第九話 領主モンド伯爵①
アルバナ、首なし馬と合流したランベールは、都市バライラへの道を進んでいた。
ランベールは首なし馬に跨っていたが、走らせず歩かせ、盲目のアルバナにペースを合わせていた。
首なし馬はランベールの見込み通り、金属塊に等しいランベールを乗せて平然と歩くことができた。
ランベールが生前乗っていた馬には及ばないにしても、八国統一戦争時代のレギオス王国の軍馬に劣らぬ大柄である。
ランベールは都市アインザスでは自分を乗せて走れそうな馬がおらず落胆していたのだが、首なし馬がランベールを乗せて歩くことができたため、内心大喜びしていた。
「ふむ、悪くないな……」
ランベールにそう言われた首なし馬も、内心満更ではなかった。
首なし馬はランベールに怯えていたが、ランベールは一戦を交えた後は敵意を見せず、態度からは賞賛が伝わってくる。
人と同様、獣も、強大な存在に惹かれるものである。
その相手が自分を評価してくれているとなれば、そこに拍車が掛かるというものである。
ランベールがただ跨っているだけであっても、道を進むにつれて首なし馬はランベールに懐いていっていた。
元来感受性豊かな性分であるアルバナはそのことに気が付いた。
感心した様に「ほお」と漏らす。
「剣士様は、凄いですね。人、獣、果てはアンデッドにまで通じるカリスマをお持ちのようで。時が時ならば、一国の王にも成れたでしょうに」
アルバナがそう言うのを聞いて、ランベールがぴたりと動きを止めた。
無意識のうちに瘴気が漏れ出しそうになり、ランベールはすぐに気を引き締め、誤魔化す様に首を振った。
「いえ、本当に。なぜ一人で旅をしていらっしゃるのか、私には不思議なほど…………剣士様、どうなさいましたか?」
ランベールが命を落としたのは、その圧倒的なカリスマ性故のことである。
その気になれば新レギオス王国の王冠にいつでも手が届く立場にいたランベールは、それがために元親友であるグリフから討たれ、大英雄から大罪人へと転落することとなったのだ。
「いや、なんでもない」
「……何か、考え事をされていたようでしたが?」
アルバナはやや迷う素振りを見せてから、そう口にした。
深く訊かないべきかどうか、悩んだのだ。
「馬の名前を考えていてな」
ランベールはさっきまでの雰囲気が嘘の様に、ぶっきらぼうにそう返す。
アルバナはそれが嘘だとはすぐにわかったが、それ以上は何も訊かなかった。
「それはいいことですね。これからご自分の馬とされるのでしたら、名前は必要でしょう。最初に自分の馬にすると言い始めたときは……その、正直ほんの少し正気を疑いましたが……いえ、こうして落ち着いてみると、案外その子、可愛いらしいところもありますからね」
「俺が見込んだ馬だからな」
それにランベールは、アンデッドである今の自分に相応しい馬だとも考えていた。
アンデッドがアンデッドの馬を拾うなど、なかなかあることではない。
おまけに両者とも錯乱状態ではなく、高い水準で自我を保っている。
これほどまでに自我を保つアンデッドの存在は非常に珍しい。
ランベールも、馬との間に運命を感じていた。
アンデッドが自我を保つためには、意志と未練とマナ、この三つの強さが重要視される。
通常、マナは所有者の死後に肉体の外側に分散する性質を持っているのだが、未練が強ければ強いほど内側に固まり、骨に残るのである。
死操術の大半は、その残留のマナを利用して死体を操るのである。
とはいえ自身を制御する意志がなければ思考を保てず、ただ術者の言いなりになる殺戮人形へと成り果ててしまう。
故に、意思と未練とマナの強さが、アンデッドがどの程度自我を保てるかを分ける。
その点からいっても、首なし馬が非常に優れた名馬であることは間違いなかった。
余談ではあるが、他のアンデッドが自我を保つための重要な要因として、死んでからの経過時間も挙げられる。
骨に宿るマナが変異したり、分散したりしてしまい、原型を失ってしまうからである。
死後五十年経過していたにも拘らずただ暴れるだけのアンデッドへとならなかった馬の方もそうなのだが、二百年経ってからアンデッドとして動かされてすぐさま生前ほぼそのままの自我を取り戻したランベールは、はっきりと規格外であった。
「剣士様、それで、名前は、何に決めたのですか?」
「む……?」
まったく考えていなかったので、本当に訊かれると困りものである。
アルバナはランベールが面食らったのを見て、しまったと冷汗を垂らす。
アルバナとて、ランベールが何かを誤魔化したのだということはわかっていたのだ。
それでも、話の流れで、会話を繋ぐために訊いただけで、困らせてやろうという意図は全くなかった。
こう詰まられては、互いに気まずさだけが募るばかりである。
「……ショコラ、というのはどうだ?」
咄嗟に、ランベールはそう口にした。
アルバナが顔を歪ませたのを見て、「黒いからな」と言い訳程度にそう添えた。
「……いえ、確かにこの馬に可愛らしいところもあると言ったのは私ですが……さすがにショコラは似合わないのでは……?」
アルバナが遠慮がちに言う。
もっともな言葉であった。首なしの巨馬にショコラというのは、あまりに沿わない。
「む、むぅ」
「ナイトメア、というのはどうでしょう? 元々、『悪夢の大馬』と恐れられていた怪馬ですからね」
「ふむ……候補に入れておこう」
アルバナが自身の口許を押さえて小さく笑う。
「しかし、馬もそうですが、剣士様にも案外可愛らしいところがおありですね。まさか……その身なりで、ショコラという言葉が出てくるとは……いえいえ、決してからかっているわけではありませんよ! ただ、ショコラ、お好きなんですか?」
「…………」
ランベールは何も答えなかった。
ショコラ……チョコ菓子は、かつての主君、オーレリア殿下の好物であった。
もっともオーレリアは禁欲的な性格であった上に、王座を狙う大公を牽制するために男と偽ることを徹底していたために女々しく見られかねないものを避けていたこともあって、チョコ菓子を口にすることは滅多になかったのだが。
ランベールにとって、すべて終わった後の、遠い過去の想い出である。




