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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気

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第四十八話 真理の紡ぎ手⑩

 二百年前、八国統一戦争時代のマキュラス王国、宮廷魔術師団の研究所にて。

 

『テスラゴズ様! 見てくだされ! 理論上では、可能なはずですぞ! 体内のマナを完全に電離させ、安定化させ続けることができれば……身体を持たず、それ故にあらゆる外傷を受け付けぬ、無敵の魔術師となれるはずなのです!』


 小柄の男シャルローベは、師であるテスラゴズへと熱心に説明する。


『テスラゴズ様は否定しましたが、その点は既に補っております! どうでございますかな、このシャルローベ、やるときはやるでございましょう! テスラゴズ様が肉体を離れて戦地を自在に飛び回れば、レギオス王国の騎士共など、虫ケラ同然にございます!』


 シャルローベは得意気に言うが、テスラゴズは関心を示してはいなかった。


『……まだ理解せぬか、シャルローベ。実現不可能だからと否定したのではない。確かに私は実現不可能だと思ったし、そう言った。しかし、それ以前に、こんな魔術は、国が使っていいものではないと言ったはずだ』


『この期に及んで、何を! 憎きレギオス王国を討つためには、手段を選んでいる場合ではないでございましょう! それにその様な言葉は、魔術革新が起こる度に言われてきたこと! そんなことは、テスラゴズ様が一番よく知っておられるはず!』


『戦争は既に終わっておる。王族はまだ認めてはおらぬようだが……この盤面からマキュラス王国が勝利を得るのは、もう不可能である。お前のその魔術も、完成は間に合いはせぬ。後の世界に、不要な憂いを残すな。お前の言う様な魔術の存在は、この世を狂わせる』


 会話が続くにつれ、最初は得意気だったシャルローベの表情がどんどんと曇っていく。


『その言葉、上が聞けば叛逆と取るでしょうなぁ、テスラゴズ様……。まさか貴方様が、そのようなことを口になさるとは』


『お前は宮廷でも浮いているのを、身体を負傷して戦場に立てぬようになったからだと思い込んでおる節があるが、そうではない。元からお前の極端な考えを私は好きではなかったが……あれ以来、拍車を掛けてそれが偏り過ぎているのだ。その魔術が完成すれば、確かにお前でも戦場に立てるだろうが……』


『それは、関係あるまいが! 師は、言葉をすぐに変えてあれやこれやと難癖をつける! ああ、わかった! 怖いのであるな! 弟子の我に、先をいかれるのが! ずっとこの国一の天才と呼ばれていた、貴方だからこそ!』


 ついに激昂したシャルローベが叫ぶ。

 周囲の他の魔術師達は、その様子を遠巻きに見守っていた。


 シャルローベが興奮して危ういことを口走るのは、身体を負傷して戦地に立てなくなる以前から、よくあることだった。

 偏屈な変人揃いになりがちな魔術師の中においても、シャルローベは思想が少々偏っている節があり、また思い込みが激しい性質だった。

 だが、この日はシャルローベの様子が常より数段は異常であった。


『……お前がどういえば納得してくれるのか、悩んでおるのだ』


『ならば思うことを言えばいい! 何故それが誤りだとわかってなお、この我を認めず、言を替えて否定するのか! 我は、この国を勝利に導こうとしているだけなのに! まさか、我が師ともあろうテスラゴズ様が、レギオス王国と内通しておるのではなかろうな! いや、それしか考えられまい! そうに違いない!』


