第三百五十九話 ドワーフの求める材質
「要は、溶鉱炉に使える材料があればいいんですね」
思わずサエザルに話しかけてしまった。俺の発言が意外であったのか、彼は目を丸くして驚いている。
「お前さん、溶鉱炉の材料を持っているのか?」
「いえ、それは……」
「まあ、そうじゃろうな」
「ちなみに、どのような材料を用意すればよいのでしょう」
「鉄が溶けても溶けぬ材料じゃ。お前さんら貴族では手に入れられぬものじゃよ」
「それでは、鉄が溶けても溶けない材料を手に入れることができたら、溶鉱炉の建設を手伝っていただけますか」
「ああ、いいじゃろう。約束する」
彼はそう言うと、コンスタン将軍に視線を向けた。
「話は終わりじゃ。お前さん方はゆっくりと食事をなさるといい。ああ、儂のメシは、部屋に届けてくれい」
そう言って彼は部屋を後にしていった。
「……何だか、すごいお方ね」
ヴァッシュが呆れたような表情を浮かべている。その様子を見て、ハウオウルが口を開く。
「ドワーフというのは、自分の腕に絶対の自信を持っておる者が多いと聞く。そういう者の中には、強いこだわりを持つ者もいる。ご領主、ああいう方を味方につけることができれば、一生涯、ご領主を助けてくれる存在となりますぞい」
「そ……そうでしょうか」
「この儂が言うのじゃ。間違いない。ところで、その、鉄が溶けても溶けない材質という心当りはあるのかの?」
「それが……今、考えているところです。ちょっと勢いで言ってしまいました」
「ホッホッホ、ご領主らしいの」
「サエザル殿は明日には帰途につかれよう」
コンスタン将軍が誰に言うともなく呟く。明日の朝か……。予想外に短いな。しかし、ダメならダメで他を当るしかない。このときの俺は、なぜかそんな考えに行きついた。きっとそれは、目の前に出された料理が美味そうだったからだろうし、どうせ明日には俺たちもラッツ村に帰るのだという変な解放感も感じていたからだろう。
実際、出された肉料理はメチャクチャ美味かった。結構なボリュームで、ヴァッシュなど少し残してしまったくらいだ。そう言えば、ハウオウルもこんなには食べられんと言って、半分の量にしてもらっていた。残った半分はどこに行ったのかって? 決まっているだろう、あのポンコツ天巫女のところだ。
その天巫女は、夕食のメニュープラスハウオウルの肉をペロリと平らげた。うっかりするとおかわりもしそうな雰囲気だった。リエザが信じられないと言った表情で眺めていたのがとても印象に残った。
部屋に戻り、ベッドの上で寝っ転がりながら、ドワーフの言っていた材質のことを考える。だが、俺の腹の上にはワオンが乗っていて、何だか苦しい。考えるどころの騒ぎではない。
そんな俺を察したのか、ヴァッシュが風呂に入ると言ってくる。そして、ワオンも一緒に洗うので、少し遅くなると言ってバスルームに向かって行った。
二人を見送ると、俺は部屋を出てクレイリーファラーズの部屋に向かった。
「ちょっと何ですか、こんな時間に! 私を襲いに来たと誤解されても知りませんよ」
「その可能性は皆無だから安心しろ。それより、さっきのドワーフの話だ。鉄が溶けても溶けない材質のことだ」
「数学みたいですね」
「数学? 数学が関係あるのか?」
「解けても解けていないことが多いじゃないですか」
「あのさ、ヴィーニにそれらしいものが入っていませんかね」
「リアクション取りなさいよ。人がせっかく上手いことを言っているんだから」
「あ、明日の朝までだから、どんなに頑張っても屋敷から戻ってくるのは無理か」
「無視かよ!」
「時間がないので、色々と割愛するけれど、これまでの傾向と対策は十分に行っていると思うので、敢えて何も言わない。質問だ。あのドワーフの言っていた材質に心当りは?」
「……チッ。イヤな男にますます磨きがかかっていますね。……わかりました。言いますよ。言います。それは、耐火レンガですよ」
「レンガってあの、レンガ?」
「そう、レンガ。あれぇ~その顔は、知らないのですね? レンガってどういうものかを。あれでしょ? アンティークな駅に使われている材料だと思っていたでしょ?」
……何じゃコイツは。隙あらばマウントを取りに来ようとする。いや、ここは、我慢だ。
「ええ。知りませんでした。では、そのレンガはどうやって作るのですか?」
「レンガの作り方を知らない? よくそれで領主が、西キョウス地区統監でしたっけ? そんな偉い役職が勤まりますねぇ」
「……わかった。レンガだな。その作り方くらいはハウオウル先生なら知っているだろう。もし、先生が知らなければ、明日の朝、あのドワーフに聞いてみる。貴重なお時間をありがとうございました。勉強になりました。また、明日からあなたのオヤツと食事を作る手間が省けたので、俺としては万々歳です。では、失礼します。お休み」
そう言って俺は彼女の部屋を出た。クレイリーファラーズは慌てて部屋から飛び出してきたが、俺は完全に彼女を無視して自室に戻る。
「……何だよ、手を放せよ」
ドアを開けようとドアノブに手をかけたところで、クレイリーファラーズが俺の足に縋りついてきた。彼女は俺と目が合うと、さっと正座した。
「ごめんな、さい。謝るから、オヤツと、食事は作って下さい。焼き鳥と唐揚げ多めで。おイモは特盛で」
そう言って彼女は俺の目の前で、実にきれいな土下座をした……。




