表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/396

第四十一話 二度目の収穫

いよいよ収穫が始まった。今年も一週間かけて収穫を行うことにし、作業が遅れることも想定して二週間の予定を見ていたのだが、何と村人たちはきっちりと一週間で収穫を終えてしまった。いつもながらここの村人たちはよく働く。朝早くから日が落ちるまで、それこそ大人から子供までが収穫に参加してくれているのだ。この世界では当たり前のことなのかもしれないが、俺にとっては、驚くべき光景だった。


全ての収穫が滞りなく終わると、屋敷の庭には昨年の数倍にも及ぶ収穫物が高く積まれた。今年は作物が生育中に腐ったり、途中で枯れてしまったりすることがほとんどなかったために、収穫量が飛躍的にアップしたのだと言う。


俺は収穫の状況を見ながら、御用商人であるオウトに連絡を取り、収穫物の買い取りを依頼した。村長には当然声をかけた。今年も、御用商人を呼びますとクレイリーファラーズを通して一声かけたのだが、彼は何も言わなかったらしい。


オウトは収穫物の多さにちょっと驚いた表情を浮かべていたが、それでも、査定に入るときは淡々としており、2時間くらいでそれは終わってしまった。


「今年は大豊作ですね。昨年よりもほぼ倍の収穫高ということで、お支払する金額も倍になっております」


そう言って彼は俺に、金貨の入った布袋を渡す。何だか重たいなとは思い、後で見てみると、中に入っていた金貨は300枚を超えていた。日本円にして約3億円。大金持ちになってしまった。


なぜ、これだけ収入が増えたのか、それには訳がある。裏庭で取れたソメスの実の種とタンラの実の種を売りに出したのだ。


種を植えた当初は、ペアチアトのお陰もあって毎日のように実を付けていたソメスの実だが、ラーム鳥が食べる分以外の物については、このところ成長がかなり緩やかになっていた。今現在、最初に植えた約100本のソメスの木には、実がなるにはなっているが、まだ熟成しきっていないらしい。ワオンがまだ手をつけようとはせず、食べてみてもまだ、甘さが十分ではないのだ。


ただ、ラーム鳥が食べるソメスの実からは毎日、大量の種が採れる。これはこれで土の養分になったり、運が良ければそこから発芽したりすることにもなるのだが、クレイリーファラーズは、この種を売りましょうと提案してきたのだ。


ソメスの木にしろ、タンラの木にしろ、基本的に希少種であることには間違いはない。そのため、種自体が市場に出回ることが少ないのだ。きっとこれらの種は売れると確信した彼女は、ソメスの種を30個、タンラの種を10個、オウトに売りに出したのだ。


別に種など腐るほどあるのに……などと思ったが、あまりにも沢山の種を出してしまうと、本物かどうかを疑われる。それに、沢山種があると言うことは、沢山収穫できるということになり、色々とややこしいことになる。だからこそ、希少性を保てるギリギリの数を出すのだと彼女は力説していた。こういうことは、実によく頭が回る天巫女だ。


計略図に当たり、種を見たオウトは一瞬だけ、目をカッと見開いた。そして鋭い目つきになり、種を鑑定し始めた。何やらルーペのようなものを懐から取り出して種をじっと見つめていたが、やがて、屋敷の裏にそびえる巨木に目をやると、ニコリと笑いながら、何度も頷いた。どうやら本物であると認識したようだ。


その後、彼は山と積まれた収穫物を持って帰っていったが、その際、俺に小声で、ソメスの実とタンラの実が採れたら、是非買い取らせてください。すぐに参りますからと言って、風のようにその場を後にしていった。


「ほらね、やっぱりあの方は優秀な商人です。きっと、本家にはソメスの実やタンラの実のことは上手にごまかしてくれるはずです」


「どういうことです?」


「考えてもみてください。大量にソメスの実やタンラの実が採れると本家が知れば、間違いなくその大半を納めろと言ってきます。そうなれば、私たちのこの潤いのある生活がなくなります。あのオウトという方は、この村でソメスの実とタンラの実が少しとれると思い込んでいるうちは、バカ正直に本家に報告はしないでしょう。むしろ、自分の手で販売して利益を上げようとするはずですから」


「なるほど……。勉強になります」


「フフン!」


クレイリーファラーズは腕を組みながら、ドヤ顔で俺を眺めている。そんな中、村人数人が俺の屋敷にやってきた。


「ご領主様、全ての収穫がつつがなく終わってごぜぇます」


「ああ、ありがとうございます。本日は皆さんお疲れさまでした。ええと、でしたら村長を呼んでいただけますか?」


村人は、ヘェ……と一礼をして屋敷を後にしていった。しばらくすると村長がやってきた。俺は彼を外に待たせておいて、ゆっくりと外に出た。美しい夕焼けの中、彼はいつもの無表情のまま、じっと俺を見据えていた。


「お忙しいところすみませんね。今年も収穫が無事に終わりました。その報告をしようと思いまして」


「これはこれはご丁寧に。ありがとうございます。今年も大豊作でよろしゅうございました」


彼は紋切り型の挨拶を述べて、早くこの場を切り上げようとしているようだ。それはそうだろう。俺との話は彼にとって何の利益も生まないことは、わかり切っているからだ。俺はそんな様子を察しながら、口を開く。


「ええ、村長のお陰で、今年も大豊作でした。と、いうことで、これをどうぞ」


俺は手に持っていた布袋を村長に手渡す。彼は訝しそうにそれを受け取り、中を検めた。


「こ……これは、金貨。なぜ、私に?」


「村人の借金がまだ半分残っているでしょう? 120枚あります。ちょっと利子を付けてありますので、納めてください」


彼は動揺を隠そうともせず、目を激しく左右に動かしながら、俺に話しかけてくる。


「い……いや、なぜ、あなた様が彼ら農民の借金を肩代わりするのですか?」


「お祝いです」


「お祝い?」


「ええ、今年も大豊作になったお祝いです。聞けば、この村始まって以来の大豊作だったと言うではありませんか。タンラの木……神木のご利益なのでしょう。その神木をお与えくださった神に感謝する意味でも、彼らの苦労を取り除こうと思ったのですよ。人々が喜ぶ顔を見ると神も喜ぶでしょうから」


村長は金貨の入った布袋を握り締めたまま、しばらくじっと俺を睨みつけていたが、やがてプイと踵を返してその場を去ろうとした。その背中越しに俺は声をかける。


「ああ、村長。今後、村人たちに借金の催促はしないでくださいね」


彼は俺を一瞥して、小さく頷き、そのまま足早に屋敷を後にしていった。俺はその後姿を見送り、そして、周囲にいる村人たちに声をかける。


「さあ、借金はこれで無くなりました。これで皆さんは晴れて自由の身です。そのお祝いも兼ねて、明日から収穫祭をやりましょう。みなさん、飲んで食って、大いに楽しみましょうね!」


一瞬の間をおいて、村人から大きな歓声が起こった。俺はそれを満足そうな表情を浮かべながら、眺めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