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第四十七話 村長の野望

「はあ~疲れた」


俺は屋敷のダイニングの椅子にドカッと腰を下ろす。疲れた。本当に疲れたのだ。


いつもは椅子に座ると俺の膝の上に乗っかってくるワオンも、いつもとは違う雰囲気であるためか、俺と少し距離を取って近づいてこない。俺は足をテーブルの下に投げ出した状態で、ぐったりと天を仰ぐ。ヴィギトさん夫婦も、そんな俺の様子を察してか、早々に掃除を完了させて屋敷を後にしていった。


村長が言っていた肥料というのは、明らかに農薬だ。害虫を寄せ付けず、雑草も生えない。それはそれでいいのだが、値段が値段だ。ひと箱金貨一枚、日本円にして100万円というのだから恐れ入る。何を根拠にそんな値段になるのか。一体、村長はどれだけの値段であれを買ったのだろうか。


さらにおかしなことには、村長派の十数名の農民が即座にその農薬を購入したことだ。まるでダ〇ョウ倶楽部のように、「買います」「買います」「買います」と手を挙げていったのだ。完全に、事前に話ができていたのか、それとも、彼らは村長の言うことは問答無用で受け入れるようになっているのか、ともあれ、俺にとっては、見ているだけで疲れる光景だった。


「まあ、いきなり金貨一枚と言われても、すぐに出せない者もいるだろう。相談には乗るから、希望者は遠慮なく私の所に来るように」


そんなことを言いながら村長は俺に視線を向けていた。察するに、貧乏農民は領主たるアンタが金を出してやりなさいよと言わんばかりだ。正直、金はある。だが、そこまでして農薬を導入する必要はあるんだろうか。俺のイメージでは、農薬は人体に影響を及ぼす。下手をすれば健康被害ももたらす。何より、作物の味が落ちるというものだ。俺が生きていた日本では、農薬の研究も進んでいて、甚大な健康被害は起こらないだろうが、ここは日本ではない。どこまで安全であるのか、わかったものではない。そんなことを考えながら俺は、集まった人々にまずは農作業に戻るよう促し、その際、近くにいたマンリさんに、肥料の事は考えてみますと言って屋敷に帰ってきたのだ。


俺は大きなため息をつきながら、隣のクレイリーファラーズに視線を向ける。


「あの村長が言っていた肥料、いりますかね?」


「いらないでしょ」


まさかの即答で、俺は若干驚いてしまう。


「今まで特に問題なく作物は実っているのです。それを敢えて変える必要はありません。それに、その肥料が本当に村長の言っている通りの効果があるのかが、わかりません。そんな不確かなものを取り入れる必要はないと思いますよ?」


その言葉に俺は、うんうんと頷く。


「おそらく村長は、領主であるあなたが肥料を買えば、この村の農民全員が買うと思っています。いや、むしろ、あなたがお金を出せない農民たちの肥料代を立て替えると考えているでしょうね」


「何で? そこまで村長はお金に困っているように見えないけれどなー」


「考えてもみてください。ここ二年間、農民たちに貸していた借金が全てなくなったのです。あの村長はかなり高い利子を取っていましたからね。彼からしてみれば、その分を取り戻したいと思っているのでしょう。あなたがここの領主になってから、あの村長が王都の貴族に贈るワイロがめっきり減りましたからね。村長からしてみれば、ようやく貴族の地位を金で買えそうな所まで来たのですから、ここで退くわけにはいかないでしょう」


「え? 貴族の地位を金で買う?」


「あれ? 知らなかったのですか? 誰もが知っている有名な話ですよ? と、いうより、この国の金持ちは大概、お金で貴族の地位を買っています。准男爵……なんていうのがそうです。あの村長は、准男爵の地位を手に入れて、このラッツ村の領主になろうとしているのですよ」


「え? ということは、俺を追い出して……」


「それは無理ですね。何の落ち度もない人を追放することはできませんし、本家もそれを望んでいません。それはそうです。自分の一族から追放される人間を出すなんて不名誉なこと、何よりも体面を重んじる貴族がするはずはありません。そうではなく、村長は、自分が管理している畑を自分の土地としたいのです。今の状況では、本家の命令を受けているとはいえ、表向きはこの村の領主はノスヤ・ユーティンです。このノスヤ君が力を付けてくると、村長とはいえ、命令に背くことはできなくなります。そうなる前に、何とかしたいのでしょうね」


「別に俺は力なんてないけれど……」


「いいえ。ここ二年、ラッツ村では豊作が続いています。これまでは村長がチョロまかしていた分を、あなたが管理し始めた。しかも、ジャガイモ以外の作物も多く採れています。本家が村長よりも息子の方が出来がいいと認めれば、自ずと彼の発言力は弱くなります。彼としても、ここで退くわけにはいかないのでしょう。噂では、彼は借金をして、本家以外にも有力な貴族にワイロを贈ろうとしているみたいですよ」


「そんなことまで調べているんですか!? スゲェ情報網ですね」


「噂なんてものは、知らず知らずのうちに耳に入るものです。まあ、こういうのは下衆の勘繰りといいますが、意外とこういうのは……」


「当たる、というわけか……」


俺は再び天を仰ぎながら目を閉じた。そう考えると、あの肥料に手を出すのは危険だ。別に俺の立場云々を言うつもりはない。やはり、作物は無農薬で作るのに越したことはない。農民たちの負担を減らすことができないのが心苦しいが……。


そんなことを考えていると、あっという間に一日が過ぎてしまった。俺は明日、農民たちに肥料の件について再び話をしようと心に決めて、ベッドに入ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ない [気になる点] 知識が足りない [一言] 主人公は農薬のことを何も分かっていないナチュラリストなのかな?
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