第三十三話 首なし魔女ドマ⑦
ランベールはドマへと大剣を突き出す。
刃が肉を抉る。ドマの胸部に埋め込まれていた眼球が潰れ、零れ落ちた。
だが、刃は奥までは通らない。
ドマは背後へとふらふらと逃れていく。
そうしている間にも周囲からアンデッド達が迫って来る。
ランベールはシャルルを守るために一度引き、迫って来るアンデッドを斬った。
「ラ、ランベール……あれ、何なの?」
シャルルがドマを指差した。
ドマに埋め込まれた眼球の一部が、シャルルを向いた。
「脳を肉の中に埋め込んで、感覚器官を外付けしているのだろう。頭部は勿論……手足も、恐らく後付けしたものだ。頑丈だが、それだけだ。ダメージは通っている。動きも鈍い、すぐに殺し切る」
ランベールはそう言い、ドマを睨みつけた。
「あの珍妙な身体で、老いを克服したなどと宣うのは滑稽だな」
「黙れ……黙れ、黙れ黙れ黙れっ! あああああ! 役立たずのゴミ共め! 早く、あの男を殺しなさい!」
ドマの腹部の奇妙な口が動いて言葉を発する。
無数の目玉がぐるぐると回り、蠢いていた。
襲い来るアンデッドの群れをランベールは悠々と斬り伏せ、数を減らしながらまたドマへと接近していく。
「こいつらは、アンデッドとして貴様の手足になる気など毛頭なかった。思い通りに行かないのであれば……無能は、貴様一人だ」
「黙りなさぁい! ドマは、ドマは天才なのよ! この国の猿共は、誰も私を認めやしなかった! 新しい国で、ドマは正当な評価を受ける! こんなところで死んでいい人間じゃないのよ!」
「もはや貴様は人間でも、人前に出られる姿でもあるまい。俺と同じでな」
周囲にアンデッドの残骸が増えていく。
ドマにあるはずの数の優位が現状機能していない。
「こんな、こんなはずが……! どうして? ドマは、ドマは天才なのに! ドマは、選ばれた人間なのに!」
ランベールの刃がドマを狙う。
間にアンデッドが割り込んだが、そのアンデッドごとランベールはドマの右腕を刎ねた。
ドマの身体が跳ね上げられ、床へと叩き付けられる。
ドマは必死に起き上がろうとしたが、体勢が崩れて地面の上に再び倒れた。
右腕だけでなく腰も深く斬られており、最早足は使い物にならなくなっていた。
「あ、あ、あああああああっ! ドマの、ドマの腕がぁっ!」
「どうせ継ぎ接ぎした他人のものであろうに」
ドマはその無数の目で、ランベールの持つ刃を睨む。
身体は動かず、用意したアンデッドもまるで相手にならない。
最早、ドマには逃げる手段はなかった。
「ドマも無事では済まないでしょうけれど……こうなったのであれば、貴方を道連れにしてあげるわ。このドマを凡夫と称したことを、後悔させてあげるわ……。このドマを追い詰めたことが、貴方の最大の失敗よ!」
ドマがよろめきながら辛うじて立ち上がり、左手を天井へ掲げる。
「我が声に応え、冥界より来たれ、三面囚人マジョルワよ!」
ランベールとドマの間に、三つの頭部を持つ、半裸の大男が現れた。
顔は全て鉄の仮面に覆われている。
肌は腐敗が進んでおり、ところどころ黒ずんでいる。
「切断魔リッパー!」
マジョルワの右隣に、四つ腕の灰色の肌をした細身の男が現れた。
礼服を纏っており、口が異様に大きい。四つの腕には大きな鋏にナイフ、剣、斧を握っていた。
「死神貴族ジール!」
続けて左隣に、金髪の整った身なりの男が現れた。
顔は黒い靄が掛かっており視認することができない。
彼は髑髏を積み上げて作った即席の椅子の上に座っていた。
「今更この程度の精霊で、どうにかなると思ったのか?」
ランベールからしてみれば、ドマの精霊召喚は悪足掻きとしか思えなかった。
マジョルワ、リッパー、ジールは、冥界の精霊の中ではそれなりの位置の精霊ではある。
だが、ランベールを相手取るには明らかに力不足であった。
数頼りでどうにもならないのは、ドマとてこれまでの戦いでわかっていたはずなのだ。
「見せてあげるわ! このドマが、天才である証明を! 貴方に! そして、この世界に! ドマは死なないわ! ドマが消えたとしても、ドマの名は恐怖の象徴として世界に残り続ける! 究極の魔術を、見せてあげるわ!」
ドマの全身に、細かく魔術式の羅列が走っていく。
冥界の精霊達の身体が不自然に震え、苦しみながらその場に崩れ落ちた。
精霊の肉体が溶けだし、ドマの身体へと吸われて行く。
半端に溶けた精霊の肉体が、ドマの身体に纏わりついた。
溶けた精霊の原型が残る丸い奇妙な身体から、大きな二本の腕が伸びた。
球体の中央が窪み、目と口らしきものが生じた。
かと思えば、全身から大量の瞳が開いた。
「な、なに……あのグロテスクな化け物……?」
シャルルがドマの新たな姿を目にして悲鳴を上げる。
「……精霊召喚の、悪用か。まさか、そんなことまでできたとは。確かに、少しばかり侮っていたかもしれん」
精霊召喚は、現世とは全く異なる法則を持つ別世界、異界の住人を呼び出す魔術である。
その際には魔力によって仮初の肉体を与えることになる。
術者は契約に誤りがあれば、過剰に魔力を吸い取られてすぐさま衰弱死してしまうこともある。
異界の住人は下手な召喚に応じれば、最悪手違いによって異次元の狭間を永遠に彷徨うこともある。
術者と異界の住人の間で細かい制約があって、初めて成立するものなのだ。
ドマは敢えて契約に穴を作り、それを巧妙に隠して精霊召喚を行ったのだ。
契約の悪用は場合によっては術者の力以上の効果を発揮することができる。
しかしそれは、正当な契約を履行して力を借りることよりも遥かに難しい。
そしてそれは当然精霊の怒りを買うため、多くの場合、術者の死を以て代償を支払うことになる。
邪法の中の邪法だ。
魔術師がその命を以て行う、最後の自爆技である。
八国統一戦争においても精霊召喚の悪用はほとんど行われず、またそれを研究する人間自体極めて稀であった。
精霊召喚の悪用には儀式偽装から対価の踏み倒し、異界への帰還妨害など様々である。
ドマの場合、精霊の自我を乗っ取って自身の身体に纏わせることで、好きな姿形に変えると同時に、その力を完全に自分の物として取り込んだのだ。
本来精霊の仮初の肉体が崩れたり、魔力の供給ができなくなった時点で精霊は異界へと帰還するが、それさえも妨げることもできる。
「こうなった以上、暗黒街も王国も、『笛吹き悪魔』も、知ったことではないわ。このドマ以上に大切なことなど、この世界にあるはずもないのよ。貴方を殺したら都市に上がって……この不安定な身体が崩壊するまでの間に、この領地全体に殺戮を齎してあげるわ。この天才ドマの名が忘れられることなど、絶対にあってはならない。ドマは、後世に名を残すべき魔術師なの」
ドマの声が響き渡った。
二本の剛腕が床を叩く。
大広間全体が激しく揺れた。




