第三十八話 仔竜の目覚め
「……あっ、目が覚めたぞ」
仔竜がゆっくりと目を開けたのだ。俺はほっと胸をなでおろす。
森の中に逃げようとしていた仔竜がいきなり倒れた。近づいて見てみると、どうやら死んではいないようだったため、何度も体をゆすって見たが、全く目覚めようとはしない。と、いうより、この仔竜、えらく手触りがいい。もふもふしていて、いつまでも触っていたくなる。だが、その前に、この仔竜が心配だ。俺は恐る恐る抱きかかえてみる。すると、思った以上に軽く、簡単に持ち上げることができた。
ニーニーと小さな鳴き声を上げながら、目を閉じたままの仔竜。俺は抱きかかえたまま屋敷に連れて帰った。
熟睡しているクレイリーファラーズを叩き起こし、彼女の毛布を剥ぎ取る。何か文句らしいことを言っていた気がするが、完全に無視することにする。てゆうか、半分ケツを出したままで寝るのは如何なものかと思う。
俺はテーブルの上に毛布を敷き、仔竜をその上に寝かせた。見た目はちょっと大き目な白い子犬だが、目がやたらと大きい。それに、尻尾も犬にしては太く、背中には羽が生えている。豊かな羽毛に覆われて見分けがつかないが、背中に見えている部分が羽になっているのだ。何よりドラゴンとしての特徴が頭にあり、そこには小さいが角が二本生えていた。さらに、四本の手足は肉球らしきものが付いており、指は三本だった。しかもその指は、鋭く太い針のようになっていた。
「……確かにこれは、フェルドラゴンですね。こんなに至近距離では初めて見ました」
クレイリーファラーズもちょっと感動している。そのとき、ハトの鳴き声が聞こえてきた。彼女は着替えることも忘れて、急いで外に飛び出していく。
「……はいはい。……そうですか。……ほう~。……え? そんなに? ……なんとまぁ。……なるほど、それで。……はあ~わかりました」
何やらハトと話をしている。一見すると、一人でしゃべっているおかしなお姉さんに見えて不気味だ。そりゃそうだ。視線を宙に漂わせながらしゃべっているのだから。できれば、鳴いているハトに視線を向けて欲しい。
そんな俺の気持ちをよそに、彼女はゆっくりと振り返り、口を開く。
「……ですって」
何が? と俺はキョトンとした表情を浮かべる。そんな俺を全く無視する形で、彼女は一人で頷いている。俺は無言で裏庭の勝手口の扉を閉め、鍵をかけた。屋敷はしばらくの間、クレイリーファラーズが扉を叩くけたたましい音と、彼女が発する怒号に包まれた。
「締め出すなんてひどいじゃないですか! 下着姿の天巫女ちゃんになんてことを! そのかわいさに欲情した男に襲われでもしたら、どうするんですか!」
半分尻を出した天巫女が激怒している。まずは、パンツを上げようか。そんなことを思いながら俺は、口を開く。
「で? ハトは何と?」
「あなたねぇ!」
「朝めしを食いたきゃ、言うんだな」
クレイリーファラーズは一瞬殺気を帯びた目をしたが、やがてあきらめたように肩を落とし、渋々と口を開いた。
「このフェルドラゴンの仔竜は、どうやら売買目的で運ばれてきたようです」
「どういうこと?」
「森の中に、4人の男の死体があるようです。そして、その傍らに、固い網籠のようなものが落ちているようです」
「と……いうことは?」
「おそらく盗賊の類でしょうね」
「なぜ、そう言い切れるのですか?」
「もし、商人がフェルドラゴンを運ぶのであれば、その存在を極力隠しながら移動するものです。仔竜とは言え、生きているフェルドラゴンです。その希少性は計り知れません。売ればそれこそ一生遊んで暮らせるだけのお金が手に入ります。そんな商品を持ち歩くのであれば、細心の注意を払うでしょうし、数人で、しかも森の中を移動するなどということはあり得ません」
「ということは、この仔竜はどこかから盗まれてきた、ということか」
「そうですね。おそらく何らかの理由で母竜から奪い取られて、連れて来られたのでしょう」
「可哀想な……竜ですね。母親が恋しいでしょうに」
そんなことを喋っていると、仔竜がピクピクと動き始めた。目を覚ますのかと思っていたが、相変わらず目は閉じられたままだ。
グルルルルル~。
お腹の鳴る音が聞こえた。俺は反射的にクレイリーファラーズを見る。彼女は目を見開きながら首を振っている。と、いうことは……?
俺はテルヴィーニを取り出し、中に仕舞われてあったタンラの実を取り出す。そして、ボウルに水を汲み、仔竜の鼻先に差し出してやる。ピクピクと鼻を動かす仔竜。すると、ゆっくりと目が開かれた。
「あっ、目覚めた! 目覚めたぞ!」
俺はホッと胸をなでおろす。その直後、仔竜は目の前のタンラの実を貪るように食べ始め、あっという間に完食してしまった。そしてすぐに隣のボウルに顔を突っ込み、水を飲み始めた。
「ゆー。んきゅきゅ」
かわいらしい鳴き声を上げながら、仔竜はゆっくりと深呼吸するかのように体を大きく上下させている。よかった、どうやら、腹が減って倒れていただけのようだ。
「んきゅきゅ!? きゅおおっ!?」
驚いたような鳴き声が聞こえたかと思うと、仔竜はテーブルの上を飛び出し、ダイニングの中を走り回り始めた。どうやら逃げようとしているようだ。だが、どの扉も閉まっているために、外に逃げることができない。やがてそれを理解したのか、仔竜は部屋の隅に蹲り、俺たちに視線を向けたまま、小刻みに震えている。
「……怯えちゃっているな。どうやら、攫われたのは、本当みたいだな」
俺は少し考えた後、クレイリーファラーズに仔竜の様子を見るように頼んで、キッチンに向かう。カマドに火を入れ、フライパンをそこにかけ、油をひく。そしてすぐに、テルヴィーニに仕舞ってある鳥の卵を数個取り出し、それを割って中身をボウルに入れ、手早くかき混ぜる。それをフライパンに流し込み、サッサと形を整えながら、オムレツを作る。おいしそうな匂いがダイニングいっぱいに広がる。そしてそのオムレツと共にパンを出してやり、タンラの実も、その横にいくつか出してやる。
「お腹減っているんだろ? 食べな? あ、食べられないなら、無理しなくていいぞ」
そう言いながら俺は、仔竜から少し離れた場所に、皿を置いてやる。仔竜はしばらく俺の作った料理を震えながら見ていたが、やがて、俺たちに警戒しながら少しずつ皿に近づいていき、スンスンと匂いを嗅いだ。そして、意を決したかのように、オムレツにかぶりついた。
「んきゅ! んきゅ! んきゅ! にゅー」
幸せそうな顔をしてオムライスを平らげ、パンとタンラの実も一瞬で平らげた。
「美味いか? もっと食うか?」
俺は笑顔で仔竜の側に行き、片膝をつきながら話しかける。仔竜は俺を見つめたまま、ポカンと口を開けていたが、やがてキョロキョロと周囲を見渡したかと思うと、ゆっくりと俺の所に寄って来た。そして、俺の膝に、自分の顔を擦りつけたのだった……。




