第三百三十六話 ご対面
コンスタン将軍はリエザの隣に来ると、じっと俺に視線を向けた。
「あ……はじめてお目にかかります。ノスヤ・ヒーム・ユーティンです」
そう言って右手を胸に当てて腰を折る貴族式の挨拶を行う。だが、コンスタン将軍は黙ったままだ。
……沈黙に耐えられない。何とか言ってくれよ。そう思いながら二人に交互に視線を向ける。そのとき、屋敷の中からヴァッシュが出てきた。
「まあ、ヴァシュロン! 久しぶりだわ!」
リエザが頓狂な声を上げると、いきなりヴァッシュに抱き着いた。彼女は少し困った表情を浮かべたが、やがて落ち着いた声で口を開いた。
「お義母様、お久しぶりですわ。お変りもなく、安心しました」
「私は変わらないわよ。でもヴァシュロンちゃん、少し太ったかしら? いいえ、褒めているのよ。そのくらいがちょうどよくて、可愛らしいわ。顔色も良くなったみたいだし、肌艶もよくなったように見えるわ。実はちょっと心配していました。上手くやっているのかってね。パルテックが付いているからそこは上手くやるだろうと思っていたけれど、でも、やっぱりねぇ……。ただ、今、あなたの姿を見て、私の心配は取り越し苦労だと思いました。よかったわね。よかったよかった」
相変わらず早口で、淀みのない語り口だ。全く嚙まないのが素晴らしいと思う。このコミュ力の半分でいいから欲しいな、などと下らぬことを考える。
「……お父様」
リエザの許を離れると、彼女は父親の前に立ち、深々と頭を下げた。その様子を見てコンスタン将軍は、ゆっくりと頷いた。
「……あの、こちらのお方は?」
リエザの視線がクレイリーファラーズに向いている。黒子なんです。見えない約束になっています、などという冗談が通じる相手ではない。さて、何と紹介しようかと思っていると、クレイリーファラーズがシャンと背筋を伸ばして勢いよく口を開いた。
「私は、こちらのノスヤ……様の家庭教師を勤めます、クレイリーファラーズと申します。以後、よろしくお願いいたします」
……あれ? 何か、視線がおかしくないか? ……って、このポンコツ天巫女、コンスタン将軍の後ろに控える武官たちを見ていやがる。この場で男の品定めをするとは、いい度胸を通り越して、アホ、という言葉以外に表現する言葉を俺は知らない。あ、ダマルがいる。ものすごい形相でこちらを睨んでいる。怖ぇ。
「……お屋敷にお入りいただいたら?」
そう言ってヴァッシュが俺に口を開く。ああ、そうだなと頷きながら、コンスタン将軍に視線を向ける。
「まあ、立ち話も何ですから、どうぞ、中に……。案内します」
そう言って俺は屋敷に入った。
ダイニング前の応接室には、ハウオウルとパルテックの二人が控えていた。パルテックの腕にはワオンが抱かれている。
「……奥様」
俺たちの姿を見るなり、パルテックは深々と腰を折った。その様子をワオンは不思議そうな表情で眺めている。
「まあ、パルテック! そんな……いいのよ。そんなに謝らなくて。あなたが付いていれば何の問題もないと思っておりました。現にヴァシュロンは、こうして元気に暮らしているじゃない。よかったのよ、これでよかったのよ」
まるで宥めるようにリエザがパルテックの許に近づいて話しかける。彼女はその懐に抱かれている仔竜に視線を向けると、再び頓狂な声を上げた。
「おや、これは……ドラゴン? ドラゴンかしら? ドラゴンを、しかも仔竜を飼っているの? 全然知らなかったわ。何という種類かしら? どうやって手に入れたの? まあ……ずいぶん高かったでしょ? ああ、もしかして、貢物かしら? もしかして、国王陛下からの頂き物? いずれにせよ、大変なものを持っているわね。ちょっと私にも抱かせてちょうだい」
「きゅっきゅっきゅっ」
ワオンはパルテックの腕をすり抜けると、まるでリエザから逃げるようにして俺の許に走ってきた。その彼女を俺は優しく抱き上げる。
「……ちょっと、人見知りなものですから。ささ、どうぞ、お座りになって下さい」
「こちらの方は?」
リエザが怪訝そうにハウオウルに視線を向けている。その様子に、彼はあご髭を撫でながら、笑みを浮かべている。
「フォッフォッフォッ。儂はハウオウルという老いぼれじゃ。いやなに、たまたまご領主の屋敷におっただけじゃ」
「このお方はハウオウル先生と言いまして、俺の魔法の師匠です。それだけでなく、貴族、王族に広く知己をお持ちです。インダークとリリレイスの休戦協定が成立したのも、この先生のお力添えがあったればのことです」
「フフフ、ご領主、買い被りすぎじゃ。儂は何にもしとらん」
「そんな、先生、ここにきてそんな謙遜はしないでください。俺たち夫婦も一方ならぬ世話になっている方ですので、これを機会に是非、紹介したいと思いまして、無理を言ってこちらに来ていただいたのです」
「……左様ですか」
リエザは相変わらず胡散臭そうな表情でハウオウルを眺めていたが、やがて促されるまま、ソファーに腰を下ろした。それに続いて、コンスタン将軍も腰を下ろした。その後ろには、ダマル以下、三名の武官が整列した。
「……」
将軍は相変わらず喋らない。重苦しい空気がその場を支配していた……。




