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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第四章 聖都ハインスティアの祈り

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第一話 悪鬼の森の魔術師

 レギオス王国内部にも未開地が存在する。

 魔力場が極端に歪んだ場は、強力な魔物が次から次へと生まれるため、とても人が住まうことのできる地にはならないのである。

 そしてそういった地の多くは、表舞台に立てない者達の隠れ場所となる。

 もっともそれは、多くの強大な魔物達から身を守ることができる者に限る話ではあるのだが……。


 レギオス王国の領地であり、国全体の約八分の一を占める巨大な森……『人食い鬼の大森林』は、そういった地の代表的な地であった。

 特に歪みの極端に大きい中心部付近は、この国でも最も危険なところだとされている。

 狩りのために浅くに侵入する冒険者はおれど、森の名前の由来でもあるトロルと出会うほど深くに潜る者は、まず存在しない。


 その『人食い鬼の大森林』深くに基地を構える魔術師がいた。

 彼の名はレアル。百五十を超える年月を生きながらえ、人の理を超越した存在と化していた。

 遥か遠く、今は亡き国の千年前の王が建てたとされる墳墓を、自身の隠れ家として改造して扱っている。


 墳墓の奥、祭壇の上に透明度の高い鉱石の筒があった。

 筒の中は青い液体に満たされており、老人の生首が浮かんでいる。

 この首こそがレアルである。

 陰気な墳墓の各部屋は、彼の用意したアンデッド兵達が守っている。


 レアルの狂気は、純粋に死への恐怖から来るものであった。

 この世の理であり、等しく全てのものに訪れる永劫の眠り。

 彼は、自身の自我に蓋がされて二度と目覚めないことを、苦痛と孤独に永遠に苛まれることよりも遥かに恐れていた。

 彼の目的は、永劫に滅ぶことがないと保証された生命である。


 一人の女性が、レアルの佇む祭壇の階段を登る。

 彼女は彼の目前まで来ると人形の様に膝を突き、虚ろな目を生首へと向ける。


「ご報告に参りました、レアル様」


 彼の部下はアンデッドと、脳深くに魔術による洗脳を施した人間である。

 アンデッドに森に来た人間を捕えさせ、その人間を用いてまた別の人間を捕まえさせ、配下を無尽蔵に増やしていた。

 彼の配下となっている人間は二百人にも及ぶ。

 他の時代も合わせれば、彼の犠牲となった人数は、のべ千人を優に超える。


 洗脳を解くこと自体は難しくない。

 魔術を重ね掛けして打ち消し、療養生活を続ければいずれ効果は消える。

 だが、レアルが脳への負荷を考慮しているわけもなく、情報漏洩を恐れて魔術が切れた際に記憶の消去を行う様に魔術式が施されているため、仮に洗脳が解かれても元通りの生活を送ることは難しい。


「アインザス地下迷宮陥落以降、魔女ドーミリオネのものと思われる事件は一切発生しておりません」


『あの魔女が容易くくたばるわけがないと思っておったが、こうなるといよいよ真実味を帯びてきたわけだな。……フン、よほど自信があったのだろうが、堂々と都市近くに住居を構えておるからそうなるのだ』


 女の声に対し、レアルから思念波が漏れる。


「『笛吹き悪魔』の八賢者である『笑い道化』、『真理の紡ぎ手』も、テトムブルクの一件で死んだのではないかと考えられます。痕跡は調べてみましたが、有益なものは得られませんでした。既に教会が処分したのでしょう」


『……これで連中は『屍の醜老』に続いて、八賢者の三人を失ったのか。しかも内の一人の『真理の紡ぎ手』は、今代に限らず長らく八賢者の席を占めておる、四人の内の一人ではないか』


 レアルが呆れた様に言う。


「それから……八賢者に入りまだ年月の浅い『王女と騎士』ですが、未だまともな情報がありません。他の八賢者でさえ、直接の面識がない可能性が高いようです。存在自体がブラフかもしれません。そうなると、連中の生き残りは既に四人となります。最近動きが活発化していましたが……しばらくまた、目立った行動を控えるかもしれません」


