第九十八話 殺気
ここ最近のクレイリーファラーズの様子がおかしい。何か、妙に真面目になっている。
いや、今までの彼女が不真面目であったというわけではない。ただ単に、朝は起きてこないし、炊事、洗濯、掃除をしている姿も見たことはない。メシは二人前はペロリと平らげるし、ガサツで下品なくらいだ。そんな彼女が、毎朝早起きをして炊き出しの準備のかかり、避難してきた女性たちに交じりながら、料理を作るフリをしている。昼食は屋敷に帰ってから食べているが、いつもの食いっぷりが見られない。何と一人前でごちそうさまをするのだ。そして、何より驚くのがオヤツを食べなくなった! むしろ、レークにオヤツを作らせて、それを率先して避難所に持って行くのだ。これまで自分のオヤツを人にあげることなど、まずなかったことなのに……だ。今年はきっと、天変地異が起こるに違いない。
夜は夜で、これもきちんと一人前だけで食事を終える。そして、すぐにバタンキューと寝てしまう。そんな規則正しい生活を送るせいもあってか、この二週間で、彼女は少し痩せてきた気がする。
クレイリーファラーズが避難所に頻繁に顔を出してくれるお蔭で、俺たちはかなり助かっている。避難してきた人々には、村人が炊き出しを行うのは二週間だけであり、後は皆で助け合ってほしいとお願いしたこともあり、彼ら、彼女らをまとめるリーダー的な人が自然に出てくるようになっていた。その彼らが、ティーエンやクレイリーファラーズらと協議しながら避難所を運営していっている。今のところ村人たちとのトラブルは皆無だし、炊き出しなどもスムーズに当番が決まって、問題なく引継ぎが出来そうな状態になっているのだ。
今日はその引継ぎ日に当たっていて、俺は避難民たちが自分たちで炊き出しを行えるのかを確認するために避難所に来ていた。どうやら俺の心配は杞憂に終わりそうで、人々は全く問題なく、自分たちの手で美味しそうな豚汁のようなスープを作り、その他、サラダや俺が伝授したから揚げなどを作っている。
どうやら上手くいきそうだとティーエンたちと顔を見合わせながら、俺は胸をなでおろす。そのときふと、クレイリーファラーズの姿が目に入った。彼女はいつものように、ウォーリアの話に耳を傾けていた。
「そうですか。わかりました。何か困ったことがあればいつでも言ってくださいね」
いつものクレイリーファラーズとは違った、上品さを醸し出した彼女がそこにいた。二人は俺が近づいていることに気付かず、話を続けている。
「……あと、領主様の衣装ですが、今度、お時間のあるときにでも仮縫いをしたいと思うのですが……ご都合はいかがでしょうか?」
「ええ、問題ありません。ウォーリアさんの予定に合わせます」
「ありがとうございます。できましたら、明日の午後にでもお伺いできればうれしいのですが……」
「わかりました。お待ちしております」
「あの……領主様に確認を取らなくても大丈夫でしょうか? お忙しいかと思うのですが……」
「大丈夫です。あの方の予定は全て把握しております。全く問題ありません」
……おいおい、俺の何を知っているんだ? ちなみに明日の午後はギルド長との打ち合わせが入っているのだよ。これはいけない。俺は二人のところに大股で歩き出す。
「それにしても、クレイリーファラーズさんは優秀ですね。素晴らしいですね」
「あら、お上手なのですね。ウォーリアさんは優秀な女性が好きなのですか?」
「いえ……私は、優秀さよりも、かわいい人が好きです」
「まあ……」
「ちょっとごめんなさい?」
俺の姿に驚いた二人が目を丸くしている。そしてすぐにウォーリアは俺に向かって深々と頭を下げた。
「ああ、いいよいいよ。そんなに畏まらないでください。頭を上げてください」
「ハイ、失礼します」
きびきびとした様子で彼は顔を上げる。その振る舞い方には好感を覚える。俺はそんな彼に視線を向けながら、申し訳なさそうに口を開く。
「すまないけれど、明日の午後はギルド長との打ち合わせが入っているんだ。別の日に変えられるかな?」
「もちろんです。いつがよろしいでしょうか?」
「ギルド長との話はそんなに長くならないでしょう?」
クレイリーファラーズが口を挟んでくる。何か、彼女の視線が痛い。俺はチラリと彼女に視線を向けながら、背筋を伸ばす。
「いつ終わるのかわかりませんから。話の内容が内容だけに、長くなる可能性もあります。そうなると、ウォーリアさんを待たせてしまいますから」
「では、夕方にしてはどうですか? そうだ! 一緒に夕食でもどうですか?」
「いいえ、クレイリーファラーズさん。お気持ちだけで十分です。私一人がお招きに預かるわけにはいきません。領主様のお時間をいただいている身でございますから、領主様のお手すきのときで結構でございます」
そう? では……と、俺は彼に別の日を指定する。そのとき、ものすごい殺気が俺に向けられているのを感じる。ゆっくりと視線を移すと、案の定、俺に殺意を向けているのは、クレイリーファラーズだった。この天巫女とは、話し合う必要がありそうだ……。




