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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第一章 蘇った英雄

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第三十九話 オーボック伯爵⑧

オーボック邸、二階層の奥には、執務室がある。

 そこの扉を、ランベールの大剣が両断した。

 板切れの様に破壊された分厚い扉が、部屋側へと倒れる。

 だが、すでにそこに伯爵の姿はなかった。


 ランベールの後を、そうっとアルメルが付いて来る。

 彼女は、今更ランベールから逃げられるとも思っていなかった。

 下手な真似をすれば、この場で叩き斬られるのはわかりきっている。


「ここにいなかったら、地下室か……或いは、既に逃げてしまったか……」


 ランベールは無言でつかつかと部屋の奥へと進んでいった。


「それは間違いだな。他の兵の反応からして、二階層に伯爵がいたことは間違いない」


 それにランベールは、姿こそ早々に晒したものの、その分一直線に伯爵の元へと向かった。

 逃げる時間など、ほとんど与えたつもりはなかった。

 それでもオーボック伯爵が姿を晦ましたのには、オーボック伯爵が万が一に考えて、逃げ支度を整えていたからだと考えられる。


「どちらにせよ、取り逃がしたわね。確かに貴方は化け物だけど……オーボック伯爵も、別の方面で化け物よ。いくら腕が立とうと、たった一人で仕留められるような相手じゃない。……私も貴方も、ここまでね」


 警戒したオーボック伯爵は、今まで以上に守りを固めることだろう。

 ランベールやアルメル相手に、暗殺者を送り続けることも目に見えている。

 その被害は二人だけに留まらず、周囲を捲き込んでいくことになる。

 いくらランベールが優れた剣士であろうとも、二十四時間命を付け狙われ、周囲の命も危機に晒されていては、いずれは疲労し、命を落とすことになるだろうと、アルメルは考えていた。


 ランベールがこの場でオーボック伯爵を追い詰めることができれば、勝ちの芽はあったのかもしれない。

 だが、長期的な小競り合いになれば、オーボック伯爵の私財、権威、すべてを敵に回すことになる。

 とても一個人に太刀打ちできるものではない。

 この場で、決着を着ける必要があったのだ。


「見つけたぞ」


「えっ?」


 ランベールの剣が、部屋奥の本棚を叩き潰した。


「な、なにを……」


 アルメルは言葉を続けようとして、口を噤んだ。

 本棚の破片が、床の底に落ちていく。執務室の奥に、隠し扉があったのだ。


「いつの世も、権力者は同じことを考えるのだな」


 ランベールが床下に開いた穴を睨みながら呟く。


「いつの世……?」


「アウンズ王国の王も、本棚を隠し扉にしていたものだな。追い詰めたはずの権力者が急に消えることは、度々あった。影武者を置き、兵の鎧を纏う者もいたな。ひとたび剣を振るえば、そこらの将軍よりよっぽど腕の立つ者もいた。魔法を駆使して道を塞いだり、牢の魔物を放ち、混乱を生んで逃げようとした者もいた」

 そう言い、ランベールは大剣を担いだ。


「だが、俺が取り逃がした相手は、ただの一人もいない」


 アルメルは凄まじい悪寒を感じ、その場に思わず膝を突いた。


 オーボック伯爵もまた化け物なのだと、彼女は先ほどそう零した。

 だが、間違いであったと気が付いた。

 アルメルには、ランベールの言っている意味はほとんどわからなかった。

 しかし、経験の差の、格が違う。そのことだけははっきりと理解していた。


 オーボック伯爵がここまで追い込まれたのは、これが初めての事であった。

 しかしランベールがここまでオーボック程度の人間を追い詰めたのは、決してこれが初めてではなかった。


「案内ご苦労だったな。どこへなりと逃げるがいい。一つ忠告しておいてやろう。貴様は、剣を握る道には向いていない」


 ランベールは、穴を塞いでいた本棚の上へと跳んだ。

 圧倒的な質量が本棚を押し潰し、ランベールの姿が隠し通路の先へと消えた。

 凄まじい破壊音が響き渡る。


 しばしその場で呆然としていたアルメルであったが、震える足で、ゆっくりと隠し通路へと近づいた。

 先程までは一刻も早くこの場を離れたい一心であったアルメルであったが、事の顛末を見届けなければならないという、義務感の様なものに駆られたのだ。


 狭い通路の内部は傾斜になっており、滑りながら降りられるようになっていた。

 大型鎧にはいくらか狭かったため、周囲の石壁を削り飛ばし、火花を散らしながらランベールの身体を下へ下へと運んでいた。

 途中、ランベールは、直角の手前で大剣を持ち替えて壁に押し当てて減速した。


 曲がり角の先で、突如ランベールの身体が投げ出される。

 先には通路が続いていたが、ランベールの着地地点には、上を向いた槍が何本も固定されていた。


 追手を殺すための罠である。

 通路にある罠の上を塞いでいた板を取り外すと、槍がせり上がるようになっていたのだ。

 オーボック伯爵が自身の通過後に作動させたのであろう。


「警戒していたが、躱すまでもないな」


 ランベールは敢えて軌道を変え、真っ向から罠の上へと落下した。

 槍の刃が魔金オルガンの鎧の前にへし折れ、砕け散った。

 そのまま罠の上で身体を丸め、罠を押し潰しながら受け身を取って素早く立ち上がる。

 石壁に覆われた、大きな長い通路があった。

 ランベールはまだ新しい足跡を見つけ、通路の先を睨んだ。


「思ったよりは手間取ったか」

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