第二十七話 地下迷宮の主⑬
「そう睨まないでおくれよ、怖いじゃないか。お互い、レギオス王国に尽くしたのに、裏切られて殺された仲じゃないか」
ドーミリオネはそう言うと、わざとらしく肩を竦ませた。
「お互いだと?」
「そう、そうともさ! ああ、ボクとキミのどちらかが欠けていたら、八国統一戦争で失くなっていた国はレギオス王国だったはずなのに! なのに、なのに、あの恩知らずのバカ王女は、用が済んだらとっとと首を取りに来るんだから!」
「貴様と一緒にするな」
自分の功績を熱弁するドーミリオネに対し、ランベールは淡々とそう返した。
ランベールの言葉には殺意が込められていたが、ドーミリオネはそれを意に介さずにぺらぺらと口を開く。
「同じ、同じさ。ボクを戦力として期待していないのならば、もっと早くにキミをボクの元へ送っていたはずさ。違うかい? キミだって、マキュラス王国がほとんど降伏待ちになってから、あのバカ王女にグリフを仕向けられたんだろう? ほうら、同じじゃないか!」
「……殿下は、他国の王族の残党が俺の名を利用し、再び戦いを始めることを危惧しておられたのだ。そうなれば、また何万の兵が死ぬ。これ以上犠牲を増やさぬように統治を進めるためには、必要なことであったのだ。殿下への侮蔑は許さぬ」
レギオス王国は八国統一戦争において他国を降伏させ、ウォーリミア大陸西部統一への道を進めてきた。
しかしレギオス王国の傘下となった他国の王族や貴族の残党の中に、不穏な動きが確認されている者達もいた。
オーレリアの秘密や、下手をすれば王よりも高い民衆からの支持を得ていたランベールの存在は、彼らの付け入る大きな隙になりかねなかった。
一国を統べる王としては情よりも王座と民の暮らしを守ることを優先するべきであり、オーレリアの決断も彼女の見えていた状況からならば、妥当なものであったのかもしれない。
ランベールはアンデッドとしての生活を送る中で、そういうふうに答えを出し、自分を納得させていた。
「俺は、自分の死に納得している。貴様はただの邪悪だ、ドーミリオネ」
だがドーミリオネは、ランベールの言葉を受けてもまるで調子を崩さない。
相変わらず、愛らしい顔に不気味な笑みを浮かべていた。
「違うね。だったらアンデッドになんてなりはしない。ランベール君、キミは決して忠臣なんかじゃない。薄汚い欲望と、嫉妬と未練の権化さ。分不相応な夢を見て、叶う直前に順当に裏切られて、未だにバカ王女を幻視して。だから現世に縛られる」
「違う」
「違うのはキミさ。アンデッドの研究を長く続け、キミのことをよーく見てきたボクだからこそ断言できるね」
ランベールが口を開けようとしたとき、ドーミリオネがそれを遮るように言葉を続けた。
「それに、本気でそう思っているのなら、ボクになんて言い訳せずとも、黙って叩き斬ればよかったんだ。前回同様ね」
「それは妙案だな」
ドーミリオネが人差し指を上に立ててしたり顔でそう口にした瞬間、ランベールの手から大剣が放たれた。
ドーミリオネがわずかに目を瞑った刹那のことであった。
大剣はその見掛けに反してとんでもない速度で風を切り、轟音を立てながらドーミリオネの下腹部へと直撃した。
ドーミリオネの小さな体躯が後方へと飛び、そのまま壁へ叩きつけられる。
ドーミリオネの身体が剣に串刺しにされて浮き、だらんと手足が垂れる。
腹部がひしゃげ、口と鼻から黒い液体がだらだらと流される。
「あは、あははは。怒った、怒った怒ったぁ! 図星だったんだ!」
ドーミリオネの顔ががくんと持ち上がり、液体の流出を抑えるように歯をくいしばりながら笑う。
顎は真っ黒に濡れ、正体不明の液体が滴っていた。
ランベールは走って距離を詰め、鎧の手でドーミリオネの顔面を殴りつけた。
首がへし折れる音が響く。
力なく垂れた顔にすでに生気はない。
だが、これだけではドーミリオネ相手では安心できない。
ランベールは身体を回し、ドーミリオネの頭を目掛けて蹴りを放った。
ドーミリオネの身体がぐにゃりと歪み、剣をすり抜けて地面へと落ちる。
外れた回し蹴りは壁を揺らし、大きな穴をへこませた。
ドーミリオネは折れた首をそのままに地面を這ってランベールから離れ、起き上がる。
腕で頭を掴んで元の位置へと戻し、二マリと口元を歪ませた。
「ああ、痛かった。三回くらい死んじゃったかと思ったよ」
「化け物め、痛覚などとうになかろうに」
「残念だったね、ちゃんと残してあるよ。痛いのは嫌いじゃないから」
ドーミリオネは自らの胸部に指を突き立てて服に穴を開け、そのままガリガリと爪で削って肉を抉り、深くまで突き刺していく。
しばしうっとりとした表情を浮かべていたものの、すぐに何事もなかったかのように指を引き抜き、顔つきを元に戻す。
「さて、落ち着いたかい? そろそろ認めなよ。キミはあの、オーレリアを恨んでるんだろう? だからアンデッドになった。そのことから目を逸らしたいから、なんだかんだと他の理由を取り繕って、今更このボクをまた殺しに来たんだ。手に取るようにわかるよ、キミのことは」
ランベールは壁に刺さっていた大剣を引き抜いて構え、ドーミリオネへと向かって駆けた。
ドーミリオネはランベールが攻撃態勢であることなど気にも留めない様子であった。
ゆっくりと瞬きをし、それから腕を左右に大きく伸ばす。
「似た者同士、仲良くしようじゃないか。ボクとここで永遠に傷の舐め合いをしようよ。キミの願いなら、ボクの力の及ぶ範囲で叶えてあげたっていい。その代わり、ボクの騎士になって、ボクのことを守っておくれよ。どうだい、素敵だろう? ボクは結構、本気でキミのことを気に入っているんだよ。よく冗談か本気かわからないって言われるから、もしかして伝わってないのかな? もう少し言葉を重ねさせてもらった方がいいのかな? ボクって口下手だしね。今の姿もさ、凄くボク好みだよ。ほうら、その兜を取って、もっとよく顔を見せておくれよ」
ランベールはドーミリオネの言葉を完全に無視し、ドーミリオネの頭を目掛けて大剣を叩き振る。
ドーミリオネは身体を逸らすも回避が間に合わず、頭に大剣の直撃を受けた。
ドーミリオネは弾き飛ばされて壁に身体を打ち付けるが、悠々と立ち上がる。
ドーミリオネの頭部はランベールの大剣をお見舞いされたにも拘らず、特にこれといった外傷は残っていない。
身体こそ腹部に大穴を開け、手足は捻れ折れているものの、首から上はせいぜい口から液体を垂れ流している程度である。
全体の印象としてドーミリオネの様子に変化はなく、さしてダメージが入ったようには見えない。
(かなり力を入れたんだがな……)
「あぁ、痛い、痛いなぁ。構ってくれるのは嬉しいけど、そろそろ無駄だってわかったらどうかな? ボクは不死身なんだよ。ボクの身体は、二百年かけて魔術を重ね掛けしてきたもので……」
「わかりやすい弱点だな。本当に不死ならば、そこまで頭部を堅くする必要があったようには思えんが」
「……ふふっ、わかっちゃった?」
ランベールはアンデットとしての自分の核が、頭蓋の中心にあることをなんとなく察していた。
ドーミリオネもアンデッドに近しい存在であるのならば、本体が頭部である可能性は高いと、そう判断したのだ。
後はドーミリオネの首から下が頭に比べて脆いことを考えれば、おのずと答えは見えてくる。
「でもね、それを踏まえてボクは不死だって言ってるんだよ。ボクの頭を傷つけたいのなら、後百回くらいはその大剣でぶっ叩いてみる必要があるんじゃないかな。ボクだって大人しくじっとしているつもりはないし、弱点への対策だって怠ってはいないよ」
それだけ言うと、ドーミリオネはくるりと宙返りをし、フレッシュ・ゴーレムの開けた穴の奥へと消えていく。
ランベールは剣を構え、ドーミリオネを追って穴へと飛び込んだ。
だがドーミリオネの姿はすでにない。
「まぁ、キミがそういう態度ならいいさ。キミが意固地で頑固者なのは知っているからね。いいよ、ボクは一途だから、キミがそんな態度だって、別に構やしないから」
通路にドーミリオネの声が響いた。
ランベールは意識を集中して罠に備えつつ、声の方へと駆け出した。
「キミの身体を砕いてバラバラにして、魂を封じ込めて、永遠にボクの好きなように弄らせてもらうよ。来なよ、ボクの全てを、二百年の集大成を見せてあげよう」




