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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第五章 暗黒街ドレッダの魔女

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第三十一話 首なし魔女ドマ⑤

 崩れる通路を、ランベールはシャルルを肩に乗せたまま突っ切ろうとする。


「む、無理よ、崩壊に追い付かない!」


 シャルルが泣き言を零したとき、ランベールは彼女を大きく持ち上げた。


「何を……」


「しっかり受け身を取れ」


 ランベールはシャルルを前方へと放り投げた。

 突然のことに、シャルルは悲鳴を上げる間もなかった。

 瓦礫を綺麗に潜り抜け、シャルルの華奢な身体は通路外の床へと叩きつけられた。


「あうっ!」


 少し跳ねて、よろめきながらシャルルは身体を起こす。


「ちょ、ちょっと……ランベール、他にやり方がなかったにしても、乱暴すぎるんじゃない? アタシこんなだけど、一応は伯爵令嬢なんだからね」


 シャルルが背後を振り返るのと、潜り抜けてきた通路が音を立てて崩壊するのは同時であった。

 通路の出口が瓦礫に埋め尽くされて行く。


「嘘……ラ、ランベール?」


 シャルルが震える声で、埋まった通路へと声を掛ける。

 返って来る声はない。

 僅かばかりに、彼女の呼びかけが反響するのみであった。

 その事実がシャルルに現実を突きつけた。


「そんな……」


 立ち上がった彼女がその場にへたり込んだとき、瓦礫が吹き飛ばされてランベールの姿が露になった。

 シャルルはその場に座り込んだまま、目を丸くしてランベールを見つめた。


「よ、よく出てこられたわね……」


「我が鎧は、かつての主君より賜った、ウォーミリア大陸の中でも最高のものだ。あの程度はなんともない」


「鎧じゃなくて、アンタの方が不思議なんだけど……」


「少し危なかった。通路が長ければ、埋もれて身動きが取れなくなっていたかもしれん。思ったよりも危うい賭けであったが、運がよかった」


「運の問題なの……?」


 シャルルが首を傾げる。


「ア、アンタ、本当に何者なの? その……王家が暗黒街の調査のために送り込んできた、秘密兵器だったりすの?」


「王家とは、少し前に縁が切れたところだ。……もっとも、俺はまだ忠誠を誓っているがな」


「や、やっぱりその筋の人だったんだ」


 ランベールは部屋内を見回す。

 周囲には檻や、ガラス管が並んでいる。

 中にはアンデッドや、奇妙な形に縫い合わされた死体が入っていた。


 アンデッドの呻き声が常に響いている。

 シャルルもこの裏闘技場のせいで既に感覚が麻痺しているらしく、目を細めて周囲を見る以外に、アンデッド達に反応を見せる様子はなかった。


「ドマの姿はないな。あいつも重症のはずだが、手下のアンデッドに運ばせたのかもしれん。すぐに追うぞ。ここまで来て、逃がすわけにはいかん。奴には、聞きたいことが山ほどある」


 ランベールもシャルルの目線を追って、ドマの被検体達へと目を向ける。


「……魔銀ミスリルが用いられた様子がないな」


 ランベールは小さく零した。

 元々ランベールがパーシリス伯爵領に目を付けたのは、王都に近く、かつ高度な錬金術の材料となる魔銀ミスリルを買い集める妙な動きがあったためである。

 魔銀ミスリルは主に武具や兵器に用いられる。

 魔銀ミスリルの購入ルートに暗黒街を経由して正体を隠していることからも、後ろ暗い目的があることは間違いなかった。


 それを行ったのがドマなのだと、ランベールはそう考えていた。

 兵器を隠すにもこの地下闘技場は適している。

 だが、実際に踏み込んでみれば、出て来るのはアンデッドばかりで、魔銀ミスリルなどどこにも見当たらないのだ。


「何か、思い違いをしていたのか? ドマとは別に動いている何者かが、この暗黒街には潜んでいたのか?」


 しかし、ランベールが暗黒街の武装集団をいくら漁ろうとも、出て来るのはドマを示唆するものくらいであった。

 大規模な兵器を造りながらもその正体を隠しているとなれば、ドマかドマ以上に大きな組織や影響力を有しているはずであった。

 この暗黒街に、一切その気配を片鱗さえ出さずに隠し通している大規模な組織がまだ潜んでいるなど、とても考えられなかった。


「……まだまだ情報が足りぬかもしれん。ドマに死んで逃げられるわけにもいかんな」


 部屋を抜けようとしたとき、シャルルがびくりと身体を震えさせ、足を止めた。


「どうしたシャルル? 足が竦んだのなら、また担いでいくが……」


「今……呼ばれた気がして……」


 シャルルがふらふらと、アンデッドの閉じ込められている檻へと向かう。

 檻の中にいる一体のアンデッドへと、シャルルはそうっと顔を近づける。


 アンデッドは真っ赤になった皮膚を持っており、頭部が三つくっついていた。

 頭の二つは動いていない。

 恐らく何らかの要因で死操術が途切れているか、死操術に破綻があったために動かすことができなかったのだろう。

 戦闘目的ではなく、完全に研究目的で造られたアンデッドのようであった。


 何も着せられていない身体にはところ狭しと魔術式が刻まれており、ドマの狂気を感じさせる。

 足は太腿から先がなく、腹や腕は骨同然に痩せ衰えていた。


 唯一動いている一つの頭は、シャルルを見つめてせわしなく同じ言葉を繰り返している。


「ァ、ルル……ジア、ルゥ……ャ、ウル……」


 人間のものとは思えない不気味な声だったが、確かにそれはシャルルの名前に似ていた。


「カルメラ、なの……?」


 シャルルが呟くように漏らす。

 シャルルが『首なし魔女』を追っている理由は、暗黒街で行方不明になった孤児院時代の親友カルメラを捜しているためだ、という話であった。

 その親友が、どうやら目の前にいるアンデッドの頭の一つのようであった。


 シャルルはアンデッドと目を合わせ、その瞳に吸われるようにふらふらと近付いていく。

 シャルルがアンデッドの鉄格子に手を触れたとき、カルメラらしきアンデッドの腕が鉄格子の合間を通り抜ける。

 明らかに人間のものより長い腕は、容易にシャルルの首元へと届いていた。


「アナタモ、コッチニキテ」


 ランベールは檻ごとアンデッドの身体を斬った。

 彼女の体液が辺りに飛び、身体がぐにゃりと揺れて頭部が地面へと落ちた。


「……あ、ああ……」


 シャルルはその場に膝を突いて、表情の失せた顔で目から涙を零した。


「……あれはもう、お前の親友ではなかった。悪いが止まっている時間はない。仇は討ってやる、行くぞ」

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