 ついにシャルローベが、杖を取り出し、テスラゴズへと突きつけた。

 本気でそれを使う気だったのかどうかは、本人にもわからない。


『シャルローベ、それを降ろ……』


 テスラゴズが止めるより先に、事態を胡乱気に見守っていた魔術師が、魔術を用いてシャルローベの背へと炎弾を放った。

 戦地の負傷で身体が不自由なシャルローベに、それを避ける能力はなかった。

 身体に炎が燃え広がったシャルローベは、悲鳴を上げながらその場にのた打ち回った。



 ――投獄されたシャルローベが牢から姿を消して行方不明となり、テスラゴズが暗殺されたのは、この日より一週間後のことである。

 以来、シャルローベの名がマキュラス王国の記録に浮上することはなかった。



 八賢者が一人、『真理の紡ぎ手』ことシャルローベが、自身の腹部へと目線を落とす。

 ランベールの大剣で斬られ、プラズマの身体が抉れていた。

 だが、それもすぐに元の形状へと復元されていく。


「き、貴様……まさか……!」


 シャルローベは出かかった言葉を途切れさせる。

 それ以外にないとわかっていても、到底認めることができなかった。

 ランベールが、シャルローベを誘い出すためだけにこれまで挑発を繰り返し、手を抜いて戦っていた、などと。


 魔術師が自身の研究に誇りを掛けているのは、魔術師でないランベールにでもわかることであった。

 だからこそ、シャルローベが切り札を持っていると踏んだ上で、敢えて彼の扱う魔術がテスラゴズの模倣ばかりでしかないことを指摘したのだ。

 常ならば、シャルローベも引っかかる様な手ではなかったかもしれない。

 だが、彼の妄執が、遠い日の師との確執が、ランベールの発言を見過ごさせることを良しとはしなかったのだ。


「確かに、愚かにも挑発に乗り、引き摺り出されたことは認めよう。だが、ここで貴様を処分すれば、何の問題もあるまい……! 我がプラズマの身体は、決して朽ちることがない。半端に我を追い込んだことを、後悔するがいい……逃がしはせぬぞ……!」


 シャルローベが再びランベールへと、プラズマの身体で突進する。

 同時に、場に残っていた紫電の獣達がランベールを円状に囲み、飛び掛かる。

 ランベールが一瞬で包囲から抜け出す。

 取り囲んでいた一角であった二体の魔犬が宙を舞い、身体を崩壊させて消える。


(奴の白兵戦の勘は、我を上回る……牽制の薄くなった、今飛び込むのは危険か……)


 途中まで動いてシャルローベは、進路を逸らし、ランベールとの接触を避け、横を通り抜けようとした。

 実際、通り抜けることには成功した。

 だがその直後、シャルローベの背後に大剣が振りかざされ、背を大きく抉ってた。


「がぁっ!」


 移動中に動きを乱されたシャルローベは、転倒しつつも強引に態勢を持ち直し、地を滑りながらランベールを振り向いた。


「そんな、馬鹿な……! 今の我の動きに、追いつけるはずがない!」


「貴様自身、制御できていないようだがな」


「まさか、我の軌道を読み取り、始点の時点で動きを予測して回避と追撃を行っておるとでもいうか……?」


 シャルローベが口にする。

 ランベールは何も答えなかった。


 シャルローベの自慢の一つは、一流の剣士にも劣らぬ戦闘勘であった。

 それ故に、剣士相手に至近距離の戦いを熟すことさえも可能だったのだ。


 だが、ランベールの戦闘勘は、シャルローベのそれを遥かに上回っていた。

 地に堕ちた肩書きだとしても、レギオス王国最強の騎士、四魔将ランベールは伊達ではない。


「あ、あり得ぬ! そんな戦い方が、何度も続くものかぁっ!」


 続けてシャルローベがランベールへと飛び掛かる。

 シャルローベはランベールの間合い外で急停止し、周囲を一周した後に、その背後へと豪速の体当たりを仕掛ける。


 その動きは、正に雷の一閃に等しかった。

 確実にランベールの身体を穿った――はずだった。

 大きく移動したシャルローベのプラズマ体から、伸ばした腕が斬り飛ばされていた。


「何故……?」


 シャルローベが呟く様に言う。


「プラズマ体の身体は朽ちることがない……か。少し過言だったようだな。貴様が完全に消耗して消え失せるのと、俺が力尽きて倒れるのと、どちらが先か勝負といこうではないか」

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