第四話 聖都来訪③
聖都ハインスティアの中央部に近づくにつれ、大聖堂の姿が見えて来る。
壁には天使の像が彫られ、特徴的な尖った屋根の頂上では彫像の鳥が翼を広げている。
建物自体も特徴的なシルエットを持っており、最早一つの芸術品という域に達していた。
「……立派なものだな。あれでは、最早城であろう」
「よく、そのように耳にしますね。この目で見られないのが残念ですよ。塀が高いので教会関係者以外はあまりじっくりと見る機会がないのですが、正面扉がまた、大きく厳かで、素晴らしいのだそうです」
ランベールの言葉にアルバナが返す。
行く当ての定まっていなかったランベールは、ひとまず大聖堂に近づいてみることにした。
「剣士様、まさか、いきなり正面から入り込むような真似はしませんよね? さすがにそのときは、私は素知らぬ振りをして引き下がらせてもらいますが……」
「……何を言っている? その様な真似をするはずがなかろう。今は、情報を集めるのが先だ」
「そ、そうですよね……いや、よかったです。すいません、正直、もしかしたらあり得るんじゃないかって思いながら聞いてしまいました」
「正面から入るのは、他に手段がないとわかってからでいい」
「あ……やっぱり、選択肢にはあるのですね」
アルバナがやや引き攣った声を出す。
「……というより、お前にはお前の目的があってここにきたのだろう?」
「いえいえ、ブラブラと歩き回ることが第一の目的ですので、お気遣いなく。もっといえば、私の目的はインスピレーションを得ることですので、剣士様の傍にいるのが一番でしょう。普段ならば路銀を稼ぎながら動きたいところですが……ここの都市だと、下手な詩を謡っただけで縛り首になりかねませんからね……。さすがの私も、異端審問会の魔術師に追いかけ回されてインスピレーションを得るつもりはありませんから」
アルバナがぶるりと身を震わせた。
中央の大聖堂に近づくにつれ、辺りの人の数がどんどんと増していく。
大聖堂に人の行き来が多いらしいとランベールは考えていたが、どうやらそういう雰囲気でもなさそうだった。
近くを歩いていたハインス教の三人より、話し声が聞こえてきたのである。
「一家どころか、親戚筋まで揃ってとは、少々やりすぎなのでは?」
「なぜあのような連中の身を案じるのです?」
「奴らは教会を惑わせ、この国を破滅に導こうとする悪魔です。悪魔の血は、絶やさねばなりますまい」
これを聞いたランベールは、すぐに足を速めて先へと向かった。
人が集まっていたのは、大聖堂前の広場であった。
大きな台が置かれており、その周囲には、例の異端審問会のローブと被り物をした魔術師達が立っている。
台の上には、異様な風貌の男が立っていた。
男は両腕がなく、首から上は包帯で覆い尽されていた。
頭は綺麗に丸くなっており、髪や耳、鼻がないことがわかった。
彼を囲む様に、背に蝋の翼を持ち、ぽっかりと穴の開いた顔を持つ人形の様な化け物、光界の精霊が四体立っていた。
精霊達は手に長い剣を持っている。
見て、すぐにわかった。
下調べをして、ある程度その男のことを聞いていたからだ。
両腕のない男の名前は、マタイ。
聖都ハインスティの守護者、四大聖柱の一角である。
マタイは光界の精霊を同時に大量に召喚することができ、その数は百以上にもなるという話であった。
何をしているのかもすぐにわかった。
台の下に、精霊に斬り刻まれたらしい死体が転がされていたからだ。
ほとんどミンチと化しており、元が何人分だったのかもわからない。
だが、少なくとも十は超えるだろうという予測は付いた。
台の端には、麻袋を被せられ、手枷を嵌められた一人の女が、精霊達の前に立たされていた。
重ねて異常なのは、こんな状況にも拘らず、凄惨な光景に目を背けたり、異を唱える者の姿が見当たらないことであった。
「なんだ、これは……」
ようやく追いついたアルバナが、息を切らしながらランベールの背後で足を止める。
「……噂では聞いていました。恐らく、ディベルト男爵家でしょう。異端審問会を批判する声の中には、貴族の者もいますからね。異端審問会も、彼らの影響力を前々から問題視していました。……地位が低く、周囲が無理に庇わない男爵家を徹底的に潰すことで、上位貴族の連中に脅しを掛けることにしたのでしょう」
「そんなことまでやっているのか……」
ランベールも、聖都ハインスティアでは教会批判を行った貴族への処罰も行っている、という情報は掴んでいたが、そこまでであった。
だが、アルバナの情報と目前の様子を擦り合わせ、見えて来る事実がある。
(そう都合よく、処刑しやすい貴族が教会批判を行っているはずがない……)
ランベールも、異端審問会がどれだけ恐れられているのかは、この地に来る前から散々聞かされていた。
真っ先に潰されるとわかっていながら、堂々と教会批判を行う無謀な下位貴族がいるとは考えにくかった。
恐らく、彼らは罠に嵌められたのだ。
異端審問会は、上位貴族への牽制のために、言いがかりをつけ、手頃な貴族をこの地へと引き摺ってきたのだろう。
貴族相手であっても容赦はしない、という意思表示のために。
「……行きましょう、剣士様。私は血と肉の匂いは、あまり好きではありません。ここ場にいても、得られるものは何もありませんよ。近くでみたいのであれば、また日を改めるべきです」
「では、最後の悪魔への刑を執行する! さあ、天使達よ! 指先や耳の先、心臓に離れた位置から、罪深き者を斬り刻むのだ! 永劫にこの世界に現れようと思えぬほどの苦痛を!」
マタイが声を張り上げて叫ぶ。
光界の精霊達が剣を振り上げた。
「アルバナ、ここまで案内ご苦労であった。感謝している」
ランベールはそれだけ言うと、前へと駆け出し始めた。
「え……ちょ、ちょっと、剣士様! さすがにこの場ではまずいですよ!」
ランベールはアルバナの制止を振り切り、あっという間に人の群れを掻き分けて突っ切っていった。
周囲を守っていた異端審問官達が、ランベールに気付いて即座に陣形を組んで対応する。
「炎よ……」
「遅い」
万全の対応を行った異端審問官であったが、ランベールには及ばなかった。
魔術を行使するより先にランベールの当身に弾き飛ばされていた。
そのまま跳び上がり、台の上、麻袋を被せられた少女の横に並び、光の精霊達の前へと立ち塞がった。
ランベールの重量に耐えかね、台全体が音を上げて軋む。
「新たな悪魔である! 天使よ、彼の者に苦痛を!」
マタイが叫ぶと、精霊達は各々に剣を振るってランベールへと跳びかかる。
「馬鹿な奴め。悪魔がこの我の前に立つことは、死を意味するのだ! バラバラになるがいい!」
瞬間、四体の精霊が各々身体を三つに分けて斬られ、台の周囲へと落ちて消滅した。
「なんだ……貴様……」
マタイが声を震わせる。




