第三十二話 審判①
シモンが『亜界の薔薇』に敗れた頃、ランベールは大聖堂の地下より隠し通路へと侵入していた。
ランベールはとにかく人のものらしき気配を探りながら、隠し通路の中を駆ける。
魔金鎧の重量が石の床を打ち鳴らす。
狭い通路に、躊躇いなく金属音を反響させていた。
ランベールの進路を遮り、五人の人影が現れた。
皆一様に黒い外套を纏い、深く被って顔を隠している。
「何者だ? 『亜界の薔薇』と別行動している八賢者か? 鎧の大男がいると聞いていたが……」
先頭の男が、警戒しながら尋ねる。
ランベールは大剣を降ろし、床を叩いた。
容易く石造りの床が砕かれ、大剣の先端が埋まった。
五人が肩を震わせ、唾を呑む。
「生憎だが、『笛吹き悪魔』に与する者ではない。貴様らを滅ぼしに来た」
「教会の犬か! あんな音を出して、無警戒な奴め! やるぞっ!」
男の合図に合わせ、残る四人も同時に動き出した。
「無警戒でいるつもりはないのだがな」
ランベールはそう零し、大剣を豪快に振った。
彼の巨体にも匹敵するほどの大剣と、長い腕が十全に活かされれば、そのリーチは圧倒的なものとなる。
たったの一振りで、大きな通路の両側の壁に傷が入った。
「音を聞いて、近寄って来た者は斬ればよい。逃げた者は、こちらから追いかけて斬るまでだ」
五人の全員が足を止め、呆然とその場に立ち尽くす。
「先程、貴様らと同じ様な連中と遭遇した。だが、とてもではないが戦いを生業として生きて来た者とは思えなかった。去るなら、とっとと去るがいい。だが……あくまで戦士として我が前に立つのならば、容赦はせんぞ」
五人は力なく垂らしていた腕に力を込め、武器を構え直す。
「そうか……」
ランベールは兜を少し下に傾け、それから大剣を構えた。
五人が一斉にランベールへと斬り掛かる。
ランベールは、先程と同じ軌道で大剣を振るった。
辺りに鮮血が舞った。
ランベールは返り血で鎧を汚しながら、地下通路を駆ける。
ついにランベールは、大量のマナが先の道に集まっていることを感知した。
その数は、ざっと三十程であろうか。
何事かが起こっていることは間違いなかった。
ランベールが辿り着いたとき、通路で交戦が起こっていた。
とはいえ、勝敗は既にほとんど決していた。
二人の異端審問会の僧兵らしき人物が、一人の老齢の男を庇う様に戦っている。
彼らの周囲には、二十名以上の黒外套の男達が武器を構えていた。
二人の僧兵は既に血塗れであり、片方に至っては腕を落とされていた。
通路の足許には、二十人以上の黒外套の死体が散らばっていた。
僧兵達も善戦していたようだが、人数差の前に、ついに敗れようとしている今正にその瞬間であったようだった。
「シモン、シモン! 早く戻ってくるのだ! おお! 何をしておる! 吾輩は、吾輩はまだ、こんなところで死ぬわけにはいかぬだぞ! シモン、早く戻ってこい! 貴様の部下では、やはり駄目であったではないか! だから吾輩は、本当にこんな奴らで大丈夫なのかと念押ししたのだ!」
老齢の男は、通路の奥で泣き叫んでいた。
彼は自分の陥った事態に手一杯で、ランベールの登場にはまだ気が付いていないようであった。
ランベールはその顔を直接見たことはなかった。
だが、老齢の男の目立つ鷲鼻と大きな顎、そして色彩豊かな布が重ねて用いられた豪奢な衣装に、ランベールは心当たりがあった。
「そうか……貴様が、ゼベダイ枢機卿か」
ランベールがよく通る声でそう叫んだ。
斬り掛かってくる黒外套の男達を、腕を力強く振るって払い飛ばす。
大の大人が同時に何人掛かろうとも、ランベールの剛腕はびくともしない。
赤子同然に、容易く壁へと叩きつけられていく。
本人は歩みを止めず、淡々とゼベダイ枢機卿への距離を縮めていく。
すぐに周囲の黒外套達も現れたのがただ者ではないらしいと気が付き、警戒を始める。
だが、斬り掛かっていった者全てが容易く弾き出されてしまったため、動くに動けず、彼へと刃を向けたままその場に凍り付いた様に動けなくなっていた。
窮地に陥って混乱していたゼベダイ枢機卿も、さすがに自分の敵ではないものが現れたらしいと理解した。
「お、お前はなんだ! わ、吾輩を助けに来たのか?」
ゼベダイ枢機卿はランベールへと縋る様にそう叫ぶ。
「……それよりも、重要な用事がある。元々俺は、そのためにこの聖都ハインスティアまで足を運んだのだ」
「な、なんだと? この状況で、吾輩の命よりも大切なものなどあるものか! 早く、早くこの吾輩を助けるのだ! どこの、何者かは知らぬが……お前には、その力があるのだろう? さあ、この叛逆者共を、早く全員打ち殺してくれ!」
ゼベダイ枢機卿が必死に訴える。
だが、ランベールは彼との距離を一定に保ったところで歩みを止めた。
ゼベダイ枢機卿はそれを見て、苛立った様に顔を歪める。
「な、なんだ! 金か? 金が欲しいのか? それならば、好きなだけくれてやる! そ、そうだ、この騒動が静まれば、異端審問会を再興させねばならぬ! お前であれば、問題はなかろう! この吾輩の部下にしてやる! 金も、名誉も、お前が望むだけ授けてやろう!」
「名誉か、俺には無縁のものだな」
ランベールは自嘲気味に小さく呟き、ゼベダイ枢機卿をゆっくりと、正面から見据える。
ゼベダイ枢機卿はその視線に圧倒されてたじろいだ。
「……俺がこの地を訪れたのは、ゼベダイ、お前を見極めるためだったのだ。」
「な、なんだと? この吾輩を見極めるだと?」
「そうだ。お前が、そしてお前の異端審問会が、このレギオス王国にとって、そして民にとって、必要なものであるのかどうか。それを俺は確かめに来た」




