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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第二章 都市バライラの英雄譚

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第二十五話 半顔の魔女アダマリア④

 拘束を振り解き、戦闘態勢に入ったランベールを、アダマリアは化け物を見る目で睨む。


 アダマリアはわかっていたつもりだった。

 今回の主要戦力をほぼ単騎で潰して回っている男が、化け物のような存在であると。

 だが、それでもまだ認識が足りなかったことに気づかされた。

 目前に立つ男は、化け物以上の何かであった。


「もう駄目だ! せめて、アダマリア様をお守りしろ!」


「我々が時間を稼ぎます! アダマリア様は、この事をマンジー様に……!」


 杖を構え、ランベールの前にアダマリアの部下の二人が立ち塞がる。


 アダマリアは、ランベールとは反対側に逃走を始めた。

 アダマリアははっきり理解していた。

 此度の襲撃の成否は、目前の鎧剣士を殺せるか否かに掛かっているということを。

 あの鎧剣士が生きている限りは、時間の経過とともにこちらの戦力が削られるだけである。

 一刻も早く、マンジーに対処してもらう必要があった。


 ランベールが無言で大剣を構え直した。


「間合いに入られるな、そこが俺達の限界だ」


 二人の後ろに立つ男が、彼ら二人へと忠告を促す。

 問いかけられた方が、ランベールを睨みながら頷く。

 いつの間にか、大剣を斜めに振り上げたランベールが目前まで迫ってきていた。

 勇ましい自己犠牲の言葉を口にしていた彼らの喉奥から、悲鳴が上げられる。


 ランベールが振り下ろした大剣の前に、二人の上体が纏めて飛んだ。

 宙に投げ出された上体が地面に落下し、切断面から夥しい量の血を流す。

 杖を構えているアダマリアの部下の最後の一人が、震える杖先をランベールへと向けながら、ジリジリと後退する。


「あ……あ……」


「どうした? 撃たんのか?」


 男とランベールの距離は、まだ開いている。

 完全に魔術師の間合いであった。


 一番の好機は、ランベールが前の二人を斬った瞬間であるはずだった。

 それを、男はあっさりと逃していた。

 しかし今からでも、魔術師に有利なこの間合いならば、まだ勝機はあるはずだった。

 この距離ならば、常人の剣士が接近するよりも先に、二回は魔術を行使することができる。


 男は心臓を鼓動を落ち着けるように意識した。

 息を止め、乱れる精神を少しでも落ち着けようと意識ながら、杖先をランベールへと向け続ける。


「う……う……うわぁぁぁっ!」


 男が杖を投げ捨てて、アダマリアとは別の方向へと逃げ出した。


(鎧の剣士は必ず、頭格であるアダマリア様を狙う……!)


 ならば自分は逃れられるという、卑劣な考えであった。 

 しかし、一概に責められるものではない。アダマリアと逃走すれば、二人纏めて叩き斬られることは間違いない。

 立ち向かっても意味がないのは前の二人が証明済みであった。


「無様だな。貴様が選べるのは、死に様だけだったというのに」


 それを甘えと断ずるランベールは、ある意味で傲慢であった。


 声で、なぜか鎧の剣士が自分の方へと向かってきていたことを知った男は、悲鳴を上げた。

 大剣を軽々と片腕で操る。

 籠手の腕を大きく伸ばし、巨大な凶刃が男の背から心臓を貫き、そのまま骨と右肩を切断して上から抜ける。

 絶命した男を蹴り飛ばして素早く方向転換し、続けて最後の一人となったアダマリアを追う。


 アダマリアは、何もないところで大きく転んだ。

 何事かと思えば、自分の膝が痙攣しているのがわかる。

 恐怖のために足が動かなかったのだ。


「フ、フフ……この私が、恐怖を……フフ……。まるでこれでは、小娘ではありませんか」


 アダマリアが小声で自嘲的に呟く。

 死は既に悟っていた。転んだことを惜しいとも思わない。あそこから逃げるのはどう足掻いても不可能であった。


 ランベールは大剣を構え、アダマリアへと接近する。

 アダマリアは地に両膝を付けたまま、杖先をランベールへと向ける。

 次の瞬間、アダマリアの視界の天地が逆転した。

 腕に激痛が走り、杖が飛んでいく。鞘で腕を掃われたのだと、遅れて気が付く。

 その後、ミシリと腕から音が鳴る。ランベールの膝が、アダマリアの腕の関節を押さえ付けていた。

 明らかに骨が潰れていた。


 ランベールの大剣が、アダマリアの鼻先へと突きつけられた。


「マンジーとやらが、貴様らの頭らしいな。このことをマンジー様に、お伝えください……か? どうやら貴様の言っていた蟲とは、自在に使えるのではないようだな」


「……殺しなさい。悪いけど、情報を吐くほどヤワじゃありませんよ」


 そう言ってアダマリアは、自身の顔の右半分、その皮の剥がされた異形の容貌を示す様に手を当てる。


「王国異端審問会に捕まった時のものですよ。ですが、私は白を切り通し……最終的には、逃げ出すことにまで成功した!」


 王国異端審問会とは、禁忌魔術の研究と行使を目的とした魔術組織や魔術師の根絶を目的に設立された、禁忌魔術組織である。

 悪を以て悪を制する、この矛盾した方針を掲げた組織は、王国内でも他の追随を許さぬ高位魔術師達の集まりによって結成されている。

 審問官の情報は秘匿されているが、死刑囚が顔を変えてその一員を務めている、国王の指示で不老を研究していた代がある、冤罪で領地一つ焼き潰したことがあるなど、やや黒い噂のある組織である。

 ただその活躍は大半が表に出ないものの多く、『笛吹き悪魔』も敵視していた。


 一度捕まれば、冤罪であると後で判明しても決して生きて逃れることはできないとされていた。

 しかし、アダマリアは『笛吹き悪魔』内でも拷問に対する訓練は充分に仕込まれていた。

 度重なる拷問を前にもひたすらに憐れな巻き込まれた一般人を装い続け、ついに冷酷な異端審問官の油断を誘い、彼らの魔の手より逃げ遂せた実績があった。

 

 ランベールが、兜鎧を持ち上げる。


「えっ……あ、あ……」


 荘厳な鎧兜に覆い隠されていた、禍々しい骨の頭部が露わになる。

 空虚に空いた眼窩の奥に、赤々と憎々し気に燃える災禍の光。

 その光が、アダマリアを真上から睨んでいた。


「繊細な作業は昔から苦手で、拷問は得意ではないのだが。こういったことは、グリフの方が長けていたな」


 アダマリアには、何がなんだかわからなかった。

 アンデッドが、ここまで意思を残していること自体、信じられなかった。


 しかし、一つわかることがあった。

 顔を晒した以上、解放をチラつかせて情報を出させるような甘い真似をするつもりはなく、単純な暴力と苦痛で情報を吐かせるつもりであろう、ということである。

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