第四十三話 串カツ
「本日、皆さんに食べていただこうと思っているのは、串カツです」
「串……カツ?」
耳慣れない言葉のためか、皆がキョトンとした表情を浮かべている。だが、それは想定済みだ。俺はオホンと咳払いをして、皆を見廻しながら、ゆっくりと口を開く。
「なに、簡単です。肉や野菜を串にさして油で揚げるのです。まあ、ちょっと待っていてください」
俺はスタスタとキッチンに向かい、油を温める。その間、俺はサラダなどを出しながら、特製のソースを準備する。ハウオウルたちには酒を飲んでもらいながら時間を潰してもらう。ワオンは一体何が出てくるのかと興味津々だ。朝から俺が嬉々として準備しているのを見ていたために、かなり面白いものが出てくるのだろうと思っているのか、首をゆっくりと振りながら後ろ足で立ち上がりながら、俺の様子を観察している。
そんなことをしていると、油が温まってきた。早速、串に刺した肉や野菜たちを油で揚げていく。そして、揚がったものを彼らの座るテーブルに持っていき、それぞれの皿に配っていく。
「はい、一度、そのソースに付けて食べてみてください。あ、二度漬け禁止ですから、そこは注意してくださいね」
俺は串カツを一つ取って、ソースをつけて食べてみる。美味い。そんなことを思いながら、二度漬けしないと、清潔でしょ? などと言いながら説明をしていく。
彼らは、最初は呆気に取られていたが、ハウオウルの、まずは食べてみるぞいという言葉につられる形で、それぞれソースを付けて串カツを放り込んだ。
「おう! 美味いのう!」
「こっ、これは!」
「美味しい!」
皆口々に美味い美味いと言ってくれている。どうやら気に入ってくれたみたいだ。俺はその声を聞きながら、次から次へと串を揚げていく。お年寄りには油物はキツイかなと思っていたが、そんなことはないらしい。皆、ガツガツと食べている。最初こそ、揚げると一人一人の皿に配っていたが、途中から面倒くさくなって、一つの大皿にまとめて入れることにしたら、逆にこちらの方が食べやすいらしい。皆、好きなものを食べていっている。
実を言うと、この串カツは、衣にかなりこだわりを持たせている。何せ、自然薯を混ぜ込んでいるのだ。
この世界でも自然薯はあった。土魔法のソナーで森の中を探っていると、たまたま見つけたのだ。しかも、調べてみるとこの森はかなり自然薯が多く埋まっている。まあ、木の根っこを掘り出して食べようなどとは誰も思わないよね。だが、俺は訝る村人たちにちょっと高めの給料を払って掘り出してもらったのだ。
自然薯で注意しなければならないのは、素手で触るとアホみたいに痒くなることだ。その点については、前世の頃、死んだ爺ちゃんがやっていた方法を真似てみたところ、意外に痒みは感じなかった。やり方は簡単だ。自然薯に熱湯を注いでから水で洗い、その後、調理したのだ。まあ万全を期して、布で手をグルグル巻きにして洗ったのは、ナイショの話だ。
その自然薯をおろし金でおろして、そこに一旦具材を付けてからパン粉を付けて揚げているのだ。これだけで、素材の味がとても引き立つ。まだ小学生になりたてだった俺に、よく串カツを食べに連れて行ってくれた爺ちゃんには本当に感謝だ。
そんなことを思いながら、俺は一心不乱に揚げ続ける。用意した全ての具材を揚げきることはできたが、さすがに量が多すぎて、皆食べきれなかったらしい。酒も入ってご機嫌で、ヴィギトさんなどはコックリコックリと居眠りをしていた。そんな彼の様子が合図であったかのように、皆、口々に礼を言って屋敷を後にしていった。ハウオウルなどは余った串カツを何本か持って帰る始末だ。そんな様子を見ていたティーエンが帰り際、こんなことを口にしていた。
「こんな美味しい料理は初めてです。これを村の名物にすれば、さらに人が集まるかもしれません」
酒も入っていたせいもあるかもしれないが、彼は本当にうれしそうな笑顔を浮かべていた。こんな彼の表情を見るのは初めてだった。俺は彼のその表情を見ながら、串カツの店を出してみるのも悪くはないな……などと考えたのだった。
皆が帰ってしまい、突然、屋敷の中が寂しくなってしまった。クレイリーファラーズはまだ帰ってこない。きっと、村の中で肉を食べたいだけ食べた挙句、酒を浴びるほど飲んでいるのだろう。おそらく彼女が帰ってくるのは、日付が変わってからだろう。
ぐぅ~ぐるるるる~
そんなことを考えていると、何やらお腹の鳴る音が聞こえる。音のする方向に視線を向けると、そこには、後ろ足で立ったまま、かわいらしい顔を向けているワオンの姿があった。
「ああ、ゴメン、ワオン。お前のご飯がまだだったな」
俺は笑顔で手招きをする。彼女は待ちかねたかのように走って来て、俺の胸に飛び込んでくる。
「ちゃんと待てて、偉かったね。一緒に串カツを食べようか」
「んきゅ」
俺たちは、残った串カツのすべてを平らげ、その後、手早く後片付けを済ませ、風呂に入って眠りについたのだった。
「……あん、ニャニャニャーン、ズンチャッチャッター」
呪文のような、何かの祈りのような言葉を呟いているのは、クレイリーファラーズだった。彼女は千鳥足で、屋敷に通じる坂道をゆっくりと登っていく。
「この坂、邪魔だわ~。消えればいいのに~。何で飛べないの~。あの、ジジイ、飛行のスキルまで奪いやがって! うう~ん、こんなに激しく動いたら、酔いが回っちゃうわン。天巫女ちゃんがこんなところで酔いつぶれちゃうのは、イ・ケ・マ・セ・ン。あ、大丈夫ですよ~村の人には天巫女ちゃんのことはナイショにしていますから。私、エライっ!」
そんな言葉を呟きながら、彼女はようやくのことで屋敷の玄関にたどり着いた。ゆっくりとドアを開ける。今回は、鍵はかかっていないようだ。もし、鍵でもかけていようものなら、全力で扉を蹴っ飛ばし、あの男が起きてくるまで蹴り倒すつもりでいたのだ。そんなことを思いながら、彼女はゆっくりと屋敷の中に入った。
「……いい臭いがしますね。……これはぁ、油のぉ臭い?? なんか、私にィ隠れて美味しい物をぉ、食べたんじゃ、な、い、で、しょう、ねっ!」
ぐるりと屋敷を見廻してみるが、どうやら食べ物らしきものは見当たらない。まあいい、明日聞けばいいと思いながら服を脱ぎ、下着姿になった彼女は、フワリと飛び上がり、いつものハンモックに寝っ転がった。そして、その直後、クレイリーファラーズが眠るハンモックからイビキが聞こえ始めるのだった。




