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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第四章 聖都ハインスティアの祈り

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第八話 聖都襲撃②

 ランベールは建物の天井を内部から貫いて破壊し、ヨハンの立つ屋上へと姿を現した。


「ここまで距離を詰めたのだ、もう逃げられると思うな」


 ランベールは床に突き立てていた大剣を構え、剣先にヨハンを捉えた。


「貴様の正義を問いに来たぞ」


「……元々大天使『三つ顔のダンタリア』は、近接での間合いを得意とする。あの場では、他に優先事項があったために退いたに他ならない」


 ヨハンが腕を上げる。

 大きな光界の精霊、ダンタリアの両の手に、赤々と輝く巨大な十字架が握られた。


「我々の守護するこの聖都に乗り込んだ以上、貴様の処分以上に優先することなど、何もありはしない。覚悟するがいい」


 ヨハンの背後に聳えるダンタリアが十字架を叩きつける。

 ランベールは前へと出て十字架を回避する。

 すぐ後ろで床が、爆音と共に瓦礫を弾き飛ばす。


「やはりそいつは遠距離用だ。動きは速いが、身体が大きすぎるあまり、間合いが遠くなり、接近された際の反応が間に合わない。術者を守るのにあまりに不向きだ」


 もっともそれは、ランベール程の剣士を相手取る場合に限る話である。

 本来ダンタリアの反応速度ならば間合いの内側まで入り込まれることは稀であるし、入られたとしても常ならば、人間程度の動きに精霊であるダンタリアが追いつけないわけがなかった。

 また、巨大な異形の怪物であるダンタリアを前に、易々と接近する気になれる者も少ない。


 ダンタリアを術師を守る盾として運用する戦法は決して間違っていない。

 間違っていることがあったとすれば、ランベール相手に攻撃を仕掛けたことそれ自体であった。


「…………」


 ヨハンが袖を振るう。

 隠した長い刃が姿を現した。

 ヨハンは隠していた刃を用いたカウンターに掛けて前に出る。

 仮に仕留められずとも、相手を少しでも止めることができれば、ダンタリアの攻撃が間に合うはずだった。


 ランベールが減速することはなかった。

 迷いなく、鎧での体当たりをヨハンへと仕掛けた。

 刃が弾かれ、無理に握っていたヨハンの手首が捻じ曲がり、骨が砕ける。

 そのまま胸部にランベールの質量が衝突し、背後へと跳ね飛ばされた。


 ヨハンが床へと背から叩きつけられ、彼の面に罅が入り、端が欠けた。

 僅かに除く口許から吐血が垂れる。


「……お前は恐るべき化け物だったが、見誤ったな。大方、私を捕虜に取りたかったのだろうが、それが敗因だ」


 ヨハンの意識は、途切れていなかった。

 ランベールは彼を気絶させる狙いで体当たりを仕掛けた。

 しかし、ヨハンの身体に仕掛けられた魔法陣は痛覚の伝達を制限する力があり、また必要に応じて麻薬成分を流し込んで興奮状態を維持させ、死ぬ寸前まで彼が戦い続けられる様にされていた。


 彼が生きている以上、召喚された精霊もその姿をこの世界に維持し続けることができる。

 即ちそれは、ランベールを狙ったダンタリアの振るう十字架が止まらないことを意味していた。


「勝ったのは、私の方……」


 ランベールが、背へと迫る十字架を、大剣の刃で受け止めた。

 ランベールの巨体が押され、床が彼の足の形で削れた。


 そのままランベールを押し潰すかに見えた十字架は、次の瞬間にはダンタリアの胸部に突き刺さり、その巨体から黒い煙を上げていた。


「……? …………!」


 ダンタリアが遅れて状況を理解したらしく、十字架から手を離し、だらりと腕を垂れさせる。

 口のない三つの穴の空いた顔が、声にならない苦悶を訴える様に震え、その姿が薄れていく。


「…………は?」


 ヨハンが思わず声を漏らす。

 精神的な鍛練を積み上げ、常に冷静な状態を保つことに長けていた彼ではあったが、目前の状況は彼の常識を周回遅れにして超えていた。


 ランベールはわずかに動かされたその場に、大剣を構えた姿勢のままで立っていた。


 返し技の『天地返し』である。

 本来は剣が交差した際に、そのまま刃の腹に沿わせて弧を描く様に相手の剣を誘導することで敵の腕を操り、振るわれた力をそのままに相手の剣を相手へと突き立てる、剣の絶技である。

 支点を利用してベクトルを誘導する剣技であるが、ランベールのそれは、ヨハンから見ていれば最早魔術の一種としか映らなかった。


「ここまでのようだな。では、今一度……」


 そのとき、建物の外、周囲の至るところから、一斉に悲鳴が上がった。

 ランベールは言葉を途切れさせ、建物の外へと目を向ける。


 床の色が普段と違った。

 赤紫色の体表を持つ奇妙な巨大な虫が、聖都内部のあちらこちらを駆け回っていた。


「……あれは、まさか、ヒュード部族の『増魔蟲』なのか?」


 ランベールは屋上縁へと移動し、そこから聖都の様子へと目を向ける。


 ヒュード部族とは、八国統一戦争時代、強大な魔術国家であったベルフィス王国を支えていた、虫を用いた呪術の研究を行っていた部族であった。

 ベルフィス王国は強国であったが、危険な研究途上の魔術の暴走、暴発した呪いの蔓延などの事故が相次いで国力を落とし、その隙を突いて動いた他国に敗れる結果に終わった。


 その最も大きな要因が、ヒュード部族の開発した呪術を利用した権力絡みの内部抗争だったという。

 彼らの呪術は、記憶や思想の書き換えや人体の操作、嘘の看破など、不完全な点は当然多くあったものの、人の手には余る力を有していた。

 国内でライバルに罪を被せて蹴落としたり、処刑できる大儀のない敵派閥を潰すことも、偽の功績をでっち上げて出世することも容易であった。


 秘術であったはずのそれは貴族間の乱用によって明るみに出さざるを得なくなり、疑心暗鬼に塗れ、上層部が総崩れとなったのだ。

 混乱に乗じた他国のスパイによって被害が拡大したとされているが、純粋な内部間での争いだったとランベールは睨んでいる。


 ヒュード部族は戦勝国の将軍の決定によって総処刑されたはずであったが、ラガール子爵を殺したのもヒュード部族の呪術であった。

 ランベールは、この秘術を用いている人間が『笛吹き悪魔』内部にいると睨んでいた。

 このタイミングで彼らの技術である『増魔蟲』が現れたのが、偶然であるはずがなかった。


「……連中の狙いも、やはり異端審問会だったか」


 ランベールは苦々しげに零す。

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