第三十二話 首なし魔女ドマ⑥
ドマの実験体アンデッドの閉じ込められた檻の並ぶ部屋を抜けていく。
通路は枝分かれしていたが、ドマの血液が床に残っていたため見失うことはなかった。
道中でこの地下研究所の警備を行っている首のない女アンデッドの集団に複数回襲われたが、今更その程度の相手にランベールが後れを取るはずもなかった。
大剣の刃で素早く身体を斬り、先へと向かう。
ついに、行き止まりの大広間へとドマを追い詰めることに成功した。
ドマは二体の首なしアンデッドより左右から身体を支えられていた。
「『血霧の騎士』……あっさりと、しくじってくれたわね」
ドマは顔を隠している布越しにランベールを睨みつける。
「ここまでだな。暗黒街の王……『首なし魔女』ドマよ。どうせ尋問して何か吐くようなタマではなかろう」
ランベールがドマに対して大剣を構える。
「フフフ……どうせ、ドマが死ねば元も子もないもの。アレには止められていたけれど、こうなったらこのドマも、全力で行かせてもらおうかしら」
「ほう、全力だと? その割には、随分と慌てふためていたようだがな」
「貴方……このドマのことを、舐めているでしょう? 教えてあげるわ……死操術師を敵にして、相手の本拠地で戦うことの愚かさをね!」
ドマの言葉の後に、大広間が大きく揺れる。
周囲の壁が破れ、崩れていく。
大広間の四面から、アンデッドの群れが姿を現した。
その中には生身を纏う人造巨人の姿もあった。
「な、なに……この数……?」
シャルルが周囲へ目を走らせ、怯えたようにランベールへと身体を寄せる。
「アハハハハハハ! ドマも、ただ無策で逃げていたのではないのよ! 貴方が、ここに誘導されたの! ねぇ、ランベールゥ、ここの研究施設ではねぇ、この国と戦争するためのアンデッドの軍団が用意されているのよ! アハハハハ! 貴方たった一人で戦争ができるかしら? さぁ、最後の舞台を始めましょうか!」
「なるほど、確かに厄介だ」
ランベールはドマへと大剣を向けたまま、周囲へ目を走らせる。
暗黒街の地下にレギオス王国と戦争するためのアンデッドを隠していたというのならば、ここに見えているのも全体のほんの一部でしかないのだろう。
疲労知らずのアンデッドの身体とはいえ、さすがにまともに相手をしていればこの物量相手ではどうしようもない。
「そうでしょう? このドマを軽んじてここまで狩りのつもりでしつこく追いかけ回してくれたことを、深く後悔させてさしあげ……」
「無論……貴様やアンデッドの質ではなく、この数がな。権力者お抱えの死操術師の研究所に乗り込むのは、いつの時代も厄介なものだ。二流死操術師の研究所でも、財さえあればこういうことになる」
「な、なんですって……?」
「だが、今回はまだマシか。幸い地下施設だ。貴様を殺してここを出て、入口さえ塞いでしまえばアンデッドが外へ溢れることも妨げられる」
「この状況でこれだけドマを虚仮にした度胸だけは認めてあげるわ! このドマを殺せるなんて……できるものなら、やって見せるがいいわ!」
ドマの叫び声が大広間に響く。
アンデッドの大群がランベール達へと押し寄せて来る。
「動けるか?」
「あ、足は竦んでいないわ!」
シャルルが震える声で、それでも気丈にそう言い切った。
「俺の背を離れるなよ」
ランベールはドマへとゆっくりと歩き始める。
迫って来るアンデッドの上半身を斬って切断し、残った足を蹴り飛ばした。
続けて左右から迫るアンデッドも、悠々と一体ずつ斬り伏せる。
「……お願い、ランベール。カルメラの仇を討って。アイツさえ……アイツさえいなければ、この領地は平和になるの。そのはずなの……」
「わかっている。そのために俺はここへ来たのだ」
ランベールは確実に迫って来るアンデッドを斬り伏せながら、ドマへの距離を詰めていく。
この数のアンデッド相手に全く物怖じしていない。
ランベールがこの物量差に屈する前に、ドマの許へと辿り着くことは明らかであった。
「しつこい……しつこい、しつこいしつこいしつこいのよ! 早く、早く倒れなさい!」
ドマの叫びは、最早懇願のようでさえあった。
「終わるわけには、いかない……ドマは天才なの……ドマだけは特別なの! ドマは、完全な形で老いを克服した! いずれ、歴代のどの死操術師さえ超越し、世界の真理へと至る! まだ……まだ、そのほんの始まりに過ぎない! レギオス王国が潰えれば、新しい国の後ろ盾を得て研究を進められる! このドマは、永劫の繁栄と、名誉を手中に収める……!」
「天才……真理、初の完全な不老……か。聞き飽いた言葉だ。死操術師の多くが、そんなありふれた自惚れを大仰に語る。俺の知る限り、それを口にしなかったのはガイロフくらいのものだ。ドマ、貴様は特別でも何でもない。ただの傍迷惑な、ありふれた怪人だ」
ついに、ランベールはドマのすぐ前まで来ていた。
ランベールの周囲には無数のアンデッドの残骸が山になっていた。
ドマの身体を支えていた二体の首なしアンデットが、ドマを離してランベールの目前へと躍り出た。
ランベールはそれぞれを左右に蹴飛ばし、ドマへと大剣の先端を向けた。
「ランベールゥゥウウウッ!」
ドマが叫ぶ。
ランベールは大剣の一閃を放つ。
ドマの首が綺麗に刎ねられ、床を転がった。
血の飛沫が上がる。
「や、やったの……? 『首なし魔女』を、殺したの?」
ランベールはシャルルの言葉には答えない。
目線を落として、刎ねた頭を確認する。
飛ばさずその場にドマの頭部を落としたのは、ドマがこの状態でも生きながらえている可能性を考慮してのことであった。
素直に死んでくれる死操術師の方が珍しいのだ。
実際、ドマの生命力は常人のそれを逸脱している。
ただの人間であれば、『血霧の騎士』が庇い損ねた腹部の傷でとうに死んでいるはずなのだ。
身体を弄っていることは間違いなかった。
生首が転がり、顔を隠していた布が捲れた。
「これ、は……?」
ドマは不気味な顔をしていた。
のっぺらぼうに化粧で落書きした、としか言い表しようがなかった。
目玉もなく、鼻のとんがりもない。
描かれた口も、明らかに開くことなどあるわけがないと、見てすぐにわかった。
首を失くしたドマの身体が、素早くランベールへと掴みかかって行った。
ランベールは大剣を振ってドマの身体を袈裟斬りにした。
ドレスが破れ、血が舞った。
だが、ランベールは斬り飛ばすつもりでやったのだ。
明らかに肉体が異様に頑強であった。
「なるほど……だから、『首なし魔女』か。怪人と言うのは訂正する。貴様は、ただの怪物だ」
「ひっ……」
ドマの素顔を覗いたシャルルが悲鳴を上げる。
破れた布の奥……彼女の胸部に、大量の人間の眼球が埋め込まれていた。
腹が蠢いたかと思えば、大きな口が開く。
夥しい数の歯が覗いていた。




