰反応してしまった自分が恥ずかしくてしょうがなかった。
「……私、くすぐったがりやなのかもしれません」
「……以後、気をつけよう」
努めてまじめに言えば、ジェイドもまた真剣な面持ちで頷いてくれた。
「アルマ、疲れていないか? どこか店に入ろうか」
「私は大丈夫です、ジェイド様の買い出しは?」
ジェイドは小さく首を横に振った。
「今日は買い出しはしない」
「? そうなのですか?」
「今日はお詫びのつもりで来たんだ。俺の用事をついでに済ませはしない」
ジェイドはアルマの目を見つめ、碧の瞳を細めて微笑んだ。
柔らかな笑みにアルマは胸がどきりとするのがよくわかった。
「行きたいところがあれば、どこにでも行こう」
「え、えと、ありがとうございます……でも、本当に前のことは気にしないで欲しいし、今日も、もう十分ですよ」
「そうか? 遠慮はするなよ」
「……じゃあ、何か、甘いものでも」
本当は、もうこのまま西の森に帰っても構わなかったのだが、ジェイドの気持ちに報いたいと思ったアルマは広場の傍にある小さなカフェを指さした。
お詫びデート(?)回、書いてたら長くなってしまいました…次回で終わりです。




