第九話 パーシリス伯爵領への来訪⑧
「ね、ね! ランベール、アンタも暗黒街について調べてるんでしょ? アタシ、あそこに行ったことがあるし、ずっと調べていたから詳しいわよ! 行くなら、アタシも連れて行った方がいいんじゃない!」
シャルルが胸を張ってランベールへと言う。
ランベールは兜を押さえたまま固まっていたが、ゆっくりと腕を降ろした。
「なぜそこまで、暗黒街に固執する。一度は幸運にも無事で済んだらしいが、次はそうはいかんかもしれんぞ? いや、きっと無事では済むまい。貴族の娘が、火遊びに出向く場所ではない」
「決まってるじゃない! 暗黒街をぶっ潰して、この領地の平穏を守るためよ! そのためには、頭の魔女をぶっ飛ばすのが一番早いの。アタシだって、領主の娘なんだから! このくらいはやってみせるんだもん!」
「パーシリス伯爵の私兵が調査を継続して行っているのだろう? はっきり言って、お前にできることなどない」
「……パパ、暗黒街のことはもう諦めちゃってるみたいなんだもの。変に刺激したら後が怖い、だとか言って。アタシが命懸けで掴んだ話も、怒ったりあしらったりするばっかりで、全然信じてくれないし……」
「それについては、いつも今日のような調子であるならば、妥当な扱いであると思うが」
シャルルが口許を歪めて黙る。
「なぜそこまで暗黒街に固執する? 何か、理由があるのか?」
ランベールは最初、単にシャルルは剣術の指南を受けて思い上がっているものだとばかり考えていた。
しかし、彼女の執着振りを見るに、それだけではどうにも説明がつかなかった。
シャルルはしばらく黙って顔を逸らしていたが、やがて口を開いた。
「……友達が、暗黒街にいるはずなの。彼女、孤児院の出でお金がなくって……あそこならやっていけるかもしれないって。しばらく手紙でやりとりしていたんだけど……最近は、全然返事もなくて。向こうに捜しに行ったけど見つからなくて……代わりに、『首無し魔女』が人攫いをしてるって噂を聞いたの」
「孤児院……なるほど、そういうわけか」
シャルルがパーシリス伯爵の実子でなく孤児院の出身であったことは、既に私兵からも聞いている。
恐らくは、そのときからの幼馴染であったのだろうと想像がついた。
シャルルも当初はパーシリス伯爵に頼ったのだろうが、あの調子であれば、あまりしっかりとした捜査を行ったとはとても思えなかった。
痺れを切らしたシャルルが単独で動いたのだろう。
そう考えれば、彼女の考えなしの行動もまだ理解ができる。
「ねぇ! 正直に言ったんだから、アタシも連れて行ってよ!」
「お前では足手纏いにしかならない。連れて行けるわけがなかろう」
一考する余地もないことは明白であった。
暗黒街を探索する指標があることはありがたい話だが、それ以上にデメリットが大きすぎる。
そもそもランベールの心情として、女子供を戦地に同行させるという方針は有り得なかった。
「そ、そんな……」
シャルルが肩を落とし、落胆した様に言う。
「だが、その知人の名前を教えろ。捜しておく。もっとも……あまり期待するな。暗黒街で何日も行方不明になっているのであれば、無事で済んでいる目の方が薄い」
「カルメラ……。灰色髪の、背の低い、睫毛の長い子だったわ」
「わかった、覚えておく。お前は館に帰れ。暗黒街ドレッダの裏で糸を引いている者共は、俺が全て斬ってやる。俺も、奴らの裏には間違いなく頭がいると睨んでいる」
そこまで言っても、シャルルは不安げにランベールを見つめているばかりであった。
「お前がついて来ても、何かが変わるものではない。確かにお前の師匠のトロイニアは剣の腕が立つようだったが、あまり思い上がるな」
「し、師匠は、本当に凄く強いんだから! アンタより強いわよ! 本当に!」
「そうかもしれんな。だが、お前はトロイニアではない」
ランベールにあっさりと切り返されたシャルルが項垂れる。
「……アタシだって、それくらいのことはわかってるもん。でも……アタシがやらなきゃ……」
シャルルは地面へ目線を落としたまま、言い辛そうに言葉を濁す。
やはりシャルルは、自分で動くことに固執しているようであった。
普通に考えればシャルルは父親を説得して私兵を動かすのに苦心するべきであり、自身で動く選択肢など出るはずがないのだ。
ランベールに任せるにしても、自身が同行することに重きをおいているように窺える。
「なんだ? まだ何か、黙っていることがあるのか?」
シャルルは黙ったまま口を開かない。
そのとき、シャルルの背後に、老私兵トロイニアが現れた。
「伯爵様は反対するが……やはりシャルル様は、地下室にでも閉じめておいた方がいいようだな?」
姿が消えたシャルルを追い掛けて来たらしい。
「お前も、まだいたか鎧男。伯爵様の手前言葉は選ばせてもらったつもりだが、妙な領地の詮索は止めてもらおうか? 我々も、王家も、ドレッダに対する対策は講じている。放浪剣士如きが騎士ごっこなど、伯爵様に対する侮辱に他ならんぞ。無為に掻き乱すつもりなら、私も少しばかり荒っぽい手に出させてもらう」
トロイニアは、腰に差した剣の鞘を指で弾きながら言う。
彼の剣呑な雰囲気にシャルルが狼狽える。
「その伯爵のやり方が温すぎることは、お前も自覚しているところだと思っていたがな」
挑発とも取れるランベールの言葉に、トロイニアが目を見開いて剣を抜いた。
「師匠……? トロイニアさん、止めて!」
シャルルが叫ぶが、トロイニアは止まらない。
トロイニアは地面を蹴り、ランベールの側面を駆け抜けて背後を取り、剣を持つ手を振るう。
それをランベールは、籠手の水平打ちで薙ぎ払った。
魔金塊の一撃が容易く刃を砕き、細身の老人を弾き飛ばした。
トロイニアが地面に叩きつけられ、土煙が上がった。
トロイニアは地面の上で屈みながら、信じられないものを見る目でランベールを睨んでいた。
トロイニアは辛うじて受け身を取ってこそいたが、ランベールが素早く追撃に出ていれば、避けられていたはずがなかった。
勝敗は明らかである。
「う、嘘……師匠がこんな、あっさり……」
シャルルがトロイニアとランベールを交互に見て、小さく呟く。
トロイニアも、屈んだままの姿勢で、呆然と固まっていた。
「軽い脅しのつもりだったのだろうが……悪いが、俺は俺のやりたいように進めさせてもらう」
ランベールは構えたままだった腕を降ろし、二人へと背を向けた。




