第六話 笛吹き悪魔結集
聖都ハインスティアの、今は使われなくなった古い大きな教会堂の地下室にて、三名の人物が顔を合わせていた。
一人は大柄の人物で、黒い鎧を纏っていた。
二人目は背の低い、軽装の女だった。
三人目は長身の優男だった。
「水面下の準備は整った。我ら『笛吹き悪魔』が頭目、『不死王』は、既に『魔銀の巨人』を王都へ向ける準備を終えている。貴族への根回しも、これ以上は無意味だ。オーボック伯爵の一件から露呈し始め、ラガール子爵の一件で不穏な印象がついてしまった」
大柄な黒鎧の男が、後の二人へと伝える。
鎧にくぐもっているためかその声は異様に低く、悪魔の唸り声の様であった。
「この王国の奴らは腑抜けばかりが、異端審問会の狂気染みた連中だけはどうにも厄介だ。奴の過剰なやり口を放置していることが、この国の付け入る隙の一つでもあったが……万全を期すためには、『魔銀の巨人』を動かす前に、連中を排除せねばならぬ。今回の聖都ハインスティアでの四大聖柱、及びゼベダイ枢機卿の殺害が、事実上我々の最後の課題であり、決戦となる」
彼らは『笛吹き悪魔』の幹部、八賢者の面子であった。
黒鎧の男は『血霧の騎士』と呼ばれており、八賢者の中でも頭目である『不死王』とは『笛吹き悪魔』結成以前からの仲で、年齢は百をとうに超えているという話だった。
本格的に革命を引き起こす前に、王国最強の魔術師団体である異端審問会を崩すことになったのだ。
異端審問会の前では、並みの魔術師ではまったく歯が立たず、無駄に死者を出すだけである。
また、『異端審問会』の魔術師達が道具の如く淡々と動くのに比べ、『笛吹き悪魔』の魔術師達は大きく協調性に欠けている。
いくら二流を揃えていっても、あまり意味はないのだ。
以前のラガール子爵領のテトムブルクにおいて内部組織である『死の天使』の魔術師を大量に失ったこともあり、『笛吹き悪魔』の幹部である八賢者の内の四人が、直接攻撃を仕掛けることとなっていた。
「……生憎、俺の虫ちゃんに期待しての采配なんだろうが、雑魚魔術師共より、俺の虫ちゃんの方がよっぽど価値があるんだけどなぁ」
長身の優男が、呆れた様に口にする。
彼は古い今にも崩れそうな椅子に座り、傍らの半ヘイン(約五十センチメートル)ほどの全長を持つ、赤紫の光沢を放つ不気味な虫の背を撫でていた。
「ま、それはいい。あんな奴らより俺一人の方がよっぽどいい働きをできる自信はあるぜ。なにせ、俺もアンタと同じで、不死身だからな。だけど……『王女と騎士』は、来るんじゃなかったのか? 俺は奴の姿を、たったの一度だって見たことがない。古株として尽して来たのに、随分と雑に扱われたもんだよ」
「そう言うな、『蟲壺』。奴は気紛れだ。頭も、あまりよくはない。ここには来ているが……果たして、どの程度働きをみせてくれるのかは、わからん。だが、戦力としての価値は間違いなくある。この我に並ぶほどにはな」
「……そんな奴を、この俺と同列に置くなよなぁ。あの『屍の醜老』のガキや、『笑い道化』のガキだってうんざりだったんだぜ俺はァ。ほら、きっちり殺されたじゃねぇか。毎世代、毎世代、雑魚入れて数増やすのはやめてくれないか?」
青年の姿を持つ『蟲壺』が、言いながら三人目の女へと目を向けて笑う。
「ま……あいつらに比べたら、お前はまだやる方だ。俺も、お前だけは、正直なところ相手にしたくないからなぁ。お互いに秘術使いの末裔同士、仲良くやろうぜぇ?」
「……ありがとうございます」
女は無表情に淡々と返した。
「とにかく、今の制度もやり方も、すべては『不死王』の意志だ。それから……今回の我は『不死王』の意志で、保険を掛けさせてもらっている。あまり派手にやる気はない。主戦力は『蟲壺』と『亜界の薔薇』として、我は補佐として立ち回らせてもらう。お前達二人の魔法は、元より大量殺戮向きでもあるからな。今回は、見せしめの意味合いもある。徹底的にやるぞ」
黒鎧が言う。
「……ええ、お任せください」
『亜界の薔薇』と呼ばれた女が、口元を歪ませてにたりと笑った。
「『屍の醜老』と『真理の紡ぎ手』のせいで、ちょっとばかり舐められている気がするからな。やってやろうじゃねぇか、平和ボケしたこの国の奴らに、本物の呪術師って奴の恐怖を教えて込んでやるよ。テメェらは露払いでもせいぜいやってろ。四大聖柱もゼベダイも、俺が全員、生まれて来たことを後悔して母親と奴らの信じる神を呪うくらいには苦しませてから殺してやる」
男が傍らの巨大な虫を持ち上げ、逆の手で羽を退け、背へと齧りついた。
体表が剝がれて体液が垂れ、虫が激しく脚を蠢かす。
「今回は、本気でやっていいって言われてるからな。全力を出せるのは、何十年ぶりだったか」
男が虫を床へと投げる。
虫はしばらく弱々しく脚を動かして起き上がろうとしていたが、腹が食い破られて中から大量の虫の幼体が湧き出し、元の虫はあっという間に食い尽されてしまった。
残った残骸を手で掬い、男が長い舌を垂らし、口の中へと押し込む。
男が屈み、幼体達を人差し指で撫でる。
「よぉーし、ようし、いい子だ、可愛い子ちゃんめ。それじゃあこの地下は、俺の準備に使わせてもらうぜ。アンタらは他のところでせいぜい時間潰しでもしてるんだな」
「……そういえば例の、ラガール子爵領で暴れた、妙なアンデッドが混じっているようですね。一応気を付けておいてください」
「気を付けるのは、お前だけだろうがよ。魔呪蟲でしぃっかり奴のことは確認したが、あの手の奴は、俺の得意とするところだ。お前と戦うよりはずっとマシなくらいだ。俺もそっちの奴も、悪いが不死身なんでな」




