第二十二話 死霊の群れ⑦
『笛吹き悪魔』の八賢者が一人、死霊術師のマンジーは、都市バライラの冒険者ギルドを襲撃して冒険者をアンデッドへと変え、アンデッドを操るための己のマナから生成した漆黒の水晶――死黒水晶――を部下に持たせ、都市の各地区でアンデッド騒動を引き起こしていた。
ランベールと別れたロビンフッドの向かった先でも、アンデッドと化した冒険者達が領民達を襲撃していた。
ロビンフッドは、アンデッドの群れを愛馬であるセラフに跨って突き進む。
前に出て来たアンデッド冒険者を、セラフの蹄が蹴飛ばして退かせる。
セラフの側面から剣を振りかざしてきたアンデッドの男の腕を、ロビンフッドは的確に矢で射抜いた。
何も握っていない腕を大振りした男の肩へと、ロビンフッドは馬の走力を利用して後方へと蹴飛ばした。
「こんな規模のアンデッドは初めて見たが、あまり気分のいいものではないな。戦っていて楽しい相手でもない。ただただ不愉快だ」
ロビンフッドは、離れた位置に立つローブの男を睨む。
男の腕には、アンデッドを操る死黒水晶が抱えられている。
アンデッド達は、男を中心に渦を巻くように配置されていた。
男を守る布陣になっていることは明白である。
ロビンフッドはアンデッド冒険者に背後を取られないよう、布陣の隙を突き、掻い潜るように、男の周囲を回りながら接近していく。
接近しながら、アンデッドの脚や首に矢を放ち、真っ当に動ける敵の駒の数を減らす。
「まるで迷宮探索だな。大した布陣だよ、オッサン。だけど、俺が来ちまったのが運の尽きだったな」
そこまで言って、ロビンフッドは自嘲気味に笑う。
「……いや、お前はまだ運がいいか。よかったな、来たのが俺の方で」
「ば、馬鹿な……なぜ、なぜこれだけのアンデッドを使って、ただ一人が捉えきれぬ! まだこんな男が残ってたのか!」
ローブの男が、死黒水晶を曇天へと掲げる。
黒い輝きが不気味に広がる。
強くマナを込めたのだろうと、ロビンフッドにはわかった。
水晶の輝きが活性化するのと反比例し、男の顔色は悪くなっている。
表情も苦し気である。
「アンデッドよ! 早く……早くあの男を、亡き者にするのだ! こんな失態、認められるか! マンジー様に、なんと、なんと申し開きすればよいのか……!」
男は声を震わせ、わなわなと叫ぶ。
男にとって主のマンジーとは、崇拝というよりは、恐怖の対象であるようだった。
「悪いな。お前達の都合には、興味がないものでね」
ロビンフッドの弓から放たれた矢が、真っ直ぐに掲げられた死黒水晶へと向かう。
男が慌てて水晶を下げようとするが、遅い。
矢が死黒水晶を貫通した。水晶体に罅が入り、幾つもの破片となって散らばった。
周囲のアンデッド達の動きが鈍化し、次々に前のめりに倒れていき、動かなくなっていく。
「き、キサマ……っ!」
「的を見えやすく掲げてくれるなんて、随分とお優しいんだな。お前に続いて地獄に送っておいてやるから、怖い上司とやらにこってり絞られるといいさ」
肉の盾を完全に失った男へと、ロビンフッドの第二の矢が飛来する。
矢は男の胸部を穿ち、身体を宙へと弾き上げる。顔から地上に落下した男が、身体のあちこちを打ち付けながら回って血を撒き散らした。
(……さすがに、ちょっと疲れたな。しかし、死操術、か。気に食わない魔法だな。あの黒い水晶、破片が残っているのが気にかかるな。完全に破壊しておいた方がいいのか?)
死操術の研究は国法で固く禁じられているため、かつて冒険者の都バライラの頂点であったロビンフッドも、死操術に関しては全くの無知であった。
通常時ならばそれで不便はないが、こうして相手取ったときに情報が少ないというのは、戦闘において大きく不利に働く。
ロビンフッドは死体の山の中、セラフから降りて男の亡骸へと歩み寄った。
男が何か、死操術に関して記した魔導書の様なものを持っているかもしれない、と期待したのである。
ロビンフッドは屈んで男のローブを漁った。しかし、さして参考になりそうなものは見当たらなかった。
(ま、都合よくそんなものは見つからない、か)
ロビンフッドが溜め息を吐いて立ち上がろうとしたとき、愛馬のセラフが殺気立っていることに気が付いた。
ロビンフッドを睨み、フー、フーと、興奮気味に息を荒げる。
「どうしたセラフ? 混乱、幻影の類か?」
セラフがロビンフッドへと飛び掛かってくる。
その様子に驚いたロビンフッドが慌てて立ち上がろうとすると、死角から何かに肩を喰らい付かれそうになった。
咄嗟に身体を捻り、腕を庇う。
弓の射者として、肩を持っていかれるわけにはいかなかったのだ。
半ば本能的な行動だった。
そのおかげで肩は守ることができた。
しかしその代償に、腹部を噛まれた。
歯の表面がゴリゴリとロビンフッドの身体を抉り、執念深く磨り潰す。
「がはっ……く、くそっ!」
目を向ければ、噛みついてきたのは、先程のローブの男だった。
目は虚ろであり、胸部からは先ほどロビンフッドが放った矢が生えている。
男には、死後に自身をアンデッド化する魔法が掛けられていたのである。
ロビンフッドは動揺を押し殺しながら男の頭を押さえ、引き剥がそうとする。
だが思いの外力が強い。
ロビンフッドは膝で男の頭部を蹴り飛ばす。
首の骨を折った手応えがあった。
男の頭部が後方へ下がったことで、男の噛んでいたロビンフッドの腹部が喰いちぎられた。
完全に不意を突かれた。
未知の魔法を操る相手を前に油断した。
ロビンフッドは自身の軽率さに舌打ちをした。
距離を取るべく立ち上がろうとしたが、下がった分と同じだけローブの男が地を這って接近してくる。
他の量産型よりも、ずっとしつこい。
弓の間合いならば対処も容易かったのだが、ここまで接近してしまったのが運の尽きだった。
男は再びロビンフッドへ組み付く。
そこへセラフが、頭を下げて突撃してきた。
セラフの頭突きが、ロビンフッドと男を、別々に左右へ弾き飛ばした。
ロビンフッドは前転して受け身を取って立ち上がり、弓を拾って素早く男へと矢を射た。
男の額から下腹部に掛けて、ロビンフッドの矢の嵐が一列に突き刺さった。
さすがのアンデッドもこうなっては無事では済まない。
ぐるりと目玉が回り、膝を折ってその場に倒れた。
「ありがとよセラフ、いつも助けられてばかりだな」
ロビンフッドは己へと首を伸ばすセラフの顎を、丁寧に撫でる。
それから自身の腹の傷へと目を落とす。
血が滴っている。手で押さえて止血を試みるも、範囲が広すぎる。
「ここでリタイア……か」
ロビンフッドは建物を背に、座り込んだ。
はぁ、と溜め息を吐き、遠くへ目をやる。
モンド伯爵の館から、火が上がっているのが見えた。
「……っていうわけにはどうにも、いかないらしいな。なに、一石二鳥だ。無理してだって、出張る意味がある」
ロビンフッドは立ち上がり、呼吸を整える。
そしてセラフへと跨り、燃える伯爵邸へと向かった。




