第五十話 テトムブルクの最期①
ランベールは地に刺さった大剣を拾い上げ、鞘へと戻す。
念には念を入れ、アンデッドのマナの感知能力を用いて、周囲にシャルローベのマナが残っていないかを確認する。
殺しても死なないのが高位の魔術師の厄介なところである。
「……今回は、流石に消えたようだな」
「……ここ、は? エリーゼちゃんは……王国兵の方々は?」
ランベールがしばらく辺りを探っている間に、気を失ったままであったアルアンテが、目を覚ました。
「気が付いたか。お前は、『真理の紡ぎ手』に身体を乗っ取られていたのだ。俺も今まで目にしたことがなかったような希少な魔術だが……当人であったお前に、心当たりがまったくないわけではあるまい」
「そ、そんな……」
アルアンテが口を開けて驚愕する。
しかし、アルアンテ自身、可能性の一つとして、何度か考えたことのあることであった。
なぜ一魔術師に過ぎない自分がわざわざこのテトムブルクに呼ばれ、なんの成果もあげていないのにトニーレイルより特別視されていたのか。
この地に来てから、何度も意識が途切れることもあり、酷いときには一日の記憶がまったくないこともあった。
本気でそう思っていたわけではないが、まさか、と頭に過ぎったことは何度もあった。
「う……うぶ、おえ……」
アルアンテが口を押えて嘔吐く。
他者が自分の中に入っていたなど、簡単に受け止められることではない。
「だが、既に片は付けた。動けるか?」
アルアンテが小さく頷く。
「クロイツとすぐに合流するといい。それまでは護衛してやりたいところだが……思ったより、奴は厄介な魔術師だった。あの魔術を遺させるわけには行かぬ。俺は一刻も早くに、資料の類を潰して回る」
「そちらに、エリーゼちゃん達もまだいるんですか?」
「ああ」
「……だったら、私は行けません。今なら、少しだけ、思い出せる気がするんです。あの子に、私は、どれだけ酷いことを言ったか……」
自覚した今ならば、シャルローベに乗っ取られていたときのことを、少しだけ思い返すことができた。
その際に、自身の身体を使ったシャルローベが何を口走っていたのかも、朧気ながらに理解していた。
「あの外道のことだ。何を言っていても、おかしくはなかろうな。だが……あの子は、お前のことをずっと信じていたぞ。迷わず会いに行ってやるといい」
アルアンテはランベールの言葉を受け、しばし呆けた様に口を開けていたが、すぐにぎゅっと口を結び、彼へと頭を下げた。
「……ありがとう、ございます」
ランベールはアルアンテが駆け出した背を見つめていたが、視界から消える前に前へと向き直った。
ランベールの見立てでは、アルアンテは素の状態でもそれなりには魔術の腕が立つ。
彼を無事に送り届けることより、シャルローベの研究の痕跡を残さないことを優先した。
あの『電離人魂』は、後世に残っては決してならない魔術である。
「どこに何が残っているか、わかったものではないな……」
万が一、という事が考えられる。
地下研究施設だけではなく、地上の労働施設の廃墟から、坑道跡まで探る必要があった。
シャルローベの遺産を狙い、何者かが動き出さないとも限らない。
ランベールはまずは地下研究施設へと降り、合成獣や疑似生命体の入った水槽を壊して回る。
魔術師でないランベールには重要度の区別はつかない。
虱潰しに破壊して回る他にない。
書物や資料は、後で纏めて焼き払う予定だった。
「…………」
作業を進めていたランベールは、何者かの気配を拾った。
入ったときに既に地下研修施設を一周して蛻の空であることは確認していたため、騒動が静まった今になって入ってきた、ということになる。
隠し部屋があったという可能性も排除はしきれないが、外から入ってきたと考えるのが自然だ。
「何者……」
ランベールの問い掛けに応じる様に、部屋の扉より、異形の剣士が現れた。
下半身はなく、上半身だけが宙に浮かんでいる。
陶器の様に白く、無機質な肌質を持ち、背には翼があり、顔があるべき部分は大きく円形にくり抜かれている。
光界の精霊の特徴であった。
不気味に細長い腕には、二ヘイン(二メートル)を超える長刃の剣が握られていた。
一瞬で間合いを詰めた異形の剣士は、ランベールが態勢を起こさぬ間に、彼の背後で剣を振るっていた。
次の瞬間、刹那の間にランベールが大剣を抜き、異形の剣士を縦に斬っていた。
左右に分かたれた光界の住人の身体がぐらりと揺れ、光を放ち、そこに溶け込む様に姿を消した。
「いきなり精霊を仕向けるとは、大した挨拶だな」
ランベールの言葉に対し、返答はない。
ただ代わりに、部屋の出入り口付近から大きな音が響いた。
天井が崩されたようで、瓦礫で埋めつくされていく。
精霊での奇襲が失敗したと見て動いたようだが、手際が良すぎる。
ランベールでさえなければ、確実に密室の中に閉じ込められていたところであっただろう。
ランベールは即座に入口へと駆け出し、跳んで身体を丸め、体当たりによって瓦礫を弾き飛ばし、廊下へと着地した。
そこに立っていたのは、三人の魔術師だった。
皆一様に黒い被り物とアームカバーをしており、生身の一切窺えない格好となっていた。
そのため性別さえ一切わからない。
ただ、纏うローブには、瞳の周囲に線の入った模様が描かれていた。
これはランベールの生前よりレギオス王国の国教であった、ハインス教のシンボルである。
「教会の者か。安心しろ、俺はこの施設の人間ではない」
ランベールは大剣を降ろし、交戦の意志がないことを示す。
だが、魔術師達は杖先でランベールを捉えていた。
「炎よ、焼き払え」
ランベールは放たれた炎を掻い潜り、籠手の水平打ちで二人を薙ぎ倒した。
背を狙っていた最後の一人を、裏拳で吹き飛ばす。
持っていた杖がへし折れ、床へと落ちた。
殺したわけではない。敵対的な立場にあるかどうかの判断が付かなかったため、気を失わせただけである。
(場所が場所にしても、警戒という範疇ではなかった。偽者であったのか?)
ランベールは気絶している魔術師の被り物を剥がし、素顔を確認する。
額にはハインス教シンボルの入れ墨があり、両目共に開かない様、瞼を糸で縫い合わされていた。
目を開かないようにするのは、ランベールの時代からハインス教の一部で行われていた修法である。
視覚に頼らず魔術による感知のみで生活を送ることで、魔術の腕を磨き、同時に欲からの解放にも繋がると称されていた。
(偽物にしては……少々、手が込み過ぎているか)
ランベールも自身の風貌が、当時には英雄の物だったとしても、今では少々浮いていることは理解していた。
だが、それにしても、一切ランベールの言葉に耳を傾ける様子がなかった。
ランベールは彼らの行動に、少し不穏なものを覚えていた。




