第四十六話 真理の紡ぎ手⑧
アルアンテの周囲に浮かんだ白い光球が彼から離れ、やや距離を置いたところで、一斉に周囲へと紫電を放ち始めた。
光の球が周囲の熱を操り、電離気体を生み出し、自在に操っているのである。
紫雷の線が複雑に絡まり、形を成す。
光の球を心臓に添えた、五体のプラズマの獣が現れた。
五体のプラズマの獣が首を天へと向けて吠える。
「……ここに来てからも、一度見た魔術だな。なるほど、それが貴様の本分か」
ランベールは、ラガール子爵領に入ってから、熱電離魔術を一度目にしたことがあったのを思い返す。
ラガール子爵領を探っていたランベールを処分しに来た、老魔術師のジルドーム・ジレイナスである。
思えば彼は、この地の何者かに心酔している様子であった。
アルアンテの正体を知っていた、数少ない魔術師の一人だったのかもしれない、とランベールはふと考えた。
「……熱電離魔術とくれば、貴様の正体は、テスラゴズか。直接、あの時代に顔を合わせたことはなかったが……高名な魔術師に珍しい人格者として名を聞いていた。しかしまさか、この様な品性下劣な小者だったとは。噂とは当てにならぬものだ」
アルアンテが額に深く皺を刻み、目を大きく見開き、ランベールを視線で射殺すかの様な目で睨む。
その顔に、最早元の優男の顔の面影はない。
ここまでアルアンテが感情を露にするとは、ランベールも予想していなかった。
「この我を、あの様な愚か者と同一視するとは、何たる暴言! 我が猟犬よ、喰い殺せ!」
アルアンテが吠える。
五体の紫電の獣が、各々にランベールへと向かう。
アルアンテ自身も、手の先に新たな光球を浮かべつつ、ランベールへと駆ける。
ランベールは大振りで大剣を振るい、紫電の獣を核ごと絶っていく。
一体、また一体と、大剣の餌食となって核が裂け、分散して消える。
だが、三体目は、引き裂かれた紫電がすぐに元の形を形成し、大口を開けてランベールへと飛び掛かってきた。
アルアンテは、プラズマの獣に掛けたマナに、敢えて差を付けていた。
常に全力で魔術を使えば、長期戦になったときには自身が不利になるという理由もあるが、ランベールが対処に慣れない様に、という意味合いが大きい。
元々、プラズマ体であるこの獣は、物理的なダメージに対して大きな耐性があった。
加えて、連続して三体目を斬ったために、大剣の威力が僅かに落ちていたのだ。
それらが重なった結果であった。
「はぁっ!」
喰らいついて来たプラズマの獣に対して、ランベールは大きく前のめり、自身から当たりに行った。
魔術に大きな耐性を持つ魔金鎧は、プラズマの獣を跳ね飛ばした。
獣が地へと落ち、横っ腹を打ち付けて地面を転がる。
「無様に動いたな。ほら、隙ができた」
飛び掛かってくるアルアンテの手には、一つの熱球が浮かび上がっていた。
ただ、プラズマ体疑似生命体の核としているものよりも僅かに大きく、怪し気な輝きを伴っていた。
その刹那、ランベールはアルアンテの目を確認し、狙いを推し量ろうとした。
歴戦のランベールの戦闘勘は、相手の顔を見ただけで、それがどれだけ巧妙に偽装されたものであっても、だいたいの狙いを読み解くことができた。
魔術師の初見殺しに対応した数も、一度や二度ではない。
だが、こうして内面を探ろうと改めてみれば、アルアンテの目は、顔つきは、あまりに人間離れしていた。
ランベールの見たところ、奇妙な人間の本能を無視した様な動きといい、アルアンテは既に人間としての感覚をほとんど持ち合わせていなかった。
ランベールはアルアンテの狙いを外しつつその場から逃れるため、プラズマの獣へと体当たりを仕掛けた勢いをそのまま角度を切り替え、真横へと跳んだ。
アルアンテの手に浮かぶ球から、紫の光の束が放たれる。
つい先ほどまでランベールが顔を向けていた座標の地面を綺麗に打ち抜き、容易く大きな穴を穿った。
巻き込まれたプラズマの獣の一体が、跡形もなく消し飛んでいた。
光の束が放たれた瞬間は、ランベールを以てしても捉えることはできなかった。
選択肢が狭まった隙を狙って撃たれた際には、今の様にアルアンテとの駆け引きで読み勝つ以外に回避する方法がない。
アルアンテの両脇に、残った二体のプラズマの獣が立つ。
「フフ……さすがの元四魔将も、ここまでと見える。二百年掛けて魔術を磨き続けて来た、この我に敵う者などおらんのだ。いいことを教えておいてやろう、我は、八賢者の中でも、最も強い」
アルアンテはそう言い、魔物の様な奇怪な笑い声を上げた。
「……思ったよりも厳しいな。もう少し、余裕を持って動けると睨んでいたのだが」
ランベールの呟きを聞いたアルアンテが、再び顔に黒い憤怒を滲ませていく。
「フン、見え透いた強がりを……」
「そう言えば貴様、やはりテスラゴズではなかったようだな」
アルアンテの言葉を遮る様に、ランベールが言う。
「思い返せば、貴様の弟子らしいジルドームは、その雷の疑似生命体を、未だに研究途上と称していた。考案者のテスラゴズが生きていれば、二百年経っても不完全などというお粗末な結果にはなっておらぬかったであろう」
プラズマの猟犬ティンダロスは、八国統一戦争でも用いられていたものの、複雑な指令を熟すだけの知力を持ち合わせていなかった。
また、マナの消耗が激しく、使用できる場面はかなり限定されていた。
他にも稀に原因不明の術者の意図していない動作を取ることがあり、それが元で優秀な魔術師が自身の魔犬に襲われて事故死することもあった。
テスラゴズはこの魔術の改善を研究していたが、それを果たす前に暗殺され、ランベールよりも先に命を落としている。
安定した使用ができるのは、膨大なマナで燃費の悪さを補え、桁外れの高い身体能力を併せ持つ、アルアンテの様な化け物くらいである。
他の魔術師は、如何に優秀なものであったとしても、唐突なマナ切れと、暴走した魔犬による事故死によるリスクが付きまとう。
仮にテスラゴズが生きていたのならば、ジルドームにプラズマ体疑似生命体を、不完全なものと零させるような真似はしなかっただろう。
「貴様は二百年経ってもフロッガ遊びしかできず、不完全な熱電離魔術を改善もできぬまま自分の切り札として持ち歩く、道化者に過ぎぬ。この調子だと……貴様の名を知っているのかどうか、それさえ怪しいところだな」
「ハハハハ! 哀れだな! 最後にやることが、見当外れな挑発とは! 最強の剣士と称されておきながら、魔術師であるこの我一人斬れぬ貴様如きが言ってくれる! ランベール、貴様には敗者の戯言が、実によく似合っておるぞ!」
アルアンテの身体のあちこちの皮膚が破けて捲れ、全身に血が滲み出し始める。
あまりに膨大なマナに、身体が追いついていないのだ。
「熱球よ、我が手に宿れ!」
先程から残っている二体の魔犬に加え、新たに五体の魔犬が、アルアンテの周囲を囲む様に現れる。
その後、アルアンテが天へと左手を掲げる。
その手の先に、不気味な光を放つ、巨大な光球が宿った。
「我ら魔術師の誇りを、知識欲を、知りもせずに好き勝手に語る、貴様の様な愚者が最も腹立たしい。死に際の捨て台詞だったとはいえ、その無様な挑発は、高くつくと思え」




