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第九十二話 交渉

「ペラペラと……」


シーズがゆっくりと口を開く。彼は俺とハウオウルを交互に見比べながら、さらに言葉を続ける。


「朱に交われば赤くなると言うが、人はここまで変わるものなのかな? 僕の知っているノスヤじゃないな……君は誰だい?」


背中に冷たい汗が流れる。心臓の鼓動が速くなる。さすがにしゃべりすぎたか……。勘づかれてしまった……?


クレイリーファラーズにチラリと視線を向けると、彼女も顔を引きつらせている。……でしょうね。今のあなたの気持ちは、手に取るようにわかります。


「……冗談だよ」


相変わらず目は笑っていないが、口元がほころんでいる。俺はゆっくりと息を吐き出すが、まだまだ油断がならない。


「別人に思える程に、お前は成長したのだね。いつしか僕は、僕が知っている泣き虫ノスヤのままのイメージで話をしていたかもしれないね。なるほど、そう考えれば、お前がバカにされたように感じるのはよくわかるよ。僕も、兄貴たちからいつもバカにされてきたからね……。知らず知らずのうちに、僕もあの兄貴と同じになっていたようだ……これは、戒めないといけないな」


シーズは独り言を呟くようにして話をしている。そんな彼の様子を俺は黙って眺め続けていた。すると彼は俺に視線を向けると、再びニコリと笑みを漏らしながら、スッと頭を下げた。


「すまなかったね、ノスヤ。この通り、謝らせてもらう」


予想だにしなかった展開に、俺はただ固まるしかなかった。そんな中、ハウオウルが再び口を開く。


「いや、シーズ殿。お見事ですじゃ。まさか兄にここまでされて、許す、許さぬを言うご領主ではあるまい」


「え……ええ。むしろ俺の方こそ、生意気なことを言って、すみませんでした」


俺の言葉に、シーズは再びニコリと笑みを浮かべた。


その後、この村で受け入れる人々について打ち合わせが始まった。兄、シーズの要請通り、女、子供を優先的に避難させることについては、全く異存はなかった。驚いたことに、余裕があれば、と前置きしてから、彼が放った一言に俺は驚愕した。避難民の中にいる手に職を持っている人々も受け入れて欲しいと言ったのだ。


シーズ曰く、職人、とりわけ熟練された職人は一朝一夕で出来上がるのではなく、長い年月がかかる。そうした職人が死んでしまったり、他国に流出したりしてしまっては、国力が大きくダウンしてしまう。そのため、手に職を持つ人々も優先的に救いたいと言うのだ。話を聞けばなるほどと納得する部分もあるが、そこには情と言うものを一切感じさせない。国のためになるか、ならないかという明確すぎる基準のもとに判断された事柄だ。俺は兵士たちに囲まれながら暮らさねばならない人々に、心から同情した。


「女子供たちのことについてはノスヤ、お前にすべて任せることにする。蛇足になるけれど、お前の役目は、避難した人々の命を守ることと、そして……彼らがインダークに逃げないことだ。もし、お前の手に余るというのであれば、王国軍の一部をここに駐留させて、国境警備の任に就かせてもいい。もっともこれは、軍と調整が必要だけれども……」


「やめた方がいい気がします」


俺の言葉にシーズがキョトンとした表情を浮かべる。だがすぐに彼は何かに得心したかのような表情になって、俺に話しかけてきた。


「ああ、王国軍が駐留すると、彼らの食料も面倒を見なければならないと思ったのか? まあ、確かにそれはそうだ。だけれども、万単位の兵士が駐留するわけじゃない。精々300人程度で事が足るだろう。そのくらいの兵士なら養えるんじゃないかな?」


「いえ、俺が言っているのはそういう意味じゃなく、避難民の逃亡を阻止するのは無理だという意味です」


「ノスヤ、お前は今、王国がどういう状況にあるのか……」


「わかっているつもりです。ですが、どれだけ国境の守りを固めようと、逃げる人は逃げます。ならば、国境に兵士を配置するのは無駄だと思うのですよ。要は、この村がインダークより住みやすいと彼らに思ってもらえればいいのだと思います。どこまでできるかはわかりませんが、俺もできるだけ彼らが国を出ていかないように努力はするつもりです。そのためには、軍勢は必要ないと思うのです」


「……わかった。お前がそこまで言うのであれば、お前にすべてを任せよう。だが、この村に避難する者たちの選定は僕たちに任せて欲しい。もしかしたら、自分でも見分したいというかもしれないが、僕たちの所に来るよりも、この村で避難してくる人たちの受け入れをする体制を整えて欲しいんだ」


兄の言葉に、俺はゆっくりと頷く。その様子を見て彼も、大きく頷いた。


「では、五日後。五日後に避難する人々を連れてこの村に来る。人数は500名を超えない規模にすることを約束する。限られた時間で申し訳ないが、受け入れ態勢を、頼む」


彼の力強い言葉に、俺は無言で頷く。


「それにしても、頼もしくなったものだ」


満足そうな笑みを湛えながらシーズが口を開く。


「この村人……ご老人……たちの協力もあるだろうが、おそらくお前の奴隷からも、色々な影響を受けたのだろうね」


そう言うと彼はツカツカとクレイリーファラーズの許に歩いていく。そして彼女の顔をまじまじと見つめた。


「ふぅ~ん。なかなか美しい顔立ちだ。君はどちらだ…?」


「どちらかと言えば、攻めです」


クレイリーファラーズの言葉に、シーズはクスリと笑う。


「そうか、だからノスヤがあんな風になったのか」


俺には全く理解できない会話が、二人の中で成立しているようだ……。

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