第三百十二話 何度見ても・・・
翌朝、起きてみると、体の節々が痛かった。いわゆる、筋肉痛の痛みとよく似ている。
魔力を使いすぎたためか、それとも、昨夜はヴァッシュと結構長い時間イチャついたからか。きっと、後者が原因である可能性が高そうだ。
言っておくが、そんな激しいことをした覚えはない。ただひたすらに、ヴァッシュのかわいさに胸をときめかせていただけだ。
ヴァッシュに腕枕をしている左腕をゆっくりと引き抜く。それだけで、腕にけっこうな痛みが走る。歯を食いしばりながら、何とか引き抜いて、ちょっと腕を廻してみる。ああ……何とも言えぬ鈍痛が体中を襲う。
「よっこら……イテテ……」
まるでオジイさんのように、ゆっくりとベッドから降りる。そのとき、ヴァッシュが目を覚ました。
「……どうしたの?」
「ああ、ちょっと、筋肉痛だ」
「大丈夫?」
「たぶん、ね」
「今日はゆっくりと休んだら?」
「休んでもいいけれど、ちょっと無理かな」
「何か予定でもあるの?」
「予定はないけれど、ヴァッシュを抱きしめるのがちょっと難しいかなって」
「……バカ」
ヴァッシュは顔を真っ赤にしながら、シーツで顔を隠してしまった。そこまで恥ずかしがることもないだろうに。一体、何を想像したのだろうか。
「きゅー」
そのとき、ワオンが起きてきた。トコトコと俺の足元までやって来る。まだ、眠そうだ。彼女は後ろ足で立ち上がると、前足を上げて、バンザイを取るようなポーズをした。抱っこをしろという合図だ。
「よ~し。……イデデデデ……」
ワオンを抱っこすると、腕と背中に痛みが走る。それでも何とか彼女を抱っこして立ち上がる。すると、顔を俺の肩に当ててスリスリしてくる。やっぱり肩に痛みが走る。
いつもなら、軽々と持ち上げられるワオンが、何だか少し重たく感じた。それでも、彼女を抱っこしながらベッドから離れる。
ふと振り返ってみると、ヴァッシュが上半身を起こして、枕元に置いてあった紐で、髪の毛をポニーテールにしていた。
なぜか、彼女は裸だった。真っ白い肌と少し膨らんだ乳房が、まるで名画のような美しさだった。
彼女は、髪を整えながらゆっくりとベッドから降りてきた。そのとき、ふと、俺の視線に気が付いた。
「……何よ?」
「いや、キレイだなと思って」
「……バカ。もう何度も見ているでしょ」
「いや、何度見ても、きれいだ」
ヴァッシュは顔を真っ赤にしながら、一糸まとわぬ姿でバスルームに向かった。俺も顔を洗おうと思っていたところだったのだが。仕方がない、後にするかと思っていたら、ヴァッシュがバスルームの扉を少し開けて、ひょっこりと顔だけを出した。
「ねえ、お湯を入れてくれない?」
ワオンを抱っこしたまま、バスルームに向かう。大きな盥が置かれていて、ヴァッシュはその真ん中で、両足を抱えるようにして体育座りをしていた。先ほど結んだ髪の毛は、いつの間にか解かれていた。真っ白い肌と美しい金髪に朝日が当たって、何とも神々しい光景だ。
右手を差し出してお湯を出す。
「ちょっと熱めにしてちょうだい」
わかった、と言いながら火魔法を調整して、お湯の温度を上げる。彼女は右手で盥の中の湯をかき混ぜていたが、やがて、傍らに置いてあった小さなバケツのようなものを手に取ると、それで湯を救い、勢いよく頭からそれを被った。パシャパシャと滴がこちらに飛んで来る。
彼女は何度か湯を頭にかぶる。そんなに汗でもかいたのだろうかと聞いてみたが、ヴァッシュはゆっくりと首を振る。
「何となく、お風呂に入りたかっただけよ」
「ふ~ん、そうか。何だったら、体洗うの、手伝おうか?」
「いいわよ。それよりも、そんなに見ないでちょうだい。何だか、恥ずかしいわ」
「いや、できれば、ずっと見ていたいな。本当にきれいだ」
「……」
彼女はチラリと俺を睨んだが、やがて、タオルを手に取ると、それを湯に浸して、ゴシゴシと体を洗い始めた。
「……お湯、体にかけようか?」
「……いいわ」
「……ところで、何で裸で寝ていたの?」
「は?」
「確か、パジャマを着て寝たよね? 寝ている最中に、脱いじゃったか?」
「何を言っているのよ。寝ているときに、アナタが脱がしたんじゃない」
「え? いつ?」
「いつかは覚えていないけれど、真夜中よ。突然、乱暴にパジャマを脱がされて、ビックリしたわ」
「で、その後は……」
「ものすごい力で抱きしめられて……。そのまま、アナタは寝ちゃったのよ」
「そ……それは、知りませんでした。失礼しました」
「……」
何だか気まずい雰囲気になってしまった。何となく、だが、ヴァッシュは怒ってはいなさそうだ。俺は、何かあったら声をかけてくれと言ってバスルームを後にした。
俺が出て行った後も、バスルームでは水が跳ねる音が響いている。かなり入念に洗っているのだろうか?
そのとき、扉がノックされた。入室を促すと、若い男性が入ってきた。彼は、シーアに仕える者だと手短に自己紹介をして、俺の近くに寄ってきた。
「恐れ入りますが、外においでいただけませんでしょうか。村が……大変なことになっているのです」
大変なこと?? 一体何だ??