『奴らは、今更退くにも退けんであろう。……結局、今回さしたる新しい情報は得られず、か。もうよい、下がれ』


「いえ、もう一つお伝えしなければならないことが……」


 女が前に出て、レアルの鉱石の筒へと接近する。


「なんだ? おい、下がれ……それ以上私に近づけないように魔術式を設定しておるはずだぞ。来るな……止まれ、止まらんか!」


 女の無表情な顔が変化する。

 目が細められ、口端がつり上がる。


「アンデッド共よ、こいつを殺せ!」


 離れたところに並んでいた、腐肉を纏う戦士たちが、一斉に女へと跳びかかっていく。

 すぐに羽交い絞めにされ、首を噛まれて肉を千切られ、彼女は絶命した。そのはずだった。


 女の目玉が白濁し、目尻と目頭の神経から赤い血が流され、それは勢いを増していく。


 女の身体を中心に、祭壇の床に大きく魔法陣が展開される。

 アンデッド達がその場に倒れ、まともに動かなくなった体を引き摺りながら苦悶の声を上げる。


『い、いったい何が……むぐ、おえ、ごぉ……』


 レアルの鉱石筒を満たしていた液体が、澄んだ青から溝の様な黒ずんだものへと変わっていく。

 レアルは自身を蝕む苦痛に耐えかね、白目を剥いた。


『お、おお、おご……な、なぜ……なぜだ……何が起きている?』


 苦悶の思念を漏らすレアルの前に、黒いローブを纏った者達が姿を見せた。

 彼らは一律に被りものをしていたが、先頭に立つ背の低い少女だけは、顔を晒していた。

 ただ、目には目隠しの布が巻かれており、布には瞳と図形が合わさったハインス教のシンボルが描かれていた。


 少女はローブの裾や袖が余っており、裾は引き摺り気味であり、腕は完全に袖に覆い隠されている。

 可愛らしい金のツインテールよりも、先にその異様な格好が目に付いた。


「魔力を掻き乱す結界で御座います。ハイエナが来るかもしれないとヨハネから聞き、テトムブルクの様子を窺っていたのですが、思ったより大きな獲物が釣れました。自己紹介が遅れましたが、ハインス教の名誉司教、異端審問会の一角を任されております、四大聖柱のフィリポと申します」


 フィリポが用いたのは、人間一人を生贄に発動する、結界内の魔力の動きを乱す魔術であった。


 多くの魔力を要する魔術ではあるが、予め身体に刻んだ魔術式によって生贄が廃人になるまで魔力を吸い上げて発動するため、仮に生贄が大した魔力を有さない凡人であっても高い効果を発揮することができる。

 元々魔術発動を阻害する結界は扱いが難しい上に、人間を生贄にする以上、手順の量が増え、扱いは数段複雑となる。

 他者の魔術を吸い上げて発動する魔術の使用が禁じられていることもあり、この高度な結界魔術を自在に操ることができるのは、現代のレギオス王国の中ではフィリポただ一人しかいない。


 レアルは生命の維持に魔術を用いているため、魔力を乱されただけで致命打となる。

 本来、彼は魔術で彼に害意を働ける程に他者を近づけなど決してしないが、自分の洗脳している手駒のはずだ、という油断があった。

 複雑な魔術の書き換えは、フィリポの得意分野の範疇であった。


『ぐ……うぐぅ、おご、がはっ……! きょ、狂信者共めが! 私を殺すために、人間を爆弾にして送り込んでくるとはな! く、狂っておるのは、貴様らも同じことだ! いや、まだ私の方が理解を得られよう!』


「これは救いでございます。彼女は、殉教なされたのです。死後には楽園にて、天使の位階を得られるでしょう」


 フィリポは一切動じることなく、レアルへとそう返す。

 言葉を失うレアルに、フィリポは続ける。


「あなたは多くの人を、無意味に、残虐に殺しました。しかし、私は、あなたも救済したい」


 フィリポはそこまで言うと、黙ったまま並んでいる部下達を振り返る。


「そうですね、一応二人つけておきましょう。彼が死へと旅立つのを、最後までゆっくりと看取ってあげてください。このまま手を加えなければ、三日間は苦しみに苛まれながらも、生きながらえるはずです」


『は……?』


 レアルには、フィリポの言葉の一切が理解できなかった。


「そうすることで、地獄へ送られる彼の罪を、少しでも取り除いてあげましょう。彼は大罪人でしたが、それは我々が憎むべきことではありません」


 レアルは呆然としていた。

 百五十年という長い年月を生きた彼でも、教会の内部にこんな化け物がいたとは、知らなかったのだ。

 彼女は、完全に彼の理解の外にいた。


「では残りの方は、私についてきてください。不運にも彼の悪事の手足となってしまった彼らにも、救済を与えなければなりません」


 その言葉にレアルは重ねて驚愕させられていた。

 彼が施した魔術による洗脳は、解除が困難なものではない。

 記憶の消去と脳への負荷はあるが、死に至るほどのことではない。

 だが、彼女のいう救済というのが穏便なものでないことは、先程の彼女の言動からも明らかであった。


 この日を境に、レギオス王国にて百年以上続く、『人食い鬼の大森林』に立ち入った冒険者や、その知人が行方不明となる怪事件に終止符が打たれた。

 最も、真相が公表されることはなく、墳墓は原因不明の陥落によって崩壊した。

 被害者とされる数百名についても、その後の行方が明らかとなった者はいない。

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