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第五十話  順調

屋敷の庭から村を見ていると、緑の色が増えていることに気が付いて、思わず笑みを漏らす。言うまでもなく、畑の作物の芽が出て、それが順調に成長しているのだ。いつもより足取り軽く、俺は畑の様子を見に向かう。


「作物の状況はいいみたいですね!」


「はい! 今年も豊作でしょう!」


雑草を毟っている夫婦が笑顔で返してくれる。その二人の側ではスズメたちが飛び回っている。害虫を探し出して、食べてくれているのだ。


クレイリーファラーズが指示した通り、スズメたちは毎日こうして畑にやって来てはあちこちと飛び回ってくれている。俺の畑もかなり広大なのだが、今のところ、彼らのお陰もあってか、害虫被害はそれほど多くない。それどころか、このスズメたちに影響されたのか、最近は別の鳥たちも畑に姿を見せるようになっていた。一体どんな鳥だろうか、一度、クレイリーファラーズに聞いてみなければ。


「よー。まだ作業をしているのか? 精が出るねぇ」


俺がそんなことを考えていると、背後から声がする。振り向いてみると、そこには村長の畑を管理する農夫たちが、こちらに向かって歩いて来ていた。彼らは、俺の姿を見ると、一応領主という手前、無視するわけにはいかなかったのだろう。恭しく一礼をする。俺もちょっとだけ頭を下げて挨拶を返す。ここは彼らにナメられちゃいけない。領主として威厳を持たねば。


だが、二人は挨拶が終わると、スタスタと歩き出し、先程の夫婦に向かって言葉を続ける。


「俺たちの仕事は、もうこれで終わりさ」


「何といっても、村長の畑は、虫もいなけりゃ雑草も生えてこねぇ。ちゃんと芽が生えているか、順調に育っているかどうかを見てりゃいいだけなんだから、楽なもんさ」


「そこへ行くと、お前たちはまだ、以前のように虫を駆除して、雑草を抜いて……さぞ、腰が痛いだろう? 早く村長のあの肥料を買いな。あ、お前たち、金がないんだったな。じゃあ、領主様に買って貰うようお願いしてみたらどうだ?」


「何なら、俺が領主様に言ってやろうか?」


二人はギャハハハハハーと大きな笑い声をあげながら、その場を後にしていく。俺は再び目の前の夫婦に視線を移し、あまり気にしないようにと言葉をかける。彼らも、その点についてはわかっておりますと、笑顔で言葉を返してくれた。


畑を後にした俺は、村長が所有している南側の畑に向かう。見るとそこには広大な畑が広がっているだけで、人の姿はなかった。既にじゃがいもは芽を出して葉が生い茂ってきている。あと一週間もすれば蕾が膨らみ、やがて花が咲くのだろう。生育状況は順調のようだ。まあ、順調に育ってくれているのであれば、俺は今のところ村長に対して何かを言うつもりはない。要は、領民が飢えなければいいのだ。



「おっかえりなさぁ~い。おうっかえりんんんなさぁっぁっい~」


屋敷に帰ると、クレイリーファラーズが両手を前に出しながら、奇妙な節回しで俺を迎えてくる。


「何です? 浄瑠璃のお稽古でも始めたのですか?」


「ジョウルリ?」


「いえ……ウチの祖父が好きでしてね。子供の頃に聞いた思い出があるのですよ。『つひにそのみをおわりのくにィー。おさながやかたの……』みたいな」


「……私の歌を、そのような気色の悪いものと一緒にしないでください」


「大馬鹿野郎! 義太夫ってのは床本ほんを素読みにしてさえありがたいものだ!」


クレイリーファラーズは、キョトンとした表情になっている。わからなければ、いい。


「えっと、今日は……その……やりたいのです」


突然彼女がモジモジと体をくねらせながら、尋ねてくる。一体、何のことだ? ちなみに、エロさは全くない。ちょっと残念だ。


「やるって……何を?」


「え? 忘れたのですか!? この時期ですよ!?」


「……ごめん、わからない」


「……信じられない」


クレイリーファラーズは、両手を広げて首をゆっくりと振る。一体この時期に何があった?


「もうっ! タンラの実ですよ! タンラの実!」


しびれを切らせた彼女が口を開く。俺は思わず手を叩く。


「ああ、確か、そんな時期でしたね! え? タンラの実ってもうなっているのですか?」


「んきゅ」


俺の側に居たワオンが大きく頷いている。どうやら、彼女も早く収穫して欲しいようだ。


「今朝がた、タンラの木の周りを鳥たちが飛び回っていました。タンラの実を食べようとしていたのですが、ワオンの臭いがついているので、手出しをできなかったようです。おそらく今が一番食べごろです。昼食の後でさっさと収穫してしまいましょう」


俺は大喜びで賛成し、その日の昼に、全てのタンラの実を収穫し終えた。昨年のものもまだ残っているが、やはり、収穫したての実はいつもよりも味が良い気がした。ワオンも大喜びでその実を食べていた。


「村長の所にもあげないといけないですかね?」


「去年あげましたからね。今年はできませんでしたとなると、スネそうですから、今年は5つほどあげればいいのではないですか?」


「相変わらず、ケチですね」


「では、半分くらいあげますか?」


「それは……イヤですね」


「うにゅー」


「ワオンも嫌がっているじゃありませんか。まあ、タンラの実を半分もあのクソ村長にあげるなどと言えば、生涯を賭けて私はあなたに嫌がらせをしますけれど」


俺はその言葉を聞きながら、苦笑する。


「まあ、畑の生育状況も聞きたいと思っていた所です。タンラの実をお土産に、一度、村長の家を訪ねてみようと思います」


「本来は村長が来るべきなのですよ?」


「確かにそうですが、村長がこの屋敷に居座るのは、大丈夫なのですか?」


「絶対に、イヤです」


「ンきゅ」


結局、俺はタンラの実を持って村長の家に行き、彼は大喜びでそれを受け取り、さらに、作物の生育状況について、いかに順調であるのかを俺に語って聞かせたのだった……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公は村長にタンラの実を5つも分けてやるつもりなのか? 百歩譲って1つでよくね? 主人公はお花畑というかお人好しもここまで来るとちょっと度が過ぎてるかもね まあそういう所も主人公の美…
[良い点] 面白いです でも主人公が村長をちゃんと断罪しないとダメじゃないかな ある意味不安煽って対立してるんだから 
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