第八話 王都への来訪⑥
「もうよい、お前に頼んでいては間に合わぬ」
ランベールは衛兵から顔を反らし、式典に訪れた人達の群れを掻き分けて強引に突き進もうとした。
押し出された人達が何事かと、ランベールへと非難の目を向けた。
「ま、待て! 何を考えている!」
衛兵は顔を青くし、剣の柄へと手を当てた。
必要とあれば剣を抜くぞ、という意思表明である。
衛兵はランベールの不穏な言動に彼を警戒しつつあった。
周囲もただ事ではないらしいと悲鳴を上げ、ランベールから距離を置き始めていた。
ランベールは軽く振り返って衛兵を尻目に睨み、すぐに前へと向き直る。
観衆を押し退け、前へ前へと歩みを再開した。
「道を開けろ、前に行かねばならん用事があるのだ! 俺は急いでいる!」
ランベールがよく通る声でそう叫んだ。
その威容に、離れた場所にいた者達まで次々に道を開けていった。
ランベールは二百年前はウォーリミア大陸西部中に名を知らしめた、レギオス王国最強の騎士である。
彼の振る舞いと言葉には、その重みと貫禄があった。
ある程度まで人の動きが広がれば、事態を察知していない者達も場の空気に呑まれ、周囲に合わせて道を開けていく。
あっという間に観衆で埋め尽くされていた場所に、大きな一筋の道が表れていた。
左右に割れたその中央をランベールが突き進んでいく。
ランベールと先程まで話していた衛兵は、目前の異様な事態に目を剥いていた。
何が起きたのか信じられなかった。
だが、すぐに自分の役目を思い出し、剣を抜いてランベールへと駆けていった。
「とっ、止まれ! 何をしでかすつもりだ! 止まれと言っているのが聞こえないのか? 聞き入れねば、命の保証はせんぞ!」
ランベールが少し歩みを遅らせる。
衛兵はその動きを警戒し、剣の柄を強く握り込んだ。
歩みを遅らせたのは、明らかに後方から迫る衛兵へと対応するためのものであった。
しかし、足を止めることはない。
目前の不審な剣士は迎え討つつもりだと、衛兵はそう判断した。
だが、この位置ならば、相手が剣を抜く前に死角から斬りかかることができる。
祝いの場で無闇に事を荒げたくはない。
鎧男も、何か意味があって不審な行動を繰り返しているのだろうという予感はあった。
しかし、相手が臨戦を望んだ以上、先手を打って斬りかかる機会を逃すわけにはいかなかった。
衛兵は地を蹴り、ランベールへと一気に距離を詰めた。
「悪く思うなよ!」
鎧の関節部を狙い、足に刃を突き立てるつもりであった。
腕を伸ばした。
剣が相手にあたったはずであった。
だが、衛兵の視界はぐるりと一回転し、気が付けば背面から地面に叩き付けられていた。
「あ、あがっ!」
衛兵は声にならない声を漏らす。
すぐに起き上がろうとしたが、足が上手く動かせない。
背と同時に、腰の周辺を激しく打ち付けていた。
顔を上げて、前を走っていく男の姿を目で追った。
既にランベールは、何事もなかったかのように前へと走り抜けていた。
ランベールは衛兵の伸ばした腕を掴み、素早く地面へと投げつけたのだ。
恐らくは相手を手っ取り早く無力化しつつ、かつ大事にしないためのものだった。
今騒ぎになれば、ランベールが前へと辿り着けなくなる。
周囲は衛兵が投げ飛ばされたというのに、それについてあまりに無関心であった。
あまりにランベールの動きが速すぎたために、多くの観衆はその動きを見切ることができなかったのだ。
何があったのかと疑問に思う声や、衛兵が派手にすっ転んだことを笑う声はあれど、それもさほど多くはなかった。
「た、只者ではない……。誰か、そっ、その男……を……」
衛兵は大声を出そうとしたが、その声も小さく、掠れたものになっていた。
背をぶつけた際に肺の空気が一気に抜けて、まともに話すことができない状態になっていたのだ。
無論、衝撃で立てなくなったのも、声が発せなくなったのも、ごく一時的なものに過ぎなかった。
しかし、ランベールはその間に、式典の舞台へと辿り着いていた。
木で造られた段の上に赤の絨毯が敷かれ、王族らが並んでいた。
そのすぐ周囲を衛兵達が囲んでいる。
衛兵達はランベールを目に、不安げに剣の柄へと手を当てて、すぐ抜けるように準備を行っていた。
賊にしては堂々としすぎている。
だが、このような演出があるとは誰も聞かされていないのである。
観衆達も、突然現れた全身鎧の男を不安げに見つめていた。
「式典前に何の真似だ!」
衛兵の一人がランベールへと叫ぶ。
ランベールは衛兵を無視し、王族の列に立つ、金の冠を被った男へと目を向けた。
髪は金髪に白髪が混じっている。
六十近いことは見て取れたが、背は高く、腰は真っすぐと伸びている。
その目は力強くランベールを睨みつけていた。
「貴方が、レギオス王国の現王であられるか」
男はランベールの言葉に、やや怪訝そうに眉を顰める。
自分の顔を知らない様子に疑問を思ったが、それ以上に現王という呼び方が気にかかったのである。
「如何にも、私がレギオス王国の王、レイニデルである。そなたは何者であるか? 一体何のつもりで……よりによってその鎧で顔を隠し、こうして姿を現したのだ?」
「さすがにご存知であられたか」
ランベールが呟く。
衛兵の中には、ランベールとレイニデルの会話を理解できない者もいた。
当然、レイニデルの問いは、ランベールがなぜ四魔将の鎧を有しているのか、ということであった。
「……その鎧、本物であるな? 間違いなく純魔金の輝きである。今の技術では純度の高い魔金を加工することはできぬし、一つの鎧のためだけに大量の魔金を使うだけの余裕がある者もおらぬ。」
レイニデルの言葉に、周囲の衛兵達がざわついた。
「キホーテの鎧は損壊し、ドーゼの鎧は宝物庫に保管され、ランベールの鎧はマキュラス渓谷に眠る。それは英雄グリフの鎧か? ただの悪戯では済まされぬぞ」
ランベールはその場に膝を突き、頭を下げた。
「……英雄グリフの鎧は『笛吹き悪魔』が所有している。この鎧は崖底に眠っていたランベールのもの。今は、それ以上は」
「なんであると……?」
「式典の場で失礼を働いたことを謝罪させていただく。しかし、訳有ってのこと。既にこの王都ヘイレスクに『笛吹き悪魔』の魔術師が入り込んでいる。陛下には、即刻避難していただきたい」
ランベールは観衆達にも聞こえるように、大きな声でそう宣言した。
ランベールのその言葉に、一層周囲のざわめきの声が大きくなった。
『笛吹き悪魔』はごく最近までは架空の組織とされていた。
だが、ここ半年にも満たない間にいくつもの都市で大きな騒動を引き起こし、どこの地も壊滅寸前まで追い込んでいる。
民衆にとって『笛吹き悪魔』とは、今や恐怖の象徴であった。




