第二十四話 無貌の悪意⑪
「羽虫を最優先で警戒しろ。アンデッドの口が開けば、全力で今いる場所から離れよ。ジークに近づきすぎるな、奴の腕が一番速くて威力が高い」
ランベールは、クロイツとその部下達に警告を出した。
クロイツ達が頷くのを横目に確認してから、大剣を構えてジークへと駆ける。
クロイツ達ではジークと戦うのは無謀ではあった。
だが、ランベールはジークに対して、大きく手数で劣っていた。
それは王国兵団を用いて、操り人形の数を減らした今でも変わらない。
ジークとまともに戦うために、少しでも彼の気をクロイツ達に引いてもらう必要があったのだ。
ジークがその気になれば、クロイツ達を倒すことなど赤子の手を捻るようなものだろう。
だが、ジークとてランベールを相手取っている間は、そう容易くランベール以外へと意識のリソースを割く余裕はないはずであった。
ただでさえ今は前回よりも操り人形の数が減っているのだ。
ジークがクロイツ達を殺すために操り人形の精度を上げて動かしたり、肉触手を撃たせたりすれば、それはランベールに対して決定的な隙を晒すことに繋がりかねなかった。
「……まどろっこしい手ばかり取ってくれる。勝てないと思えば、ここまで平然と開き直るとは思っていなかったよ。だけど、いい加減、これで少しは戦う気になっただろう! これ以上お前がボクを失望させる前に、もう余計なことはできなくしてあげるよ!」
ジークはランベールへと無数の腕を放つのに合わせて、一体の操り人形に肉触手を撃たせた。
ランベールは肉触手が迫ってくるのとは逆側に目を向けた。
数体の羽虫が視界に入る。
ジークの狙いは羽虫の飛び交っている中へとランベールを誘導し、そこで羽虫を警戒せざるを得なくなったランベールに改めて追撃を放つことであった。
ランベールはジークの腕へと向き直り、駆ける速度を引き上げた。
「へえ、こっちに来るのかい。勝機が見えて、ちょっとはやる気になってくれたみたいだね」
ジークが感心したようにそう口にした。
今の状態からジークの腕へと真っ向から挑めば、対応が少しでも遅れれば側面から飛び込んでくる肉触手と羽虫の餌食になりかねない。
一度引いて、攻撃の密度の薄い方面から攻めるのが無難な手ではあった。
ランベールは大剣を振って迫ってくる腕の本数を減らすと、素早く地面を蹴って飛び上がり、腕の束の上へと乗った。
「なっ……!」
ジークは、ランベールの想定外の動きに困惑を露にした。
本来ならばジークは、ランベールにこの手のイレギュラーな行動を取られても、好きに対応することができたはずであった。
操り人形の群れがついていたので常にどれかは丁度いい位置におり、肉触手を撃ってランベールに退かせ、好きに仕切りなおすことが可能であったのだ。
だが、今は状況が違う。
この場に連れて来ることができた操り人形の数には限りがある。
また、その限りがある操り人形も大多数が他の王国兵団の連中に足止めを受けており、この場にいる操り人形もクロイツ達に妨害されているので好きな位置に配置することができずにいた。
ランベールは腕の束の上を駆ける。
魔金の超重量に踏まれた腕が、へしゃげて変形していく。
ジークは新たにランベール目掛けて腕を伸ばしたが、刃の前に斬り飛ばされた。
「いい狙いだよ、ランベール! ちょっとだけ驚かされたさ。でも、それだけだね!」
二体の操り人形が、ジークの左右に並んで大きく口を開けた。
「ニャハハハハハ! さぁ、果たしてその不安定な足場の上で、刃への耐性が高い肉触手に対応できるかな!」
クロイツが、操り人形の片割れの喉をレイピアで貫いた。
操り人形が目を回し、首から黒い液体を流して動きを止めた。
「よ、よし、片方は止められたぞ!」
ジークはそれを横目で確認し、目を見開いた。
「貴様! ボクとランベールの戦いを邪魔するなあっ!」
ジークは怒りのあまり、クロイツを睨みつけ、彼へと腕の一本を伸ばした。
ジークの腕は、背後に逃れようとしたクロイツの首を容易く捕まえて、高く持ち上げた。
「このまま握り潰してやる!」
ランベールはジークの意識が逸れたその瞬間を狙い、彼へと大剣を投擲した。
ジークはランベールが充分に接近してくるまでまだ時間はあるはずだと、そう油断していた。
「なっ……」
ジークの胸部へと、深々と大剣が突き刺さった。
そのまま大剣はジークを押し倒し、彼の身体を地面に串刺しにした。
「フ、フフフ、ちょっと油断しちゃったかな。でも、これくらい……」
ジークが大剣を引き抜こうとしたとき、彼の胸部にランベールが着地した。
ジークの身体が拉げる。口から大量の血を吐き出した。
「ラ、ランベール……!」
ジークが呻き声を上げる。
その額を、ランベールが拳を振りかぶって籠手を叩きつけた。
ジークの首が折れる音が響き、頭部が地面にめり込んだ。
続けてランベールは、二度、三度と殴り掛かる。
だが、頭にはわずかに罅が入ったのみで、それ以外の外傷を負ってはいなかった。
「ニャ、ニャハ、ニャハハハハ」
ジークが顔の周りの、己の血液を舌で舐め取った。
「これだけ丈夫なのはさすがだな」
ランベールは籠手で手刀を作り、ジークの首の付け根へと貫き手を放った。
「がぁっ!?」
肉が抉れ、手刀が貫通する。
頭部を破壊できないのならば、頭部と身体をまず切断してしまおうという考えであった。
ランベールが続けて腕を引いたとき、ジークの口から、夥しい数の羽虫が飛び出した。
ランベールは大剣の柄に手を掛け、ジークを蹴飛ばして彼から離れながら大剣を引き抜いた。
ランベールがさっきまでいた座標に、二方向から飛来してきた肉触手が衝突した。
ランベールとクロイツは、ジークから距離を取った。
ジークはゆらりと立ち上がり、折れた首を腕で抱え、元の位置へと支えていた。
「ニャハハハ、ニャハハハハハハ! 嬉しいよ、ランベール。ただの腑抜けになったわけじゃあないみたいだねぇ! これだ、この命の奪い合いこそ、ボクの求めていたものだ! ニャハハハハハハ!」
ジークが大きな口を開けて笑い出す。
「だけど、残念だったねランベールゥ! 時間切れってことさ。どうやら、ボクの手駒達がもう戻ってきたみたいだよ。だけど、ここで諦めるなんてつまらない真似はしないよね? さぁ、最後のお前の、魂の輝きをボクに見せてくれ!」
ジークが口にした通り、人の大群がこの場に押し寄せてきていた。
――だが、それはジークの手駒の操り人形ではなかった。
「あ、あれがこの事態を引き起こした死操術師なのか?」
「怯むな! こちらには圧倒的な数の利がある!」
向かってきたのは、他の場所にいた王国兵団の兵達であった。
明らかにジークの操り人形ではない。
彼らの数は百人近くであった。
「ど、どうして……? 馬鹿な、王国の兵は、散らばっていたはず……」
ランベールはジークへと大剣を向けた。
「当たり前だろう? 俺は貴様と戦う前に、伝令役の部隊を動かしていたのだ。貴様を殺すために、この場に急いで集まってほしいと、散らばった兵士達に伝えるためにな。これで最早、貴様に数の有利はない」




