第三十七話 再・笑い道化①
通路の崩壊によってランベールと別れることになった、クロイツ率いる王国監査兵団『不死鳥の瞳』第二部隊の六人は、ランベールとは別に地下施設内の調査を進めていた。
「周囲の警戒を怠るな……なんとしても、先手を打つぞ。幸い、大物はあの鎧の剣士が仕留めて回っていたはずだが……まだ、凶悪な魔術師が残っていてもおかしくない。仮に老化魔術のトゥーレニグウや、『神の両手』ハルメイン兄弟クラスの魔術師とぶつかれば……我々が勝つには、戦闘態勢に入る前に攻撃するしかないのだ」
ハルメイン兄弟の起こした事件は教会によって秘匿されていたが、王国と教会は秘密裏に彼らをA級犯罪者として行方を追っていた。
犯罪者の討伐危険度は魔物の基準で示されるのだが、ハルメイン兄弟は両者共に、五段階評価で下から三つ目、大鬼級の上位に指定されていた。
大鬼級の目安の一つとして、一流の戦士五人以上に匹敵する戦力、という基準がある。
本来、人間につけられるものではないのだ。
その戦闘能力といい、思想といい、人間というよりは化け物に近い。
トゥーレニグウは目撃情報がなかったため、王国もクロイツも、その存在を把握してはいなかった。
ただ、クロイツの見立てでは、ハルメイン兄弟より一つ上の巨鬼級の領域に足を踏み込んでいた。
真っ当に戦ってどうにかなる相手ではないことは、ハルメイン兄弟戦で蚊帳の外だったクロイツだからこそ、痛いほどよくわかっていた。
だからこそ今は慎重に動き、鎧の剣士との合流を優先しつつ、敵を見つけた際には先に叩き、人数差によって実力差を埋める。
それがクロイツの方針であった。
「……私は、ハルメイン兄弟の様な連中を野放しにしないために、王国兵団に入ったのだ。だが、ここまで『笛吹き悪魔』の魔術師との間に、実力差があるとはな」
クロイツは少し寂し気に零す。
『笛吹き悪魔』の魔術師達のこともそうだが、彼らを一方的に斬り伏せる鎧の剣士の存在が、彼の自信を崩していた。
「……いつか私も、少しはあの剣士に追いつきたいものだ」
「さすがにあの人を目標にするのは、無茶なのでは……?」
彼の部下のフーレが、クロイツの零した言葉に思わず反応する。
「いや、しかし……それくらいの気持ちでなければいかぬ。私の認識も、王国の認識も甘かった。王国兵団には、正面から『笛吹き悪魔』の上位魔術師とぶつかることのできる人間は、ただの一人も存在しない……」
六人に、重い空気が流れる。
士気を下げてしまったことに気が付いたクロイツが、小さく咳払いをする。
「……だが、悲観することはない。トゥーレニグウの様な魔術師が、何十人もいるわけがない。仮にそうだとすれば、『笛吹き悪魔』は既に国を落とし始めていただろう。ここは研究施設があったために、優秀な魔術師が集められていたのだ。確かに奴らは思いの外に強大であった。また『笛吹き悪魔』の評価を改めなければならない。だが、今日何人もの優秀な魔術師を失ったことは、連中にとって大きな痛手であったはずだ」
クロイツは表情を作り、部下達へと笑いかける。
「……そう、ですね、クロイツ様」
「研究所は、魔術師にとって要ですからね! ここで一人奴らを殺すことは、百人、いや千人を救うことに繋がるはずです! 我々も、命に代えても、後一人くらいは……!」
意気揚々と剣を掲げる部下の顔を見て微笑んでいたクロイツの表情が、次の瞬間に硬直した。
「危ない、ノエル! そこを離れろ!」
名前を呼ばれた兵士、ノエルは、地面を蹴り、とにかく遠くへと飛んだ。
手から先に着地し、身体を前転させて背後を振り返る。
彼の駆けていた位置に、大人の背丈ほどはあろうかという、巨大な鋏が突き刺さった。
双の刃に三つずつついた目玉が、ぎょろぎょろと周囲を見回す。
「い、一瞬遅ければ、死んでいた……あの奇怪な生き物は……?」
「異界の精霊だ! 本体は頭上だ!」
クロイツの睨む先には、天井に足をつけて逆さまの姿勢で立つ、泣き顔の面を被る道化衣装の少女、『八賢者』が一人、『笑い道化』のルルック・ルルックがいた。
短い金属杖を手に、クロイツ一行を見下している。
「あはぁ、なんだ、あの鎧のおにーさん、いないんだ。わざわざ隠れて張り込んでたのに、そんなにビクビクしなくてよかったかな? ま、いいや。私は今急いでいるから、見逃してあげちゃおっかな。ラッキーだったわね」
クロイツはルルックが話をしている間に、床を蹴り、壁を蹴って勢いよく飛び掛かり、逆さの彼女の額目掛けてレイピアの突きを放つ。
ルルックが首を横に倒して刺突を回避し、同時に天井を蹴り、床へと着地した。
「……何のつもり? 今は急いでいるから、見逃してあげるって言ったのだけれど?」
「見逃すかどうか、それを決めるのは我々の方だ。もっとも、『不死鳥の瞳』が貴様らの様な外道を見逃すことなど、絶対にあり得ぬのだがな」
クロイツがルルックへとレイピアを向ける。
彼の部下達も等間隔に並んでルルックを包囲し、死角に回ったものから動き出す。
「血迷ったわね、身の程知らず共が!」
ルルックは二度高速で宙返りをし、華麗に彼らの剣技から逃れる。
そこへ振り下ろされた剣を見向きもせずに杖の柄で弾き、宙に浮かせた自らの足を左右へ大きく振り回し、兵の一人へと蹴りを繰り出した。
防ぐために構えられた剣を弾き、そのまま爪先で顎を捉えて蹴り飛ばした。
「クソッ! 身軽な上に、速すぎる!」
「だが、これで隙が……!」
ルルックは宙で回り、振り回された剣の刃の上に片足で着地し、金属杖で的確に二人のこめかみを打ち抜いた。
二人共失神し、その場で倒れ込んだ。
「うぐっ……」
クロイツが、尻目に倒れた仲間を確認する。
格上だろうという覚悟はしていた。
だが、六人がかりで襲い掛かり、純粋な白兵戦のみで、一分と持たずに半数が無力化されるとは思っていなかったのだ。
おまけにクロイツ自身も、ルルックの軽妙な動きをまったく見切れないでいた。
「はい、これで後三人……」
ルルックは杖を衣服に仕舞い、地に突き立てられた巨大な鋏、ポルターシザーを引き抜いて構えた。
「あはははは、喧嘩売る相手が、悪かったわねええ! 雑魚は雑魚らしく諂ってれば、見逃してあげるつもりだったのにぃ、私、ちょっとプッツン来ちゃったかも! ねぇ、今から泣いて頭を下げたら、見逃すかどうか、ちょっとだけ考えてあげようか? ねぇ?」
「ふざけるなぁっ!」
クロイツは半歩下がり、助走を付けて正面からルルックの腹部目掛けて刺突を放つ。
「つまんなーい」
ルルックがケタケタと笑いながら、ポルターシザーを後ろへと引く。
それはクロイツには、単にルルックがポルターシザーを構えたように見えた。
だが、クロイツのレイピアが、唐突に刃の中央から切断され、床へと落ちた。
「なっ……!」
どのタイミングで切断されたのか、まったく掴めなかった。
恐らくは、ルルックがポルターシザーを構えるように見えたその一瞬前に、突き出された双の刃がクロイツのレイピアを切断していたのだ。
とんでもない早業である。
目で追うどころか、認識することさえできなかった。
そこへ、ダッ、ダッ、ダッ、と、鉄塊が地面に連続的に叩きつけられるような音が響く。
不穏なものを感じ取ったルルックが、即座にクロイツから距離を取り、姿勢を低くしてポルターシザーを構え、周囲を警戒する。
「よく足止めしてくれた。危うく、一人逃すところだった」
いつの間にやら、警戒気味に前傾姿勢を取っているルルックの背後に、大剣を構えるランベールが立っていた。
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